2021年秋にスタートが予定されている、日本初の女子プロサッカーリーグ『WEリーグ(ウィーリーグ/Women Empowerment League)』で注目が高まる日本の女子サッカー。現時点で国内女子トップリーグにあたる『なでしこリーグ1部』を戦う「伊賀FCくノ一三重」。
そこで指揮を執る大嶽直人監督に、自身の指導哲学や女子サッカー指導における面白さを語っていただいた。
ー実弟の真人さんからのご紹介という形でのインタビューとなります。3歳違いの真人さんとは、とても顔が似てらっしゃいますが、小さいころからボールを一緒に蹴っていたのでしょうか。
大嶽 顔が似ている、とはよく言われますね(笑)。僕は幼稚園の時にボールを蹴り始めて、そこに弟がついてきて、僕の横でボールを蹴り始めましたね。弟も3年ほどセレッソ大阪でプロ選手とプレーしていましたが、そのころでも、オフで清水の実家に帰った時には一緒にボールを蹴るなんてこともありましたよ。
ー仲がいいご兄弟なんですね?
大嶽 直接会うことは少ないのですが、今でもしょっちゅう連絡を取り合っています。お互いに指導者になってからもサッカーのこと、指導について話をします。弟は東京でスポーツクラブを運営、サッカーの指導をしながら大学でサッカーのことを研究しているので、情報交換をしていますし、私はアナログな人間なので、情報処理の面で助けてもらっています。
ー現在の伊賀FCでの監督という肩書は2010年から12年までについで二度目ですね。1度目の時と比べての変化は?
大嶽 クラブの環境が変わりましたし、その環境の変化によって、能力が高い選手が増えた、というところで変化を感じています。今年からクラブの名前も「三重」が入って変わりましたしね。
ー1度目と2度目の指揮、大嶽監督自身の指導方針に変化はありますか?
大嶽 1度目はどちらかというと組織的なプレーを求めていましたが、今回は個の能力が高い選手が揃っているということで、ストロングポインを聞き、把握して、彼女たちの個性をどう生かすか、というところに焦点を当てた指導となっています。もちろん、ゲームで勝つには戦術的なものもしっかりとしたものが必要で、それをピッチで表現するには、組織としてどう動いてもらうのか、というところも大事になってきます。
ー個性を生かしながら組織力も発揮できるようにする、という作業は簡単ではないように思えます。
大嶽 そうですね、難しい。今いる選手たちは攻撃的な選手が多いので、守備的な戦い方をしても伸びないでしょうし、ストレスもたまると思うので、4-3-3のシステムで攻撃的なサッカーを、できるだけハーフコートで試合を進めることができるような戦術を採用しています。個性に合わせた、戦術の採用と組織づくりということですね。なおかつ、縦に速い守備と攻撃を表現したいんですよね。
ーハイプレスでボールを奪って、ショートカウンターでゴールを狙うスタイルですね。
大嶽 そうですね。できるだけ相手ゴールに近いところでのプレー時間を増やす。ハイプレスは体力的にもかなりきついのですが、そこで頑張ってボールを自分たちのものにして攻撃の時間をつくりだせば、結果的に守備時間は短くなる。そういうアプローチが攻撃的な選手がそろう今のチームには合っている、と考えています。
ー7月半ばに開幕したばかりの「なでしこ1部リーグ」ですが、今季の目標はどのあたりに置いているのでしょうか?
大嶽 まずは、昨年の4位以上という成績を収めること。そのためには、攻撃の速度を上げながらちゃんとフィニッシュの形にまでもっていくことが必要になると考えています。
ー攻撃のスピードアップを図るために一番大事になる要素は何でしょうか?
