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Vol31「ゴーシくんと描く未来」

  • 2024.07.11

    Vol31「ゴーシくんと描く未来」

絶康調

2学年上のゴーシくん(元ベガルタ仙台FW大久保剛志)との最初の出会いは、高校1年のときの仙台カップ国際ユースサッカー大会だった。ブラジル、イタリア、日本代表と戦う東北選抜チームで一緒になった。当時ベガルタユース、FCみやぎ、塩釜FCの3チームがかなりバチバチで、お互いをライバル視していたところに1年生で入ってしまった。青森山田高や盛岡商高の選手もいた。オレも今ほどコミュニケーションを取れる人じゃなかったし、すごくいづらかった。ゴーシくんは超さわやかなめちゃめちゃいい人で、オレみたいな人にも気を配って声かけてくれるし、カバーしてくれたりもしていた。当時はゴーシくんにパスを出せばなんとかしてくれるっていう安心感があったね。もともと一方的に存在を知っていた。2学年上で地域も違うから、小中学校の時に一緒にサッカーをする機会はなかった。ただ、「ベガルタにすごいやつがいるよ」っていうのはずっと聞いていて、傍から見た感じもかっこいいしちょっと憧れの存在だった。この人はきっとプロに行くのだろうと思っていたら、やっぱりベガルタのトップに上がった。オレがプロになっていく人を最初に間近で見たのがゴーシくんだった。スピードがあって1人で何でもできちゃうオールラウンダーだった。一緒にやったらやっぱり楽しい。この人がプロに上がらなかったらどうしようって思ってたね。地元にいる人からすると、この人で無理だったらもう誰も無理じゃないかみたいな。ユースからトップに上がれないんじゃないかみたいな噂を聞いたときは、「マジで? うそでしょ?」みたいな感じでいろんな人と話した記憶がある。

ゴーシくんはベガルタでなかなか出場機会に恵まれず、ソニー仙台やモンテディオ山形などを経て、タイに渡った。鹿島時代にACLでタイへ行ったときに会って、タイのサッカーについてなどいろいろと聞いた。当時から宮城県に、地元の岩沼市に何かしら還元したいという思いが強い人だった。東日本大震災の復興支援として、被災地の子どもたちを対象としたサッカー教室のために、毎年タイから帰省している。海外にいるのに、地元でサッカーの普及活動を続けていて、プレイヤーにとどまらない活動範囲の広さを尊敬して見ていた。あの頃のオレは、誰にも言わずこっそり帰省して地元の友達とかと遊んだり、なかのFCと塩釜FCの初蹴りにだけ顔を出して、 あとは鹿島に帰ってっていう感じだったから、ゴーシくんが輝かしく見えたな。そうやって、ずっと地元のために動いているゴーシくんを見ていた影響は大きいと思う。いざ自分がベガルタに入る時に、地元のために何かをしようという思いは強かった。

ベガルタに移籍して仙台に戻ってきてから、再びゴーシくんと連絡を取り合うようになった。お互いにアカデミーを運営し始めるのも同時期だったから、「一緒に宮城県のサッカー界を盛り上げていきたい」と意気投合した。もちろん現役選手としての話とかもするけれど、どっちかといえば、子供たちの未来をどうサポートしていけるだろうかって話やクラブ運営に関しての話題が多いね。1人でやっていくのはやっぱり限界があるし、多分サッカークラブを運営している若手、しかも現役選手となるとゴーシくんとオレぐらいしかいないから、協力してやっていきたい。そこに関しては、ゴーシくんはやっぱりパワーがある。人脈づくりとかも含めて、何かをやるとなったら行動も早い。見習わなきゃいけないと思っている。ベガルタがタイで活動する時も、彼が仲介役みたいな役割を担っている。ベガルタとタイを繋いで、世界と繋がる架け橋になってくれている。ベガルタがホーム戦で集めた古着などをタイで社会的に立場の弱い子たちに送るプロジェクトにも協力した。それもすごいし、なかなかいないよね。ジュニアユースからお世話になったベガルタ仙台というクラブに対して、還元できるものを常に探している。

オレも何かしらそういう形で残していきたいなと思っているけれど、それはもっと先の話。引退してからでも遅くはない。ゴーシくんも毎年「もう無理だ、引退する」って言いながら選手を続けているし、今は選手として勝負するのが最優先だ。本業の方はやっと全開でサッカーができるようになって、きついけど楽しいよ。早く試合に出たいな。あとはもうオレの頑張り次第かなって感じだね。怪我を気にせずやっている。「もうあいつ大丈夫だな」ってゴリさん(ベガルタ仙台森山佳郎監督)とか周りの人に思ってもらわないと、絶対に試合で使ってもらえない。練習では左サイドハーフにも入ったりしているから、前目のポジションの選手みんながライバルで、パフォーマンスを示していかないと。シーズンも折り返しているし、再発を恐れて力をセーブしていられるような立場じゃない。自分の価値を示してポジションを奪還したい。ベガルタは8月4日、ユアスタ仙台でバンコクFCと親善試合を行う予定だ。オレにとって貴重なアピールの場になるかもしれないし、ゴーシくんと戦うことができたら、これほどうれしいことはない。

  • 遠藤 康Yasushi Endo
  • Yasushi Endo

    1988年4月7日生まれ。
    仙台市出身。
    なかのFC(仙台市)から塩釜FC(宮城県塩釜市)を経て2007年鹿島アントラーズに加入。左足のキック精度が高く、卓越したボールキープ力も光る攻撃的MFで、10年以降は主力として3度のJリーグカップ制覇や、16年のJ1リーグと天皇杯優勝などに貢献した。J1通算304試合出場46得点。
    2022年、15年プレーした鹿島を離れ、生まれ故郷のベガルタ仙台へ完全移籍した。
    U-15、U-16、U-18の各年代で代表経験があり、15〜17年は日本代表候補に選出された。

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