ベガルタ仙台が変革期を迎えている。筆頭株主がアイリスオーヤマになる見込みとなった。アイリスは株式の過半数取得を目指し、クラブのグループ会社化を視野に入れるようだ。母体企業を持たない市民クラブからの脱却にはさまざまな受け止め方があるだろう。オレはめっちゃいいことだと思っている。今のサポーターの熱量、選手の能力値も高まりつつあり、ゴリさん(森山佳郎監督)、春男さん(庄子春男GM)がいる。J1でやっていこうという温度感は既に現場にあって、さらにベガルタが大きくなる予兆があるよね。何よりもスピード感が期待できる。ベガルタの目標はまだ分からないけれど、新しいことをやるとなったら新社長となる北畠さん(ベガルタ仙台北畠泰之専務)とアイリスのゴーサインが出たらすぐ動くことができる。とはいえ、今まで培ってきた市民クラブの伝統もある。どこまで融合してパワーを発揮できるだろうか。その道のりは決して簡単なものではないと思う。
鹿島アントラーズの母体企業が日本製鉄からメルカリになった2019年、オレは現場にいた。現場もフロントも、特にフロントは変わり目にすごくパワーを使う。フロントにはメルカリから何人も出向してきた。オーナーの意向は大きい。沿わないといけないし反対のことが起きると意見のすり合わせが大変だろうとみていた。現場としては試合するのは選手監督だし、親会社がメルカリに変わったところでそんなに関係ないとも思っていた。自分に自信があったのもある。そして、ふたを開けてみると、いい時はいいけれど、苦しい時期、勝てない時、うまくいかない時は大変だった。もともと、今いる選手たちで頑張ればいいじゃん、頑張っていこうよって雰囲気だったし、外国籍選手の補強が失敗してもそんな感じだった。それが「メルカリだからすごい選手をとってくれるでしょ」って話が増えたかな。当初、一番大変だったのが欧州スタイルのサッカーへの転換で、翌年には欧州での指導歴があるザーゴが監督になった。もちろん、うちらもポジティブに捉えていたけど、鹿島イコール南米、ジーコイズムからの大転換だから混乱はするよね。監督が何人も変わって、迷走していると見られた。
現場は、鹿島の伝統をヨーロッパ型にすると明言されていた。ザーゴはレッドブルのサッカーを知っていたし、すごくいい監督だった。けれど、南米と欧州の最先端はそう簡単に融合しなかった。新しいことをもちろんやるけれど、今までの形でいくほうが勝ち点を積める。だから、何が正解なのか分からないままサッカーしていた。欧州型は縦に速いサッカー。もちろん、それだけじゃないんだけどね。急激な変化を求められた結果、パス1本すらつながらないし、セカンドボールも拾えない。変に間延びして主導権を握れなくなった。これまでの形にいったん戻せば、ある程度はうまくいく。けれど縦に速いサッカーを求められている。新オーナーの意向に沿いながら結果を出す、バランスをとるのは難しい。そして、結果が出るまでに7年を費やした。
ベガルタがどう変わるのかはまだ分からない。ただ、何かを大きく変えようとすれば、そういう時期を経験することになるだろう。今は世界最先端のサッカーをいくらでも見ることができるし、調べることもできる。大きく変えていけるからこそ、投資という意味も含めて「お金をかけようか」となる。経営者目線でいくとそうなるだろう。フロントを修正するのか、現場にも入るのか。もちろん社員も不安になると思う。けれど、フロントの不安は現場に伝わる。文化が変わるんだろうから影響がない訳が無い。最初はぶれてしまうこともあるだろう。とはいえ、現場だけでは勝てないのがサッカー。目標達成のためには全員が同じ方向を向かないといけない。現場が方向性を見いだして、逆にフロントを引っ張るくらいの気概も持ってほしいし、フロントもこれまでのノウハウを生かして前進してほしい。アイリスの大山健太郎会長がベガルタのことをすごく応援していることは周知の事実だ。筆頭株主になったということは、ベガルタを支えるという意思表明だし、相当な覚悟があってのことだろう。うまくいかない時に誰かに矛先を向けるのは簡単。でも、そんなことをしていてもクラブの足を引っ張ってしまうだけだ。変革期こそ、クラブを取り巻く全てが前を向いて力を合わせていきたい。
ベガルタは昔からオーソドックスな4-4-2で、テグさん(手倉森誠元監督)の影響もあって鹿島に似ているところも多かった。ただ、幸いなことに、ゴリさんが3年目で春男さんも来て、チーム自体が変わろうとしているさなか。いま基盤をつくっている。ポジティブに捉えるのならば、変えやすいタイミングではある。哲学が変わるほどの大転換になったとしても、きっと順応してくれるだろう。
-

遠藤 康Yasushi Endo
1988年4月7日生まれ。
仙台市出身。
なかのFC(仙台市)から塩釜FC(宮城県塩釜市)を経て2007年鹿島アントラーズに加入。左足のキック精度が高く、卓越したボールキープ力も光る攻撃的MFで、10年以降は主力として3度のJリーグカップ制覇や、16年のJ1リーグと天皇杯優勝などに貢献した。J1通算304試合出場46得点。
2022年、15年プレーした鹿島を離れ、生まれ故郷のベガルタ仙台へ完全移籍した。
U-15、U-16、U-18の各年代で代表経験があり、15〜17年は日本代表候補に選出された。






