©松本山雅FC
豊富な選手経験をベースに、どうしても離れられなかったピッチに再び立って指導者としての道を歩む小林陽介さん。選手時代に培った、目標に向けて努力する思考と行動力。そして、指導者として得た新たな視点をもって、日々変わっていく選手たちに寄り添う日々だ。選手時代から変わらない地域への熱い思いを通して、サッカーだけでなくスポーツ全体の今後と、子どもたちの未来を見据える小林さんの根本にある思いについて聞きました。
―現在の活動内容について教えてください。
小林 今は松本山雅FCのレディースの監督として指導しています。ホームタウン活動をする部署で、地域貢献活動として地域のサッカー教室に出向いたり、お祭りで健康教室を開催したりという活動もあります。チームのPRになりますし、応援してくれる人が増えるように頑張っています。
―このチームに関わることになったきっかけを教えてください。
小林 レディースが立ち上がったのが2019年なのですが、その当時、自分は指導の現場にいませんでした。松本山雅FCのホームスタジアム、サンプロアルウィンサッカースタジアムがある公園を管理する会社に出向していました。やりがいのある仕事でしたが、僕としては現場で指導をしたい気持ちもあり、2019年にレディースとU-15を立ち上げるタイミングでクラブから声をかけていただいて現在にいたります。
―選手歴と指導者歴の間に出向のご経験があったのですね。
小林 2013年にサッカー選手を引退して、2014年に松本山雅FCへ戻ってきた1年目はスクールコーチでした。2年目以降はフロントの仕事、主にチーム付き広報やホームタウン活動をしていました。そして現場に復帰したのが2019年ですので、僕の指導歴はまだ6年目です。
―選手としてのご経歴を教えてください。
小林 浦和レッズの下部組織に所属していて、高校卒業後にトップチームへ昇格してプロとして2年間プレーしました。その後、横河武蔵野FCへ移籍。そのときはアマチュアだったのでアルバイトしながら実家暮らしでした。そして、ロアッソ熊本に移籍してJ2へ個人昇格。その後、松本山雅FCに来て2年間で地域リーグからJFLに昇格という経験をさせてもらいました。最後は横河武蔵野FCに戻って3年、そこで現役を引退しました。
―選手経験を経て、指導者になられて6年が経ちました。指導する上で大切にされていることはありますか。
小林 僕は選手の期間が長かったので、選手目線、選手に寄り添う指導や関わり方を心がけています。サッカーの上達だけでなく、1番はサッカーを通して人間的にも成長していってほしいと考えています。特に中学生に関しては、松本山雅FCに関わった3年間でサッカー以外の面でも成長できたと思ってもらいたい。そして、いつか地域に帰ってきて活躍してもらいたいと思っています。サッカーを教えるのは大前提として、選手たちの人生のきっかけになりたいと思って常に指導にあたっています。
―そう考えるようになったきっかけがあったのでしょうか。
小林 現役時代に松本山雅FCでプレーさせてもらったときに、地域の人たちのあたたかさや応援してもらえるありがたみをものすごく感じました。その感謝の気持ちをクラブや地域に還元したいという気持ちが根底にあります。そして、この地域をもっと活性化させてくれるような子どもたちが少しでも増えたらいいなと思っています。松本山雅FCだけでなく、今までプレーさせてもらったクラブや、それぞれの地域の人たちにはすごく感謝しています。そのなかでも松本山雅での2年間は、自分のなかで大きく心に残っていて、JFL昇格のときはチームに貢献できた自負もありますし、サポーターとの深いつながりに感謝の気持ちでいっぱいです。
―印象に残る思い出のシーンはありますか?
小林 浦和レッズのユース時代の恩師には、サッカーの大事な部分をしっかりと教わりました。比較的自由というか型にはめられることなく伸び伸びとやらせていただき、指導者という立場になって、改めて過去を振り返るとそのことを思い出します。そして、松本山雅FCでのJFL昇格ととともに、ロアッソ熊本でJ2昇格の経験も思い出に残っています。日常でなかなか味わえない興奮を、サッカーを通して味わうことができました。
―昇格を2度経験。結果を出す秘訣はありますか?
小林 1番はプレーしている選手たちが1つになること。そして、関わるクラブスタッフ、地域のサポーターもともに目標へ向かっていく、揺るがない思いが絆として心と心がつながる、そういう意識が大切だと思います。具体的な表現がうまくできませんが、そういうものが良い結果を導いてくれると信じています。人の思いはすごく強い。念ずれば叶う、その強さは大切なことではないかと思います。プレーへの熱意やチームメイトへの声かけにも出てきます。自分はFWとして点を取ることが勝利への貢献になりますが、自分が得点をしなくても仲間が点を取ってくれればいいので、FWでも守備もする、臨機応変に体を張る意識を持つようにしていました。勝つか負けるかの崖っぷちでは、総合力が大切になります。チームの勝利から逆算して、どういうプレーをするか、各ポジションが考え、向かっていくということです。自分の目標がブレないように、具体的な目標が夢に出てくるくらい強くイメージする。挫折しそうなときは、どうしても最初の目標と違った着地点を探してしまうなど、誘惑が出てきてしまうものです。例えば、昇格してみんなで喜んでいるイメージを常に持ち続けていくことは大事にしていました。
―現役時代に得たものは指導者としても活きていると感じますか?
