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5月15日に2026ワールドカップ北中米大会を戦う日本代表メンバーが発表されました。まずは日本人プロサッカー選手の中から…いや、もっといえば、何万、何十万といる日本人サッカー選手の中から選ばれた26名の精鋭の皆さん、おめでとうございます。個人的には元チームメイトのハヤ(早川友基)や米子北高校の後輩、海舟(佐野/マインツ05)が初選出されたのはすごく嬉しかったです。同校の恩師からも連絡をもらい「2018年のロシアW杯の時に、米子北高校のキャプテンとして源の選出についてのインタビューを受けていた海舟が、8年後にW杯に出場するって運命的すぎるやろ」みたいな話を伺いましたが、本当にその通りだと思います。海舟と23年に鹿島で一緒にプレーした時も巡り合わせってすごいなーと思っていましたが、改めてそれを実感しています。
また、かつて共にロシア大会を戦った、佑都くん(長友/FC東京)、航(遠藤/リバプール)の選出にも刺激をもらいました。航の3回目の選出もさることながら、佑都くんの5回目はもう、凄すぎてバケモノに見えてきます(笑)。初選出の2010年の南アフリカ大会から20年近くも代表に居続ける選手が果たしてこの先出てくるのか?と考えても、すごいとしか言いようがありません!
言うまでもなく、『W杯』はサッカー選手の誰もがたどり着ける舞台ではありません。プロサッカー選手になったとしても、大多数はその夢を実現できずにキャリアを終えざるを得ません。4年に一度の開催とあって、そのメンバーに選ばれるには単に実力では語れない運や巡り合わせみたいなものを引き寄せる必要もあります。しかも、今回の選出メンバー26名中『初選出』は13名しかいなかったことからも、今やW杯への道がどれだけ超狭き門であるのかはで容易に想像できると思います。
であればこそ、改めてその舞台を託された皆さんにリスペクトしかないし、ぜひW杯という特別な舞台で存分に暴れてきてほしいです!
今回の代表発表をネット配信で見ていて、ふと、自分の時はどうだったかな? と思い出してみましたが、正直、8年も前のことで全く記憶が蘇ってきませんでした(笑)。おそらく、自宅のテレビで記者会見を見ていたはずですが、妻ですら当時の記憶がないらしく…。どんな心持ちで発表の瞬間を待っていたのか、選ばれたと分かってからどうしたっけ? みたいなことが何も思い出せません。もしかしたら、当時は今大会のようにW杯前最後の日本代表戦(3月31日/イングランド代表戦)からメンバー発表まで1ヶ月半も時間が開かなかったことが関係しているのか?! 実際、僕の記憶が正しければ、ロシア大会の時はW杯メンバー発表の直前に国内でガーナ代表との壮行試合が行われ、そこから最後2〜3人が外れたはずで…。つまり、ガーナ戦の前には大枠のメンバーがなんとなく見えていたため、今ほど「誰が選ばれるのか全く読めない!」という感じではなかった気もします。
また僕自身、初めてのW杯選出で、その時点ではまだW杯という舞台の大きさを漠然としか理解していなかったことも、W杯メンバーに選出されたことを特別なインパクトとして残しておらず、ただただ喜んでいただけだったのかも知れません。
実際、僕が本当の意味でW杯の偉大さを知ったのは、実際にメンバーに選出され、ロシア大会に向けた事前合宿を行い、本大会を戦うという過程でした。以前の発源力(VOL.100)でロシア大会の直前合宿における岡ちゃん(岡崎慎司)の話を書きましたが、それも僕がW杯の大きさを痛感するきっかけになった大きな出来事です。また、僕たちが勝利した初戦のコロンビア戦で開始早々(3分)に退場になったカルロス・サンチェス選手に対し、試合を終えてすぐに殺害予告が届いたというニュースを知った時の衝撃もいまだに忘れられません。
