23歳で単身ドイツに渡り、プレーヤー兼指導者として20年以上現地で活動。現在、日本人サッカー教室の代表を務め、幅広い年齢層の子どもたちを指導。また現地でドイツ人指導者を育成する活動にも力を入れ、勝利至上主義ではなく子どもたちの創造力を大切にする指導で、信頼を集める石井さんにドイツミュンヘンでの現状と今後についてお話しをうかがいました。
―現在の活動内容について教えてください。
石井 ドイツのミュンヘン在住で、ミュンヘン日本人サッカー教室協会の代表をしながら、現地のドイツ人に向けてもサッカー指導者の育成もしています。
サッカーの指導者を目指す若者やパパさんコーチによりよい指導をアドバイスしています。
―代表を務めていらっしゃるミュンヘン日本人サッカー教室はどれくらいの規模なのでしょうか。
石井 サッカー教室は15年目になりまして、ドイツのミュンヘンに住む子どもたち幼稚園から中学生と大人の部を合わせると約40〜50人ほどが在籍しています。ドイツに転勤や移住してきた子どもたちに日本語で教えています。
―もうひとつの活動、指導者の育成というのは、プロの指導者というよりは地元のコーチを育てるという感じですか?
石井 そうですね。ミュンヘンはサッカー人口が多いんですけど、それに対して指導ができる人が少ないんです。サッカー経験はあっても指導についての経験、知識などの勉強をしたことがない人が多いので、それについてアドバイスしています。
―石井さんの1日のスケジュールを教えてください。
石井 午前中は自分の時間にしています。メールチェックや練習の準備、前日の練習についてのフィードバック、自分自身もまだ現役なのでトレーニングをしたり。それと今は一人暮らしなので、生活に必要な買い物や洗濯はこの時間に。
午後は一週間のうち曜日ごとに2つのチームの指導にそれぞれ入ります。
―ドイツに行くことに決めた経緯を教えてください。
石井 ドイツに来たのは2002年、明海大学を卒業してすぐでした。そこから今21年目になります。来た当時はドイツ語は話せず「ありがとう」と数字が1〜10数えられるくらいでした。
ドイツのサッカーが好きというよりヨーロッパのサッカーを観て育ったので憧れがずっとあって。単純にサッカーがしたくて、という感じでしたが、サッカー選手として活躍できる時間は短いとわかっていたので、最初から選手が終わったら指導者になりたいと思っていました。そしてヨーロッパの中でも指導者としての環境が一番いいのがドイツだったので、ドイツに決めました。
選手として所属するチームはドイツに来てから探し、当時はセミプロとして契約して2〜3年プレーヤーとしてやってきました。(SSV Jahn Regensburg/2003~2005 )
今でも趣味といいますか、以前ほどストイックではありませんが週に2回程度、2チームに入ってやっています。コーチ兼プレーヤーですね。
―指導者としてのスタートはいつごろ?
石井 プレーヤーとして2〜3年やっていた頃から、本格的に指導も始めました。
日本人サッカー教室は偶然で、ドイツの子供たちを指導していた時たまたまその中で知り合った日本人の方に頼まれて、教室を設立して15年が経ちました。 現在は幼稚園の4歳〜中学生15歳と広い年齢層の子供たちに教えています。
―指導するときに大切にしているのはどんなことですか?
石井 「創造力」(想像力ではなく創るほうの創造力です)を大切にしていますね。創造力豊かで、躍動感溢れるプレーができる子どもたちを育てたい。指導者の顔色を伺いながらプレーするのではなく、子どもたちが自分が主役になって考えるように指導しています。
そのために、先に答えを与えず、まず先にやらせてみます。同じミスを何度も繰り返したり、子どもたちが戸惑ってる時にだけ声をかけ、どうしたらいいのか聞いてみます。
それでも答えが出ないようだったら選択肢を与えます。これとこれとがあるけど、どうしたらいいと思う?と。「僕だったらこうするけど、その選択肢もアリだよね」という風に子どもたちの考えは否定せずに、最終的に選ぶのは君たちだよと声をかけます。
僕がよく例えるのは、ご飯を食べていてスープを飲みたいとき目の前にはお箸とスプーンとフォークがあるけど、どれを選ぶかということです。フォークでスープを飲むのは禁止じゃないけど、もっといい手段はないかな?どれがいいと思う?と聞いてみる。一番最適な手段を自分達で考えてもらいたい。
ボールを持ったとき、ドリブルやパス、シュートの選択肢がありますが、最終的な判断は君たちがするのだと伝えています。
―指導されているチームの成績はいかがですか?