大嶽 奪ったボールを縦につけられるかどうか。相手ゴールに近いところにいる選手にボールを運べるかどうか、ですね。縦にボールを入れられる状況にあるのに、横パスを一回入れてしまうと、ボールを持っている選手と受ける選手だけではなく、その周りにいる選手、チーム全体が止まってしまいます。そうなると相手ゴールに向かう、チーム全体としての推進力が生まれないんです。もちろん、縦パスを入れるには、ボールを受ける前に、受けた後に縦パスを入れることを考えた上で、自分が受けるためのスペースの確保や、前にパスを出しやすいようなアングル(角度)をとる、といった細かい準備が必要になります。
ー来年から日本初の女子プロサッカーリーグが開設されます。そこへの参加は?
大嶽 われわれもそこに参加する意志は持っていて、7月末が締切の申請は行っています。もちろん審査があるので、その結果がどうなるかはまだ分からない状況ですが、すぐに、というわけにはいかないにしても、そこに行くために土台づくりというものを、いまはクラブ全体で行っているところです。
ーいま伊賀FCでやっているサッかーと、大嶽さん自身がやりたいと思うサッカーは一致しているのでしょうか?
大嶽 はい、ほぼ、一致しています。
ーその指導哲学に行きついた経緯を教えてください。
大嶽 日本のサッカーも大事ですが、世界のサッカーに目を向けて、世界を基準に考えたかったので、海外の監督さん、特にリバプールのユルゲン・クロップ監督や、マンチェスター・シティのペップ・グアルディオラ監督の考えというものを、実践しているサッカーを見ながら理解するように努めていますし、彼らのあふれ出るアイディアに刺激を受けながら、そしてその考えを参考にし、実際に自分たちのチーム戦術に取り入れながらチームをつくっています。
ーそのほかの指導者で参考にしているのは?
大嶽 少し前ならジョゼ・モウリーニョ監督(現・トットナム監督)の指導理論も学びましたが、いまは4-3-3システムのサッカーの方に興味が行っているので、前者二人の方の戦術、指導哲学を実際の指導に生かしています。ただ、いまは女子選手を指導しているので、その理論を生かすのが難しいところもあります。例えば、ハイスピード、ハイラインの実践は、女子のフィジカル能力を考えると難しいのですが、でも彼女たちは、これまでとは違うサッカーだと肌で感じられるのでしょう、そこですごくやりがいを感じ、楽しみながらチャレンジしてくれています。
ー例えば、グアルディオラ監督の戦術は『ポジショナル・サッカー』の言葉で表現されていて、それはポジションによって優位性をつくりながら試合を進めていこう、との考えですが、今の大嶽監督の指導、戦術の中においてのキーワードを挙げるとすると何になりますか?
大嶽 シームレス、ですかね。攻守ともに、つなぎ目なく一貫して動き続ける、ということをチームのテーマにしています。これを90分間継続することは体力的にも、また精神的にもかなりきついものなのですが、何とかやり切れるところまでいけるように挑戦したい、挑戦させたい、と思っています。
ー『シームレス』について、もう少し詳しくお聞かせください。
大嶽 トランジッション(守備から攻撃、攻撃から守備への切り替え)のところで、ボールを取られた、奪われた、失った時に、攻撃から守備へ切り替える際は、まず守備をするために効果的なポジションを取ろうとする意識が働きます。しかし、そうすると自分たちの動きが一旦、止まることになるんです。そうではなくて、ボールを失っても動きを止めることなくボールに向かった守備を続けること、自分たちが動き続けることで、相手の攻撃と、その動きを止めてしまおう、という考えです。守備も攻撃の一環、守備も攻撃の一環という考えで、継ぎ目なしでプレーしようというのが『シームレス』なんです。
ーシームレス化の実践の難しさは、体力面にあるのでしょうか?
大嶽 肉体的なことよりも、意識の方が障害となります。それまでのゾーンに意識を置いたディフェンスが染みついていますし、やはりセーフティーさを優先する、という固定観念からの脱却が実は一番の障壁かなと感じています。
ーその障壁を取り除くためにどんな手段を?