小林 そうですね。得たものは忍耐力とか、1番は……やっぱり忍耐力かな(笑)。あと指導育成の目線としては、選手が今すぐに変わらなくても長い目で見ることを心がけています。指導者の自分の型にはめたがる人もいますが、柔軟性を持つことを大事にしています。選手は1日として同じ日はありません。日々コンディションが変わるなか、指導者側も柔軟性をもって指導に当たらないと、選手にとって伸び伸びとプレーする環境を作ることはできません。選手時代に培ったそのときどきの状況判断力が活きているかなと思います。
―指導者になることを選んだ思いやきっかけはありますか?
小林 僕はサッカーが好きで、ピッチから離れている自分が想像できませんでした。離れている時期に感じたことは、根底からサッカーが大好きで、いつまでもボールを蹴っていたい、ピッチに立っていたいという思いです。その思いが今の指導者への道につながったと感じます。これまでたくさんの指導者の方と関わるなかで、サッカーは奥深いなと改めて思い、現役時代の感覚とはまったく違うところもあります。指導者はサッカーの指導だけでなく、教育面で選手たちの人生に関わる責任の大きさを感じますし、そこにやりがいも感じています。
―ピッチを離れている期間はどのように感じられていたのでしょうか?
小林 ピッチで指導している方をすごくうらやましく思いました。スタジアム管理をしていたのでホームゲームはピッチの近くで観ていました。もちろんその仕事も大切ですが、ピッチ上の選手や監督、コーチを見て、自分もあの場所にもう一度立ちたいという思いがなくなることはありませんでした。現場から離れて、フロントの仕事に自分の人生を捧げようと割り切ることがちょっと難しかったんです。
―今、現場に戻られて幸せですか?
小林 はい。きっかけを与えてくれた人たちに感謝をしています。監督という立場で、コーチとも違う指導の仕方や責任の重さを感じながらやっています。とても幸せですし、1番はクラブへの感謝の思いがあります。
―今の選手とご自身の選手時代とで違いを感じることはありますか?
小林 今は関わっているのが女子のカテゴリーで、僕の現役時代とは比べづらいのですが、「絶対にプロになる」というガツガツした感じの選手は多くないと感じます。WEリーグがスタートしたことで、何年か前に比べると女子カテゴリーでも上のリーグを目指す選手が増えてきました。女子のサッカー界としては、いい流れになっていると思います。たくさんのお客さんに来てもらって盛り上がり、プレーの質も高めていけたらと思います。
―今後の展望を聞かせてください。
小林 クラブ全体として、サッカーの育成に関わる環境を良くしていきたいです。まだまだ限られた施設しかなくて、広さや場所の制約もあるので、育成全体でサッカーをする環境を良くしていきたいと思っています。そして女子サッカーの普及も含めて、もっとサッカー人口を増やしたいです。隣の長野市にはAC長野パルセイロというWEリーグで活躍しているチームがあるので、松本山雅FCも負けないように自分たちのチームの醍醐味をピッチ上で表現しながら、地域サポーターの人たちとともに人気も組織も大きくしていきたいです。
―地域活動にも力を入れていますが、地域におけるクラブとしての展望は?
小林 J3では観客動員も多い方ですが、もっとスタジアムに人を呼びたいですし、松本山雅FCへ関心を持ってもらいたいです。1人でも多くの方にスタジアムに足を運んでもらえるよう、クラブを通していろいろな活動をやっていこうと思います。このクラブを地域の人たちの元気や勇気、生きる活力にしたい。松本山雅FCを皆さんの生活の一部に入れてもらい、深く地域に根ざして、一緒に生活していくという姿勢で取り組んでいきたいです。
―個人的な展望はありますか?
小林 近い目標としてはA級コーチジェネラル養成講習会で勉強中なので、まずはこれをしっかり取ることですね。指導者のスキルをたくさんの人から吸収して、指導現場で選手の成長や未来に携わり、僕に関わって良かったと思われるような、そんな指導者になっていきたいです。
―この機会に発信しておきたいことはありますか?
小林 ここ何年かはコロナ禍で世界的に制限がありました。サッカー界にも影響はありましたが、少しずつ落ち着きを見せて、世界的にもサッカー熱が高まってきています。日本も負けないように、遅れないように、熱量を持って盛り上げていけたらと思います。サッカーに限らず、他のスポーツとも手を組んで、日本をもっと元気にしていけたらいいですね。今後、学校の部活動が民間に移行されていく動きがあるので、地域のクラブチームの果たす役割が新しく生まれ変わっていくと考えています。サッカーに限らず、クラブチームがスポーツを通して地域を良くしていけたらいいなと思いますし、松本山雅FCもその一端を担うクラブとして、地域の子どもたちが健やかに安心して成長していける環境を作り、ともにより大きく成長していきたいと思います。
―サッカーを通してスポーツ全体も含めて地域をより良くしていく広がりは素晴らしいですね。今後の活動を楽しみにしています。ありがとうございました。次の指導者のご紹介をお願いします。
小林 愛媛FCレディース監督の望月隆司さんです。
<プロフィール>
小林陽介(こばやしようすけ)
松本山雅レディース監督
1983年5月6日生まれ。東京都出身。浦和レッズユースからトップ昇格。浦和レッズ、横河武蔵野FC、ロアッソ熊本、松本山雅FCでプレー。その後、復帰した横河武蔵野FCで2013年に現役引退すると2014年から指導者の道へ。2015年から2018年まではフロントスタッフも経験し、2019年に松本山雅FCレディースのトップチームおよびU-15の監督就任して現在に至る。