石井 正直なところ、なかなか勝てないんです。
僕は幼稚園や小学校の年齢での目先の結果よりも、彼らが将来的にどんな人間になっているか、どんなプレーヤーになっているかを目指して教えているので。単純な戦績は気にしなくてもいいと思っています。
結果を焦らせない。早咲きではなく、今日明日の結果より5年10年後の彼らを見ながら指導しています。でも、そこがなかなか難しいところで。笑
―みんな勝ちたいですもんね。勝って学ぶこともありますもんね。
石井 そうなんです。そこはバランスがとれるように。勝つ経験ができるよう対戦チームを調整したりして。
―指導者とプレーヤー、楽しさは違いますか?
石井 全然違いますね。指導者側からすると勝ち自体は全然嬉しくないんですよ、実は。試合に勝って子どもたちが喜んでる姿を見ることが嬉しいし、それが指導者の喜びです。
たけど、それが選手として勝つとなると、すごく嬉しいんです。選手として勝つと嬉しいので、子どもたちがそれを体験していると見ていてうらやましくなりますね。
―選手で勝つと仲間がいますもんね。どんなチームでプレーされてるんですか?
石井 バイエルミュンヘンのシニアチームでは選手として、地域でやってるサッカーチームでコーチ兼選手です。
―2チームに所属しているとスケジュールが重なりませんか?
石井 基本的には重ならないですね。地域のサッカーチームは10代の若い選手もいて週末に試合があります。一方でシニアのチームは週末は家族と過ごすので、週末はないんです。
―いいですね。40代になっても現役としてプレーする活躍ぶりに聞いているこちらも元気が出てきました。
石井 自分でもまさかこの歳までサッカーしてるとか、ドイツにいるとか想像してなかったので驚いてます。
―最初からここまでいるつもりではなかったんですね。
石井 はい。最初選手として来た1年目はあっという間に過ぎ、2年目からやっとわかってきてサッカーできるようになって。最初は2年って決めてたんですけど、2年じゃなにもできてないと気づきました。なら3年後の2006年にドイツでW杯があったので、そこまでやってから日本に帰ろうと思いました。
でもそのときにドイツの指導者の勉強にも本腰を入れていて、じゃあ30歳まではやろうと。そしていざ30歳になってみるとミュンヘン日本人サッカー教室を立ち上げたところで、今この子たちを置いて自分だけ日本に帰れないな、と。誰かに引き継げるまでは続けようと思っていたら、結局ここまできてしまいました。
―今後の展望はありますか?
石井 ドイツでもっとコーチを育成してそれぞれがやっていけるようになればと思っています。そして、日本でも指導者育成やチームの指導にあたれたらいいなと思っています。
今も年に何回かは日本に戻って、子どもたちの指導をしています。
―長く指導されていて、ドイツと日本のサッカー指導に差を感じる部分はありますか?