大嶽 意識を変えるためには、やはり映像を見せることから始まります。リスクもあることを前提に、でも、相手が守備態勢を整える前に攻撃を仕掛けることの優位性も説き、そういうリスクを冒すことでチャンスは生まれるんだ、という意識に変えることから始めます。
ー新しいチャンレジを行うためには映像でまずは理解を深めることは大事なんですね。
大嶽 そうですね、それも女子ではなく、男性の、しかも海外のトップリーグの映像を見せるようにしています。そこに到達するのは確かに難しいのですが、近づくことはできる。だから、目標を高いところにおいて、刺激を与えるようにしています。普段の練習でもそうです。
ー難しいことを練習で行うと失敗が多くなる、それで選手のモチベーションが下がる、という不安は?
大嶽 いまの状況を大雑把に言うと、「いいから、とりあえずやってみよう」と。女性って、最初にきちんと説明して頭の中できちんと理解してからでないと動けない、動かない、ということが多いのですが、今のチームの選手たちは、失敗した時の反応はさまざまですが、「とりあえず、やろう!」「とりあえず、足を動かそう!」という声が出ているので、そこは私も助かっています。難しいからこそやりがいを感じる、それでも少しでもレベルアップすれば、その時の喜びは大きいものだという気持ちになってくれているように思います。
ー女性選手を指導していて、一番面白いところは?
大嶽 なんと言っても成長の度合いが大きいこと。1回の成功体験でものすごくレベルアップする。そこの男子選手との差をすごく感じます。集中力も高いし、吸収力もある。
ー逆にやりづらいところは?
大嶽 僕も二度目なので、やりづらさはかなり減ってきましたが、落ち込んでいるときの接し方は難しいですかね。寄り添ったほうがいいのか、ソッとしておくほうがいいのか。そこの距離感とタイミングには気を使っています、いや、使っているつもりです。でも、基本的には気はあまり使わないようにはしているんです。選手目線でいるほうが選手も話しやすいでしょうし、一緒に考える、一緒に取り組む、というのが僕の指導スタイルでもあるんです。これは男子選手を指導するときも変わらないスタンスです。もちろん、集中が必要な時、やるべきことをやっていない時は怒ったりもしますが、「ああしろ、こうしろ」という、トップダウン式の指導はしていません。
ー今後、Jリーガーがセカンドキャリアとして指導者の道を選ぶことも多いと思いますが、そういう方にアドバイスをお願いいたします。
大嶽 僕も経験しているから言えることなのですが、いろいろなカテゴリーで指導することは間違いなくプラスになりますからぜひ、チャンレンンジを! 年代はもちろんですが、男子の指導者が女子選手を指導する、女子の指導者が男子選手を指導する。そうやって性別の枠組みを取り払って指導を行うことも大事かな、と。そうすることで、サッカーは楽しいものだと伝える仕事だと指導者が実感し、そこにやりがいを感じられるし、その熱が選手の上達を導くものだと思うから、です。
ーそれでは、次の指導者の方をご紹介ください。
大嶽 高畠勉さん。川崎フロンターレで監督も務めたことがあるから皆さんもご存じでしょう。いまは中国のプロサッカークラブ「河北華夏幸福足球倶楽部」のユースチームの監督を務めていますから、きっと面白い話が聞けるんじゃないでしょうか。実は彼とは同い年なんです。よろしくお伝えください。
<プロフィール>
大嶽直人(おおたけ・なおと)
1968年10月18日生まれ。
静岡県出身。東海大学付属第一高校では主将として、1986年の全国高校選手権で優勝。順天堂大学時代にはインカレ3連覇、総理大臣杯3回優勝、関東大学リーグ優勝1回。その後、全日空→横浜フリューゲルス→京都パープルサンガのDFとしてプレー、日本代表1試合出場。2001年に現役引退。引退後は京都のトップチームのコーチとして指導者の道をスタート、ユースチームやジュニアチーム、大学(明治学院大学の監督)、女子チームなどさまざまなカテゴリーでの指導を経験。2013年から3年間、ギラヴァンツ北九州でのコーチ、2016年の京都サンガFCのコーチを経て、2018年から伊賀FCくノ一で、2010年から12年に続き2度目となる指揮を執っている。
text by Toru Shimada