94年のアメリカ大会において、コロンビア代表は、オウンゴールを記録したアンドレス・エスコバル選手が大会直後に殺害されてしまった『エスコバルの悲劇』と呼ばれる悲しみに見舞われました。それと同じことがロシア大会後にも起きるのではないかと、選手は不安に駆られたと聞いています。
その話を耳にして、僕自身も改めてW杯の大きさ、価値を実感し「命をかけて戦っていると言っても過言ではない大会」だと思い知らされました。特にコロンビアは実際に対戦相手だったこともあって、改めて「すごい大会を戦っているんだな」という気持ちになったのを覚えています。
と同時に、その経験によって自分自身もプロサッカー選手として生きていく覚悟、日本代表として戦う責任を本当の意味で備えられるようになった気がしたし、それが今もW杯への思いを色褪せないものにしているようにも思います。
そういえば、僕が初めてW杯をスタジアムで観戦したのは小学5年生の時、2002年の日韓大会でした。普段は厳し目の親父が「チュニジア対ロシアのチケットが取れたからW杯を観に行こう」と言ってくれて、初めて学校を早退しました。親父のビッグスクーターの後ろで、ヘルメットを被った僕は親父の背中にしがみついてウイングスタジアム神戸(現ノエビアスタジアム神戸)に向かいました。日本以外の国同士の対決にも関わらずスタジアムが満員に膨れ上がっていたことや、チュニジア側の席に座った僕たちの周りでずっとチュニジア人が歌って、踊って、応援していたのも強烈な印象として残っています。
しかも、僕らの隣に座っていたチュニジア人が「どうせなら一緒にチュニジアを応援しよう」と誘ってくれて…。あれよあれよという間に僕の首にはチュニジア国旗のマフラーが巻かれ、手には小さな国旗を持たされていました(笑)。幼い僕にとってはそれがすごく嬉しく、楽しくて、試合以上の思い出として残っています。その体験のおかげでチュニジア代表ファンになった僕は、しばらくの間、自分の部屋に緑のマフラーや旗を飾りまくっていました。
という思い出もあって、今年の北中米大会でその日韓大会以来、W杯で日本がチュニジアと対戦することも僕にとっては大きな楽しみの1つです。また、前回のカタール大会を含め、近年の日本代表はスペイン、ドイツ、ブラジル、イングランドという強豪国に勝ってきたという実績がある分、過去最高に前評判が高くなっている中でW杯を迎えます。であればこそ、グループステージで日本を舐めてかかる敵はいないはずだし、実際に同組になったオランダ、チュニジア、スウェーデンも間違いなく、日本への警戒心を強めて試合に臨んでくるはずです。そうした状況の中で、日本代表がどんなふうに相手を凌駕し、勝ち上がっていくのかはいちばんの注目ポイントだし、その日本代表の戦いから力をもらって僕自身もまた、自分らしい道を進んでいこうと思っています。
追伸:ガンバ大阪、ACL2優勝おめでとうございます! 自分の試合が日曜日に控えていたためライブでは観られませんでしたが、起きてすぐに結果を確認し、おぉーっ! と朝イチの声が出ました! すげぇーーー! ってなりました!
日本勢がアジア優勝することもさることながら、僕も所属したガンバの優勝だし、一緒にプレーした選手もたくさんいるので尚更、嬉しいです!
本当におめでとうございます!
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昌子 源Gen Shoji
1992年12月11日生まれ。
兵庫県出身。
11年に米子北高校から鹿島アントラーズに加入。14年には自身初のJ1リーグフル出場を実現するなど主軸選手に成長を遂げ、16年のJ1リーグや天皇杯優勝、18年のAFCチャンピオンズリーグ制覇などに貢献した。
18年12月にトゥールーズFCに完全移籍。すぐさまレギュラーに定着するも2シーズン目はケガに苦しみ長期の戦線離脱に。その状況を踏まえてJリーグへの復帰を決断し、20年から3シーズンはガンバ大阪で、23年は鹿島アントラーズでプレー。24年はFC町田ゼルビアに完全移籍となった。
14年に日本代表に初選出。2018FIFAワールドカップ ロシア出場。