石井 まだありますね。日本の指導者って勉強熱心なのでトレーニング内容やコーチングはあまり差を感じません。ただ一番大きくこ違うのはサッカー環境ですね。
最近は日本も綺麗な人工芝サッカー場も増えてきましたが、日本に帰って指導しているといまだに小学校の校庭で泥まみれになって、ネットに穴の開いたゴールをみんなで運ぶんです。更衣室も無くみんな寒い中、外で着替えたり。僕の小学生の頃と変わってない。ということは30年間環境が変わってないということなんですよね。
日本の環境も整ってはきているけど、結局のところ整った環境でプレーできるのは限られた選手達や上手い選手だけのように感じます。例えば、勝ち進んだら芝生のグランドでできるとか、セレクションで受かったらいい環境でサッカーができるいうモチベーションもあると思うんですけど、それでは日本のサッカーは良くならないと思います。
上手くならないといいグランドでできない、いいコーチに巡り会えないではなく、誰でもいい環境でできるのが当たり前にならないと、続けずに辞めていく子が増えてしまいます。ミュンヘンではどこに行っても天然芝のグランドがあるし、ゴールもある。ドイツの国技がサッカーなので、特に整ってるということもありますが。
僕が日本にいったり、こちらに来た人にそういうことを話すんですけど、あまり変わらないのは、ちっちゃい時から生涯スポーツと競技スポーツがごちゃごちゃになっていてスポーツを楽しむというより、勝ち負けを含めて練習は頑張らないといけない、サッカーをやるなら上手くならないといけないと考える文化の違いのようなものなのかなとも思います。両方間違いではないのですが。
ドイツ人の親御さんの中には、「試合に勝てなくてもいいの。息子がサッカー好きだし、運動不足解消のためにサッカー来てるから。」とはっきり言います。子どもたちも「僕はサッカーが得意じゃないけど、楽しいから来てる」という子もいます。勿論、プロサッカー選手を目指してトレーニングに来る子供達も沢山いますが、みんなスポーツをする目的は違っても良いと思います。
そして、僕はそれがスポーツの本質だと思っています。まずは「楽しいからやる!」。
勿論、やるからにはちゃんとやりなさいと言われるのも間違いではないのですが、プレッシャーになるでしょ。目標をもってスポーツする事も大切ですが、それは誰かに言われる事ではなく、自分がどうなりたいか?どうしたいか?が一番重要だと思います。
例えば僕はスポーツが好きなので、ちょっとテニスやってみたいな卓球やりたいなとかと思うのですが、それは楽しみたいから。下手くそでもみんなでワイワイやってみたい。これが本来のスポーツだと思うんですよね。
これが大会に出ないといけない、やるならちゃんとやりなさいって言われたら僕やらないと思うんですよね。そんな気持ちでやってないしって。いきなりプレッシャーですよ。
―たしかにそう思います。石井さんは指導者としてどこを一番評価されていると分析していますか?
石井 ドイツ人はアジアに対する偏見もなく、日本人でも他の国の人間でも、本当にいい指導なら評価してくれます。いくらW杯で優勝した選手だったとしても良くない指導だと選手は集まりません。ドイツ人指導者の中には勝利至上主義みたいなところも多くみられますが、先ほどお話したように僕は選手達(子供達)の将来を見越して指導しますので、そこが一番他と違うところかなと思います。
少し前からドイツの子供達が通う幼稚園に指導に行き始めたところなんですが、当初4人にまで減ってしまっていたところから任されて、今現在20人くらいがきてくれるようになりました。
―指導が信頼された結果が人数に表れていますね。
石井 ありがとうございます。こんな感じのチームの立て直しのようなこともあるんですよ。
―他にも指導者として、海外でプレーするスポーツ選手として、これは伝えておきたいということはありますか。
石井 日本人の指導者は、熱心で勉強熱心な方が多いのですが、日本ではそれを活かす環境が限られています。その点、ヨーロッパだと指導できる環境がたくさんあるので、ぜひ海外で指導する道を考えてほしいです。
選手としては海外でプレーする選手が増えていますが、今後は指導者としても海外で活躍していってくれたらと思います。外国人の指導者と言うことだけで日本人は本格的に感じる人もいるのは事実ですが、日本の指導は充分世界に通じるので、その点はぜひ自信を持って海外でも指導して環境の違いなどを体験してみてほしいですね。
―貴重なお話をありがとうございます。次の指導者のご紹介をお願い致します。
石井 一般社団法人TRE 代表理事 / ストライカーコーチの長谷川太郎さんです。
<プロフィール>
石井直人(いしい・なおと)
1979年生まれ、千葉県出身。
ミュンヘン日本人サッカー教室(Japanische Fußballschule München)代表。ミュンヘン工科大学スポーツ学部卒業。ドイツサッカー協会公認コーチライセンス取得。
サッカーをやっていた兄の影響を受けて小学3年生から本格的にサッカーを始め、中学生の頃は市川カネヅカサッカークラブ(千葉)、高校は柏レイソルユースに所属。明海大学卒業後ドイツへ。日本人やドイツ人の子どもたちにサッカーを指導し、指導者の育成もおこなっている。