タイミングがタイミングというか、控えGKに出番が来るのは「なんでこのタイミングで?」っていうときが多い。昔、鹿島でソガさん(元日本代表GK曽ケ端準)がケガをおしてベンチ入りしたときがあった。スタメンはクォン・スンテ(元韓国代表GK、現鹿島GKアシスタントコーチ)。ところがスンテも試合中にケガしてしまい、ソガさんに出番が来た。そんなことを思い出す17日の鹿児島ユナイテッドFC戦だった。
ベガルタ仙台は控えGKマツ(松澤香輝)とリク(梅田陸空)がゴールを守った。今季素晴らしいパフォーマンスを披露し続けてきた林くん(ベガルタ仙台GK林彰洋)がコンディション不良で出られないとなり、第2GKの裕馬(小畑裕馬)もケガで離脱中。林くんもギリギリまで出られるかどうかをメディカルと相談した末での欠場だった。チームの勝利のために体を痛めていても頑張るのか、100%の選手に任せるのか。もちろん林くん自身の悔しさもあっただろうけど、あの決断をしたっていうのがGK陣の絆、信頼の表れだったのかな。マツへの信頼が厚いから任せられたのだと思う。GKは1人しか出られないから難しいポジション。ライバルなんだけどGK4人の一致団結感はすごいんだよ。そしてお互いが教え合っている。マツもリクからアドバイスを受けたりしているしね。GK組にはフィールドプレーヤー組が簡単に入れない特殊な空間がある。その中でもマツとリクは、誰よりも早く練習に来て、誰よりも遅く帰っていた。試合日のメンバー外練習のときも誰よりも先にピッチに出てキャッチングの練習に入っている。
どこのポジションでも、競争があるのはチームにとってすごくいいこと。練習から意識高くやっている。出るだけでもすごいのに結果がともなったのが、なお素晴らしい。でも60分足らずで交代っていうのは、マツ自身も相当悔しいだろうね。結果としてリクも素晴らしいパフォーマンスを見せていたし、この2人の活躍はチームにとってもプラスなのは間違いない。練習はウソつかないっていうのを示してくれた。これは多くの人に知ってもらいたい。マツはリーグ戦だとキャリア2試合目。日ごろから練習をちゃんとやっているから、周囲と多少なりとも合わないところがあったかもしれない。けど、普段のマツを見ているみんなが「マツのために」やっていたので、安心して見ていられた。GKが足をつるのは初めて見たね。マツは気持ちの入り方がすごかった。林くんが出られなくなったのもあって気負っていたのかなあ。GKが変わることによる変化はある。DFは後ろからの声によってポジショニングを決めるから影響は大きいよね。前の選手はずっと出ているGKならキックの飛距離はだいたい分かる。ゴールキックなら、パントキックならと、クリアボールにしても準備のしやすさが変わる。あとはセットプレーでの守備の声掛けとかゴール前の雰囲気が違うのがあるかな。違いがあるとはいえ、別に変な人が突然GKになるわけじゃない。シュート練習にいつも付き合ってくれていて感謝しかない相手が出るんだからね。誰が出ようが、たまに出てミスしてやられても全部が全部GKのせいにはならないさ。
マツは後輩からもいじられて、みんなに慕われている。だけど先輩後輩の厳しさを示せるし、面倒見もいい。いつもチームのためにいろいろとやっている。今の時代は昔ほど先輩後輩の関係性はなくなっているけど、それでも礼儀とか言葉遣い、態度など、人としての部分を大切にしている。ベガルタには遅刻した選手が罰金を払う制度がある。回収した罰金は選手会としてプールして選手全体のために使われている。今年はマツがその罰金の回収係で、ある選手が遅刻してきた。その選手はちょっと遅刻が続いていた。普通はしおらしい態度で渡すのに、慣れてしまっていたのか、へらへらした態度でマツにお金を渡した。するとマツは「そういうことはありえない」ときつく叱った。それ以降、その選手は絶対遅刻しない時間帯にクラブハウスに来るようになった。口うるさいけれど、相手のためを思って言える先輩。マツのことを嫌いという人はいない。ちょっと目つきが悪いけどかわいいんだよ。日ごろからみんなのことをリスペクトしているし、練習からピッチ外まで真摯に向き合っているからこそ、マツの叱責を聞き入れられるんだろうな。後輩らしい振る舞いでも面白いことがあった。あるときウチでバーベキューした。ブラジル人とその家族、林くん家族、マツで。そういうときには頼まれてもいないのにしっかり「後輩」する。誰にも強要されていないのに、急にパーっと飲みだして、飲み過ぎてつぶれた上にオレの靴まで履いて帰った。もちろん記憶もなくしてた。オフ明けに「すいませんでした。全然記憶がありません」って。帰り際に通訳のロドさんが帰り際に撮ってくれていた写真で、ばっちりオレの靴を履いていた。
チームはこれで3連勝。誰が出ても勝てるようになってきているし、鹿児島戦は内容が良くなくても勝ち点3を積み重ねた。中断期間にいい練習をできていたことが結果につながっている。序盤の仙台は、ハイプレスで圧をかけて、ロングボールを放り込んで、セカンドボールを拾えたときに勝てていた。それからポゼッション主体へ移行するタイミングで勝ちを拾えなくなっていた。使い分けをしようというのが中断期間だった。イケイケどんどんで勝ちを積むこともできるけど、どこかで手を加えないといけない。つなぐときはつなぐし、ミドルレンジでも守れるようにと。ゴリさん(ベガルタ仙台森山佳郎監督)の試みに、諦めずみんなで取り組み、いくところ、いかないところをはっきりさせていった。まだ完成度は高くないけれど、共通意識ができていて、それで勝てたことで自信につながった。スタッフ陣も「間違ってなかった」と言えるし、選手も手応えを得た。しかも、再開初戦で優勝争いをしている清水を相手にできたのがね。鹿児島戦は内容が伴っていなくても勝った。まずは勝つこと。守るところはしっかり守れていた。GKが変わっても、クリーンシートを達成できたし、状況を考えれば清水戦より大きな勝利だと思う。みんなのモチベーションが上がる試合後のミーティング。マツが「足をつらないように次は頑張ります」と言って締めていた。残念ながらそれはすべってた。
遠藤 康Yasushi Endo
1988年4月7日生まれ。
仙台市出身。
なかのFC(仙台市)から塩釜FC(宮城県塩釜市)を経て2007年鹿島アントラーズに加入。左足のキック精度が高く、卓越したボールキープ力も光る攻撃的MFで、10年以降は主力として3度のJリーグカップ制覇や、16年のJ1リーグと天皇杯優勝などに貢献した。J1通算304試合出場46得点。
2022年、15年プレーした鹿島を離れ、生まれ故郷のベガルタ仙台へ完全移籍した。
U-15、U-16、U-18の各年代で代表経験があり、15〜17年は日本代表候補に選出された。