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Vol.38 ケガの情報も、戦いのうち

  • 2021.10.19

    Vol.38 ケガの情報も、戦いのうち

発源力

©GAMBA OSAKA

この間までめちゃ暑かったのに、急に涼しくなりました。試合を見ての通り、僕は未だピッチには戻れていない状況が続いていますが、復帰に向けて順調に進んでいます。今は、チームにもけが人が少し増えていることからトレーナーも忙しく、個別のトレーニングは時間をずらして行っていて、チーム練習とは違う時間帯にトレーニングをしている日もありますが、しっかり上げています!この10月は日本代表に、チームに、ケガから復帰していくチームメイトやともにリハビリを頑張る仲間に、支えてくれる家族に、たくさんの刺激とパワーをもらうことも多く、それも力になっています。緊急事態宣言があけて、少しずつサッカーに人が戻りつつあるのも嬉しい限りです。このまま、サッカーを愛する全ての人が『サッカーのある日常』を取り戻せるように、引き続き感染予防対策の徹底をお願いするとともに、急に寒くなってきたので風邪をひかないように皆さんも体調には気をつけてください!

ところで、僕は今、どこを痛めているのか?前回のコラムを読んで心配してくれている人もいるかもしれません。いや、いることを願います(笑)。なので、先にお礼を言っておきます。ありがとうございます! 
でも、今はまだケガの詳細を明かしたくないと思っています。もちろん、昨年の右足首のように復帰に時間がかかるとか、手術が必要なケガでなら公表しても構わないと思っていますが、早い段階で復帰が見込めるケガについては正直、復帰するまでは明らかにしたくありません。
その最たる理由は、プロの世界においてはケガを含めた『情報』が時に、結果を左右する大事な要素になるからです。僕がそれを学んだのは14年。初めてシーズンをフルで戦っていたプロ4年目でした。しかもきっかけは、奇遇にも10月に戦った27節・ガンバ戦でした。
14年の終盤、僕は太もも裏からお尻にかけたあたりの腱を痛めていました。もっとも試合に出られないくらい痛かったわけではなかったこともあり、痛みの箇所や自分の状態について素直に鹿島アントラーズの担当記者の方に話をしました。
「チームに迷惑がかかるくらいの痛みなら試合には出ないけど、自分がやれると思うレベルなら出たいです」
もともと、どちらかというとケガに強いと自負していたこともあり、僕自身も決してネガティブな感情ではなかったし、僕の言葉を聞いた記者の方も僕の言葉をポジティブに受け止めて書いて下さったという印象を持っています。このガンバ戦は、僕が初めて日本代表に選ばれた直後の試合だったし、何より僕たちは2位、ガンバは4位という状況で迎えた上位決戦だったことからこの試合に賭ける思いがすごく強かったのを覚えています。

結果、どうだったか?先発出場することは出来たのですが、試合では再三にわたってガンバのパトリックに僕の裏を狙われ、押し込まれました。お互い優勝戦線に踏みとどまれるかどうかの大事な一戦ということもあり、すごく強度の高い、取って、取られてのシーソーゲームになりましたが、最終的にはアディショナルタイムに途中出場のガンバ・FWリンスに決勝ゴールを決められて終わりました。
忘れられないのはその試合後の会見です。日本代表に選ばれたこともあって僕について尋ねられたトニーニョ・セレーゾ監督はこんな言葉を残していました。
「彼はまだ若い。自分のケガが思わしくないことをメディアに話し、結果、今日の試合では本調子ではない昌子の裏ばかり相手に狙われて後手を踏んでしまった」
もちろんガンバがどこまで僕のケガに対する情報を知っていたのかはわかりません。僕の裏を狙われたのも、後半にはそのパトリックにも得点を許したのも事実ですが、それが全て相手の戦略だったのか、証明するものはないと思います。でも僕はそのセレーゾの言葉を聞いて、改めてプロの世界はピッチの上だけの戦いではないと学び、『情報』も含めてサッカーだと再認識しました。
という経験から、プロの舞台で試合に勝つことの難しさや『戦う』ということの本質を理解するようになった僕は以来、ケガの状態について話す際はいろんな要素を踏まえてより慎重に言葉を選ぶようになりました。考えてみたら、殆どのプロクラブが『分析担当コーチ』を置いている、イコール、情報がいかに重要かは言わずもがなだし、実際、仮に今の状態を復帰する前に明かせば、相手チームはそれを踏まえていろんな準備をしてきます。それは僕自身にも、チームにとっても得策ではありません。であればこそ、サポーターの皆さんにも温かい目で僕のケガの情報ではなく『復帰』を待っていただけたら嬉しいです。

余談ですが、この時のケガが理由で、僕の初の日本代表選出を辞退せざるをえなくなったのも苦い思い出で…。そんな記憶が日本代表のオーストラリア戦を見ながら蘇り、「あの時の、パトリック、嫌だったよな」と思い出し、今はチームメイトであることを改めて心強く感じ、「上位を争う痺れる試合をまた戦いたいな」と強く思い、これを書いている日が結婚記念日の翌日であることや息子の誕生日が近いせいか、どんな時も絶対的な味方として支えてくれている家族に思いを馳せて感謝の気持ちを強めている次第です(笑)。そういえば、その年、息子が誕生して2試合目で自分でFWさながらのスーパーなゴールを決めて『ゆりかごダンス』をしたのもいい思い出。早くユニフォームを着て、その息子と200試合出場のセレモニー(VOL.36)をしたいです!

  • 昌子 源Gen Shoji
  • Gen Shoji

    1992年12月11日生まれ。
    兵庫県出身。
    11年に米子北高校から鹿島アントラーズに加入。14年には自身初のJ1リーグフル出場を実現するなど主軸選手に成長を遂げ、16年のJ1リーグや天皇杯優勝、18年のAFCチャンピオンズリーグ制覇などに貢献した。
    18年12月にトゥールーズFCに完全移籍。すぐさまレギュラーに定着するも2シーズン目はケガに苦しみ長期の戦線離脱に。その状況を踏まえてJリーグへの復帰を決断し、20年から3シーズンはガンバ大阪で、23年は鹿島アントラーズでプレー。24年はFC町田ゼルビアに完全移籍となった。
    14年に日本代表に初選出。2018FIFAワールドカップ ロシア出場。

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