高村美砂●取材・文 text by Takamura Misa
photo by @GAMBA OSAKA
坂本一彩が初めて立つ、ファイナルの舞台。
「ガンバを勝たせるための点を獲りたい」
ガンバ大阪にとって4年ぶり、8度目の決勝進出を決めた、天皇杯準決勝・横浜F・マリノス戦。延長戦にもつれ込んだ激闘にケリをつけたのは坂本一彩のゴールだった。福岡将太が送り込んだ縦パスを宇佐美貴史がワンタッチで前線に繋げると、センターサークル付近で受け取った坂本がドリブルで揺さぶりながら相手ゴールに近づく。足は攣りかけていたが、渾身の力を振り絞って左足を振り抜いた。
「直近の名古屋グランパス戦(J1リーグ第35節)でプロキャリアでは初めて1試合で2得点と結果を残せたんですが、最後は決勝ゴールを決めた湧矢くん(福田)にヒーローの座を持っていかれてしまったので(笑)。今日は自分がヒーローになってやると思っていたし、その思いがゴールに繋がってよかった」
この決勝ゴールは、坂本のプロキャリアにおいて天皇杯でのファーストゴールだ。プロになってからの過去2シーズンにおいて「あまりいい思い出がない」と苦笑いを浮かべる同大会において、そのイメージを塗り替える一撃にもなった。
「正直、90分で決着をつけることを考えていたので、延長戦になったのは想定外でした。あんなハードな試合になるとも思わず、プレーしながらちょっと驚いていた自分もいました。負ける気がしなかったと言っていた選手もいたけど、僕自身にそういう感覚はなく、ただ最近は自分のところにボールが集まってくるのを感じていたので、それをしっかり決めることだけに集中していました。ああいう状況でゴールを決められたこと、あの1点でチームを勝たせられたことはすごく自信になる。最近は途中出場の試合が続いた時期もあって…それはそれで悔しかったんですけど、でもその期間にどんなふうに試合に入っていけばうまく流れに乗れるのかを掴めたところもあったし、足を振る感覚をリマインドできたのはよかったのかもしれない」
プロ3年目のシーズンはJ1リーグでもチーム2位の8得点を挙げている坂本一彩。フィニッシュワークはもちろん、ボールを収め、周りを活かすプレーでも存在感を光らせている。
事実、出場時間が限られていた時期は、先発で出場していた時に比べて体に残る疲労感が少なかったからだろう。坂本はチーム練習の後、ひたすらシュート練習に汗を流していたと聞く。それによって体に染み込ませた感覚は、得点の嗅覚を取り戻すことに繋がった。
「もともと、僕は遠慮がちの性格なので(笑)。練習でたくさんシュートを打って自然と足が触れるような状態を作っておかないと、ゴール前でボールを受けてもパスを選ぶことが多くなってしまう。実際、シュートをたくさん打ったおかげで足も振りやすくなったし、それが得点に繋がり始めたことで、仮に決められなくても周りから『いいよ、次、次』みたいに言ってもらえる分、メンタル的に楽になった。いや…前からそう言ってもらっていた気もするからきっと僕の気持ちの問題ですね(笑)。ゴールを獲れているという自信が、自分をより強気にしてくれたんだと思います」
その言葉のままに、直近のJ1リーグ第36節・ジュビロ磐田戦でも再び、決勝ゴールを決められたからだろう。天皇杯決勝に向けて、その自信はより膨らんでいるという。2回戦から準決勝まで、ほとんどの試合に絡みながら勝ち上がってきた事実も拍車をかけているようだ。
「過去の2大会とは違って、今年はコンスタントに試合に絡みながら、自分も数字を残しながら、決勝まで進んでこれたので。このチャンスをタイトルに繋げなきゃいけないという責任感とか、やってやるぞという気持ちはめちゃめちゃ強い。アカデミーからガンバに育ててもらった一人として優勝したいではなく、絶対に優勝しなきゃいけないとも思っています。点を獲る自信も、もちろんあります」
気持ちを奮い立たせる中で蘇るのは、坂本が小学生だった2014年に故郷・熊本でテレビ観戦した天皇杯決勝だ。同シーズン、ルヴァンカップ、J1リーグで優勝していたガンバが『三冠』を懸けて戦ったモンテディオ山形戦は、自身に『ガンバ=強いチーム』という印象を植え付けたという。加えて、16年には野田裕喜(柏レイソル)や一美和成(ファジアーノ岡山)、17年には高江麗央(モンテディオ山形)ら、自身と同じ熊本県出身の選手がガンバでプロキャリアをスタートしたことも、ガンバへの興味を強め、19年のガンバ大阪ユースへの加入を後押しした。
