9月21日にメルカリスタジアム周辺で「かしま全力まつり」を開催する。花火大会や縁日、オレら元選手のトークショーを中心に鹿嶋市みんなで盛り上がっていこうという趣旨の、お祭りだ。当初はこんな大規模になるとは想像していなかった。娘が所属するミニバスのチームは、地域の夏祭りに出店を出して、その収益を年間の活動費に充てている。鹿嶋市は週に4日以上体育館を利用すると有料になってしまうので、地域の夏祭りを一回り大きくして焼きそばやかき氷を売ってみようかぐらいのノリだった。
現実味を帯びたのは割と最近のこと。鹿島アントラーズのイベントにも参加しているユウト(安達勇人)との釣りがきっかけだった。ユウトは声優や俳優、アーティストなどさまざまな顔を持ついばらき大使で、笠間市を拠点に活動している。忍たま乱太郎ミュージカルの善法寺伊作役という方が通りやすいかな。5月に釣り友でもあるアントラーズのスタッフを通じて一緒に釣りへ行った時に意気投合し、「せっかくの縁だし何かやりたいね」という会話がきっかけだった。とはいっても、ユウトは釣りの間ほとんど話していなかった。そして、ひたすら釣果を挙げる不思議な人だった。まあ、釣り好きに悪いやつはいない。ユウトはこれまでに会ったことのない人種。「すごくパワーをもらえる」って聞いていた。オレももともとパワーあるんだけどなって思っていたけど、結果としてパワーをもらった。とにかくみんなで楽しいことやりたがる。似たようなタイプのオレのさらに上をいくね。多少損得勘定してしまうオレは「ユウトは鹿嶋でイベントやって得することあるの?ブランディングにアントラーズ使うんじゃないの?」とちょっと意地悪なことを聞いた。そしたら「楽しいと思ったからヤスとやりたい」ってくったくのない笑顔で言われた。「じゃあやろっか」というのがスタート地点だね。
開催するになり、協賛企業を探す。ただ、オレがお願いすることになるであろう企業はたいていアントラーズのスポンサーでもある。だからアントラーズの鈴木秀樹副社長に「かぶっちゃうんだけどいいですか?」と仁義を切った。そうしたら秀樹さんは「せっかくだから一緒にやっちゃえばいいじゃん」って言って、アントラーズもまつりの実行委員会に入ってくれることになった。秀樹さんは昔事業部長だった。強化を担当していた仙台市出身の鈴木満さんと「ダブル鈴木」と呼ばれていて、アントラーズの礎を築いてきた伝説の人だ。青森県の八戸出身で、東日本大震災の後で満男さん(元鹿島MF小笠原満男)が復興支援のため東北人魂の活動をしようと考えて相談した時に「東北の人間として当たり前だ」って言って強力に後押ししてくれた。アントラーズとも組むことになったのは心強いね。常総開発工業さんが冠協賛してくださることになった。せっかくここまできたんだからと、無料でバスケの試合も開催し、協賛金や収益の一部を鹿嶋市のスポーツ少年団に寄付することにした。
今はアントラーズの営業の人たちと一緒に、協力してくれている地元企業や飲食店にあいさつまわりしている。昔からアントラーズを支えてくれてきた方々と交流する機会とかなかなかなかったから、ちゃんとした意味でつながっている感じがして楽しいね。これまでもいろいろな形でアントラーズと関わってきたけれど、ゲストという形じゃなくてイベントを開催して自分が出るのは初めてのこと。Jリーグのクラブがどういう形で地域とともに歩んでいるのかを勉強しながら前に進む中で、いかに地元に支えられているのかということを改めて感じさせられている。サッカー以外でサポーターやスポンサーとつながる日が来るとは思ってもいなかったしね。トークショーにはダイゴくん(元鹿島DF西大伍)、有三さん(元鹿島FW田代有三)を呼んだ。2人とも長くアントラーズで活躍してきた選手だけど引退後はアントラーズであいさつする機会がなかった。みんなの前で話せたら楽しいだろうし、引退後のふれあいがあったらいいなと思っていた。快諾してくれてありがとう。
全力まつりだからもちろん全力でやるよ。子どもたちのために遊具も用意する。そして、メインイベントは花火だ。試合日とかワールドカップ開催時とか、開幕戦で花火を上げたことはあるけれど、アントラーズ的にも試合日以外にスタジアムで花火を上げるは初めての試みだそうだ。アーティストでもあるユウトがいるから、オレも歌う。新しいことをやりたいしね。主催者側も全力で楽しみながら地域全体を巻き込んで盛り上がっていきたいという気持ちでいることを、アントラーズに関わるみんなに少しでも分かってもらえたらと思って、今回のテーマにした。
予想している参加規模が5000人となって、めっちゃ責任感じるし、本当に来るのかなと心配でしかない。でも、走りだしていることだし、できれば毎年やって鹿嶋の伝統にしてみたいから、中途半端なものをつくれないという気持ちで毎日過ごしている。今、生まれ育った仙台にいるときはサッカーのことばかりを考えて動いているけど、第二の故郷鹿嶋にいるときは、8割まつりのことしか考えていないね。たまに自分は何をやっている人なんだろうと思う。
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遠藤 康Yasushi Endo
1988年4月7日生まれ。
仙台市出身。
なかのFC(仙台市)から塩釜FC(宮城県塩釜市)を経て2007年鹿島アントラーズに加入。左足のキック精度が高く、卓越したボールキープ力も光る攻撃的MFで、10年以降は主力として3度のJリーグカップ制覇や、16年のJ1リーグと天皇杯優勝などに貢献した。J1通算304試合出場46得点。
2022年、15年プレーした鹿島を離れ、生まれ故郷のベガルタ仙台へ完全移籍した。
U-15、U-16、U-18の各年代で代表経験があり、15〜17年は日本代表候補に選出された。






