©松本山雅FC
ピッチ外で学んだことや人生の経験を積みながら一度離れたサッカーへの熱意を再確認して指導者の道を選んだ銭谷赳長さん。ご自身の経験から視野を広く持ち、サッカーの技術のみにとどまらない人間としてのあり方と、成長過程における自立の必要性、また育成年代にそれらのことをサッカーを通して伝えていく指導者としての姿勢についてお聞きしました。
―銭谷さんにとって2024年はどんな1年でしたか?
銭谷 松本山雅FCに来て1年目で、U-11を担当しました。僕自身、ジュニアカテゴリーとしては3年目。上の年代に飛び級することで経験を積ませる選択肢もある年代なので、いろいろなパターンにフィットできるように尽力した1年間でした。結果として、リーグ戦ではプレミアリーグ長野U-11で優勝することができました。その結果、今年はアイリスオーヤマプレミアリーグU-11北信越大会への出場と長野県代表として夏の全国大会となるプレミアリーグU-11チャンピオンシップ2025にも出場が決まっています。全国規模の大会に向けて、気持ちの作り方だったり、今後必要になってくることや声かけなどを意識していきたいと思っています。
―これまでのサッカーの経歴について教えてください。
銭谷 基本的に小学生年代を教えていて、練習計画を立てたり、土日は基本的に試合が多く、あとは担当カテゴリー(U-11)のマネージメントが主な活動です。それ以外に普及活動もやっています。チーム活動の前に、スクール事業としてスクールコーチたちと一緒に幼稚園や保育園に出向いてサッカーの楽しさを広げる巡回指導の活動をしています。だいたい午前中は事務所で事務作業が多く、月に数回、サッカー道具を持って訪問先のみんなとサッカーをしています。夕方からは、スクール活動の後にアカデミー活動を行っています。
―このチームに関わることになったきっかけを教えていただけますか?
銭谷 恩師のコーチから声をかけていただいて、このクラブに関わることができました。僕がバディジュニアユースで指導をしていたときに監督をされていた方で、3年間一緒に仕事をさせてもらいました。チームを離れてもずっと良くしていただいていて、今回お声がけいただきました。またご一緒できると思いましたが、残念ながらちょうど入れ替わりで別のクラブへ移ることになりました。
―これまでの経緯を教えていただけますか。ご出身はどちらですか?
銭谷 東京都出身です。東京の地元の文京区立第六中学校、高校は駿台学園を卒業してから少しいろんなことをしてみて、やっぱりサッカーの道に行きたいと思って東京スポーツ・レクリエーション専門学校のサッカーコーチコースに入学して学びました。その前後1~2年はアルバイトでサッカーのコーチをしていて、卒業後は当時のアルバイト先だったNPO法人エンジョイフットボールに入社しました。そこで東京ヴェルディさんとお付き合いがあり、その後は直接業務委託契約という形で3年ほど東京ヴェルディのスクールコーチとしてお世話になりました。その後は岩手県にあるいわてグルージャ盛岡のアカデミーコーチになって、2024年から今に至ります。
―そうすると今サッカーに関わるお仕事をしているのは幸せなことですね。お人柄と向き合う姿勢の成果でしょうか。
銭谷 運と出会う人に恵まれたと思っています。
―指導する上で大切にしていることはありますか?
銭谷 最初はうまくなってほしいという気持ちだけでしたが、松本山雅FCに誘ってくださった恩師のコーチと出会って、「サッカーに対して本気でこうやるんだ」という部分を伝えてもらってから変わりました。育成年代を指導するにあたって「楽しい」と「真剣にやって楽しい」の違いをサッカーという競技の中で伝えたい。そう強く意識するようになりました。育成年代だと、まだ心の中に幼さがあったり、逆にどこか大人みたいに成長している子もいたりして、いろいろな学年でそれぞれ心の動き方や気持ちに差があります。ただ楽しいだけの子もいれば、真剣にやって楽しい子、どちらもいます。僕が目指しているのはどちらかというと真剣にやって楽しむことです。それに気づいてもらえるような指導の仕方を目指しています。今はまだ自分の中でも答えが出ているわけではないですが、指導をするときに意識しているところです。
―遊ぶ楽しさとはちょっと違った楽しさですね。その楽しさを本当の意味で知ることができれば継続につながります。
銭谷 サッカーに限らず、いろいろな分野でも同じことが言えると思うんです。例えば自分が得意な科目の勉強なら長くやっていても、疲れるのは疲れるけどそれほど苦にはなりません。僕もこの道にいるのは、別に全部が全部を楽しいわけではないですが、突き詰めると好きでやっているという気持ちに行き着きます。
―指導者として思い出に残るシーンはありますか?
銭谷 当時東京ヴェルディサッカー幼児園というところで2歳から5歳ぐらいまでを指導していたんですが、その卒園した子たちが小学校でもサッカーを続けている話を聞いたときはすごく嬉しくて。自分のところから手を離れたときに、子どもたちがそれぞれ振り返って一生懸命やっていたこととか、あのとき良かったと思ってくれているのを聞けたときがすごくいい瞬間だなぁと思います。
―今後の展望はありますか?