「僕がガンバユースに入ってから、トップチームがタイトルを獲得することはなかったですけど、中学生の時に見た強いガンバの姿はずっと自分の憧れであり、目指すところでした。もちろん1つ獲ったからといって、すぐにあの時の強さを取り戻せるとは思っていません。でも、獲ることで変わることは絶対にあると思うし、1つの試合に勝つこと以上の喜びや価値も感じるはずなので。それを味わうことで自分にどんな気持ちの変化があって、どんな自信が生まれるのを知るためにも勝ちたいし、ガンバを勝たせるための点を獲りたい。めちゃめちゃ楽しみです」
個人的に、舞台となる国立競技場でのプレーは22年のJ1リーグ第10節・FC東京戦以来2度目。坂本がプロになって初めてJ1リーグ初先発を飾った試合だ。もっとも、記憶のほとんどが悔しさで染まっているそうだが。
「国立でのプレーにワクワクしつつ、緊張感を持って臨みましたけど、結果的にどんな理由があったとしても選手として45分で交代させられてしまったのは悔しさしかない。それもあって個人的には『国立=悔しい』という記憶のままここまで来たからこそ、今回の決勝でそのイメージを塗り替えたい。そのためにも、チームに必要とされるようなパフォーマンスを示さなきゃいけないと思っています」
倉田秋が今年のチームに感じる強み。
「みんなが感情をむき出しにして戦った試合は絶対に負けていない」
今年でプロ18年目を迎えている倉田秋。年々パワーアップしている強靭な肉体はもちろん、状況に揺り動かされないメンタリティもチームの大きな力に。
坂本が記憶に残している14年の天皇杯決勝を先発メンバーの一人として戦った男がいる。
倉田秋だ。自身のキャリアにおいて最も印象に残る天皇杯だという。それはプロ2年目の08年の決勝で、決勝ゴールをアシストした時以上に、だ。
「08年の決勝はほとんど覚えていないんです。この前、映像で観る機会があってうっすら思い出したけど、出場時間も短かったせいか、映像を観て初めて『あぁ、そうやったな』って感じでした(笑)。それよりも自分としては、14年の方が覚えています。チームがノリノリで、戦う前から一切負ける気がしなかったのも印象的です。相手がどうこうではなく、とにかく自分たちのサッカーに自信があったし、いつも通りの戦いをすれば、勝てるやろうと思っていました。健太さん(長谷川監督/現名古屋グランパス監督)のサッカーも2年目で、自分たちのベースにしっかり刷り込まれていたし、個の質も明らかに高かったですしね。しかも、チーム内のポジション争いもめちゃめちゃ厳しかったし、僕がプレーしていたサイドハーフとかサイドバックは層も厚くて、出る選手、出る選手が活躍する、みたいな感じだったので。それがまた競争力につながって、普段の練習からめちゃめちゃバチバチやり合っていた。その競争に自分自身もすごく成長させられた気もしました」
また、倉田にとっての14年は、前年6月に左膝外側側副靭帯損傷と左脛骨近位骨挫傷の大ケガを負った影響で、本来のプレーを思うように取り戻せないジレンマとも戦ったシーズンだったからだろう。シーズン終盤、ようやく思い描くプレーができるようになったという手応えを得ながら辿り着いた頂点だったことも、自身に特別なインパクトを残した。
「アベちゃん(阿部浩之/湘南ベルマーレ)や晃太郎(大森/カマタマーレ讃岐)らとの熾烈なポジション争いもあった中で、結果を残して試合に出続けたい気持ちと、自分の思うプレー感覚を取り戻すのに時間がかかっている現実に苦しみながら戦ったシーズンでもあったので。10月前後から、ようやくチームの戦いに入っていけているなという感覚を得ながら天皇杯決勝を戦えたという意味でも印象に残っています。と言っても、細かいことはあまり覚えてないんですけど(笑)。とにかく、楽しみながらサッカーをしていたらあっという間に90分が終わっていました」
14年の『三冠』を主軸として戦った一人。当時、背負っていた『11』を17年からは『10』に。二川孝広から受け継いだ背番号は今では紛れもなく倉田の代名詞になった。
そんな倉田が、14年のチームと今年のチームの共通点として挙げるのが、チーム内に熾烈なポジション争いが生まれていること。特にシーズン後半戦に入り、ケガ人等々の復帰もあって、倉田が主戦場とするサイドハーフはもちろん、トップ下やボランチなど、各ポジションは層が厚く、戦術に深みと幅を作り出している印象だ。