銭谷 そうですね。今これまで幼稚園から高校生までいろいろな年代を指導する機会を作ってもらって感謝しています。ゆくゆくは大人の年代の指導現場に入れたらいいなと思っています。 今年度はU-10の小学校4年生を担当させてもらうのですが、U-10は本当にクラブの最初の入り口の学年です。そこを任される責任をかみしめつつ、とにかく今はまず目の前のことに対して一生懸命に取り組みたいと思っています。
―今教えている年代のお子さんと、ご自身の子どもの頃と重ねて感じることはありますか?
銭谷 今の子はめちゃくちゃうまいと思います。今は昔と違って本当にみんなうまいので、その技術をどこでどう使うかという判断さえ整理できるようになればもっと楽しくできるのかなと思います。目の前の一つのことだけに集中してやる子も結構いるので、全体を見ながらやろうと伝えています。
―なるほど、視野を広げて物事を捉えるという意味ですね。
銭谷 そうですね。僕がよく言われたのはサッカー以外の生活にもアンテナを張っておくということです。
―それはプレーに関してですか?
銭谷 プレーもそうだし、普段の生活もそうですね。一つひとつのことをきちんとやっているかどうかというのは誰かが見ています。たまたま練習試合のときに観に来られた方が、自分がいつか行きたいチームの監督だったら。もしかしたらチャンスを掴めたり、あるいは逃したりということもあるかもしれません。
―活躍している選手を見ていると、やはりサッカー以外の生活や言動も関係しているように感じます。
銭谷 そこは大きいと思います。僕はこの仕事で3つ目の地域になりますが、最初の東京では、みんな自分で電車やバスの時刻や路線を調べて会場に来るんです。これが東北とか今は長野県にいますけど、そもそもの交通のインフラが親御さんの送迎一択だったりします。これは仕方ないことではありますが、それでも自立という点では遅れてしまいます。例えば、親御さんが送ってくれるけど事前に「この時間に集合だから一緒に準備をやって」とか「この時間に出てほしい」と、全部は無理かもしれませんが親御さんは車を運転するだけでいいくらい、子ども自身が自分である程度の準備をやってみる必要もあるのかなと感じます。普段、電車に乗っていると遅延してしまったり、すごい人混みだったり不測のトラブルに遭遇することがあります。そういう場合は、乗り換えや回避する方法を自分で調べますよね。送迎してもらっていると、そういったトラブルは基本的に運転している親御さんが調べて判断して解決してくれていると思うんです。これではそもそも自分で動くべきと気がつくことがすごく難しいですよね。
―確かにそうですね。
銭谷 臨機応変な対応という生きていく上で必要なことに対して、これでは環境によって自分で気がつくことが遅れてしまいます。高校生ぐらいだったら電車に乗ったり自転車で移動する機会も増えるので、そこで気がついてくれたらと思っています。あるいは他のアプローチで気づかせてあげられたらと考えています。任せっきりだと絶対に育っていかない部分だと思うので、何か良いアイデアがあればいいなと思っているところです。
―現代の子どもたちの選択肢はものすごく広がっています。特にサッカーは、Jリーグ入りを目指すだけではなく、海外のクラブという選択もあります。そういった中で生活面でのタフさは必要になりますね。
銭谷 かといって、急かすようにしてしまうと、子どもたちは混乱してしまったり気持ち的に落ち込んでしまったりすることもあります。そこはすごく難しいなと思います。
―いろいろな経験をしていれば選択肢は広がるものですね。
銭谷 そうですね。得た経験がサッカーに活かされる部分があればいいなと思います。サッカー以外での子どもとしての経験もたくさん積んでほしいという思いと同時に、コーチとしてはやはりサッカーにものめり込んでほしい。メリハリをつけてほしいなと思っています。
―今指導されている子どもさん、親御さんたちに向けて伝えたいことはありますか?
銭谷 親御さんたちには直接お伝えしたことはないかもしれないですが、本当にいろいろな場面でサポートしてくださったり、温かく見守ってくださることに、いつも本当に感謝しています。僕はプロサッカー選手だったわけでもなくて、大きなタイトルを取ったり表彰されたこともない。大事な育成年代のお子さんを預けてくださる親御さんにとって、不安になる瞬間も多くあったと思います。でも、それでもこうして大事なお子さんを預けてくださっていることに対して、すごく感謝していることを伝えたいです。自分も子どもを持って、親の視点や気持ちを持つようになって、改めて感謝の気持ちが強くなりました。
―双方に感謝があって、その真ん中で子どもが健やかに育っていくんだなって私も感じます。今日はありがとうございました。次の指導者の方をお願いします。
銭谷 東京ヴェルディジュニアコーチ赤坂幸紀さんです。
<プロフィール>
銭谷赳長(ぜにやたかお)
松本山雅FCアカデミーU-11コーチ
1992年6月25日生まれ。東京都出身。小学生からサッカーを始め、指導者の道を目指して東京スポーツ・レクリエーション専門学校でサッカーコーチ専攻で学ぶ。卒業後、NPO法人エンジョイフットボールに入社。出向で東京ヴェルディサッカー幼児園、バディジュニアユースを指導。その後、東京ヴェルディ普及コーチ、いわてグルージャ盛岡アカデミーU-12コーチを経て、現在の松本山雅FCアカデミーU-11コーチに至る。2025年からはU-10の指導にあたる。JFA公認B級ライセンス取得。