「シーズンを通してみんなが自分の課題としっかり向き合いながら成長を求めてきたことで、この終盤戦は、誰が出てもチーム力を落とさずに戦えている流れがある。だからこそ、リーグ戦での今の順位や、天皇杯決勝というチャンスが生まれているのかなと。ただ、この競争は、個人の意識次第でまだまだ高められるはずなので。実際、14年に感じたような個の質や強さが今のチームにあるかといえば、正直、そこまではいっていない。僕を含めてまだまだ伸び代があるし、まだまだ強くなれると思っています。でも、その分、今年はみんなで戦えるチームになってきたというか。互いの結びつきを強めながら、先発で出る選手だけではなく、途中から出てくる選手も必ずチームに活力を与えているし、ベンチに下がったメンバーも、監督と同じくらい前に出て最後までワーワー、檄を飛ばしまくって声で助けようとする雰囲気もある。それは今年のチームの強みだと思っています」
そうした雰囲気は、今シーズン、キャプテン・宇佐美貴史がチームに促し続けてきた『熱量』にもつながるもの。練習から確かに生まれているというそれは、苦しい状況に立たされた時こそ際立ち、選手それぞれの奮起を促してもいる。ここ最近の公式戦で、厳しい戦いを勝ち切れているのも決して偶然ではない。
「正直、去年はそういう声を出してもなかなかそこに続く声が聞こえてこなかったというか。感情を出すのが上手くない選手が多かったのかも知れないけど、誰かが単発で声を出して終わり、みたいな雰囲気で練習が進むことも多かった。でも今年は一言、誰かが声を出せば、あるいは、貴史が『いくぞ』と言えば、あちこちからそれに続く声が上がって、自然とわ〜っと広まって大きな声になっている。試合前のロッカールームひとつとっても、明らかにチームに漂っている熱量が違いますしね。これまでの試合を振り返っても、そうやってみんなが感情をむき出しにして戦った試合は、絶対に負けていない気もする。正直、それがどのくらい結果に影響しているのかなんて計れるもんじゃないけど、少なからずそうした熱量が球際のバトルや、走り切る姿につながっていることはあると思います。毎試合、みんなでやり切って次に向かえているのもポジティブな空気を生んでいますしね。それがファン・サポーターの皆さんにも伝わって、スタジアムに一体感が生まれているようにも思います。だからこそ、決勝も、みんながそれぞれの持ち場で、出し切るだけ。その姿があれば絶対に何かを起こせると思ってます」
とはいえ、ガンバにとっては20年以来、4年ぶりのファイナルの舞台だ。今のチームには、その20年を知っているメンバーも少なく、ファイナルという特別感漂う舞台を初めて経験する選手も多い。そのチームに向けて、経験豊富な倉田は、何を伝え、決戦に向かうのか。
「これまでもそうなんですけど、僕はああいう特別な空気って乗っかっちゃったもん勝ちやと思ってて。試合当日まで、メディアの皆さんを含め、間違いなく周りは盛り上げてくれるし、ましてや当日の国立には、いつもの試合とは全然違う雰囲気を感じると思うんです。めちゃめちゃたくさんのサポーターが来てくれるはずやし、セレモニーも特別感があるし、確か国歌斉唱もあったんじゃないかな? なので、その場に身を置いたら否が応でも気持ちは昂ると思うんですけど、それに飲まれず、むしろ、乗っかっていくくらいの気持ちでいいんじゃないかと思っています。あとは、今年のチームは絶対に気持ちを出して戦えるメンバーが揃っているからこそ、その仲間を信じて、縮こまったプレーをしないこと。誰でも経験できるわけじゃないあの空気を楽しんで、いつも通り、今の自分たちが持っている力を出し切ることだけを考えたいと思います」
劇的に勝利を引き寄せる試合が続いていることもあって、チームの雰囲気はいい。選手の誰もがファイナルの舞台に立つために鎬を削りながら、その瞬間を待ち遠しく感じているような空気もあると倉田はいう。
その雰囲気のままに乗り込むファイナルの舞台。選手も、スタッフも、サポーターもーー。全ての人たちの熱量を結集させて11月23日、ガンバ大阪はその胸に10個目の星を刻むための戦いに挑む。
選手、スタッフ、サポーターが一丸となって、戦ってきた今大会。ゴールのたびに生まれた歓喜の輪は、今のチームの結束力を示すもの。チームに漂う熱量は強さに変わっている。