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Vol.24 東日本大震災から10年。3月11日に考えた、自分たちの今。

  • 2021.03.16

    Vol.24 東日本大震災から10年。3月11日に考えた、自分たちの今。

発源力

©GAMBA OSAKA

今年の3月11日で東日本大震災から10年が経ちました。
10年前のあの日、プロ1年目だった僕は、清水エスパルスとのアウェイ戦に臨むメンバーに入ることができず、住んでいた鹿島アントラーズの寮にいました。試合に出るメンバーは、東京駅に移動するバスの中でした。
第一波が来た時、僕は昼寝をしている最中で、部屋が大きく揺れたのは感じたものの、何が起きているのかわかりませんでした。少し寝ぼけていたというか、夢か現実か定かではないような、そんな感覚になったのを覚えています。でもベッドから起き上がってみると、部屋の中にあるものが何から何まで倒れ、それこそテレビまでもが床に転がっているような光景が目に飛び込んできました。それでもまだ事態を把握できず、隣の部屋に住んでいた仲の良かった選手が、自分が寝ている間にイタズラを仕掛けたのか? とさえ思っていました。ですが、寮の騒々しさと余震で現実に引き戻され、慌てて部屋を飛び出しました。階下にある食堂に降りると、寮長に「すぐに1週間分くらいの荷物をまとめてこい」と言われてすぐさま部屋に引き返し、とにかくその辺にあった身の回りのものをバックに詰めて部屋を出たのを覚えています。その時はまだ、テレビも観られる状態ではなかったので、そこまで大きな災害が起きているとは思ってもみなかったというのが正直なところです。
それからのことは、ここで細かく説明することはしませんが、とにかく3月11日以降の日々の中で、いろんなことを感じました。リーグ戦の一時中断が決まったあとはチームも活動休止になり、僕も車で実家に戻りましたが毎日のように、テレビに映し出される光景に言葉では言い表せない気持ちになりました。チームの活動が再開してからも、身近なところではチームメイトで故郷が甚大な被害を受けた小笠原満男さん、遠藤康さん、土居聖真らの姿を通して、たくさんのことを考えさせられました。今になって思えば、正直、当時の僕はまだプロ1年目できっと、満男さんたちが感じていたことの半分も感じ取れていなかったように思います。そんな僕でも、満男さんたちが立ち上げた『東北人魂』の活動を通して、またクラブとしても様々な復興支援を行う中でいろんなことを考え、『サッカー』やプロサッカー選手という職業についてはもちろん、一人の人間としてどうあるべきか、ということも考えさせられました。
ベガルタ仙台とのアウェイ戦後に行われた現地の子供たち向けのサッカー教室で、同じグループでボールを一緒に蹴った小学5年生の男の子から、お父さんが津波で亡くなったと聞いた時のことも今でも覚えています。あの時は、男の子の悲しみを想像し、だけど明るく笑ってボールを蹴る姿に胸が締め付けられるような思いでしたが、自分が子供の親になった今は、亡くなられたお父さんの無念さを慮り、胸が痛みます。あの時、一緒にボールを蹴った子供たちももう成人しているはずですが、今も元気に暮らしていることを心から願います。
Jリーグが再開してからベガルタ仙台が示した強さも、印象的でした。あの日以来、毎年のように3月11日近辺のJリーグでは『仙台対鹿島』の試合が組まれましたが、その試合で必ず感じた仙台の特別な強さに、復興のシンボルにならなければいけないという覚悟がどれほど大きなものなのかを教えられました。そしてそれは、10年がたった今も色あせていないということを、先日、メディアを通して知ったテグさん(手倉森誠監督)の言葉で改めて感じました。東日本大震災当時も仙台の監督を務め、今年、8年ぶりに仙台の監督に就任したテグさんの言葉には確かな熱が込められていました。
「ベガルタ仙台は被災地、東北の方たちの希望の光にならなければいけない。被災した方たちの苦労を思えば、しんどいとか、疲れたなんて言っていられない。サッカーの試合での、90分での疲れなんか本当に大したことじゃないと思えるはず。10年経って街は少しずつ整備されていますが心の復興にはまだ時間がかかります。ましてやコロナ禍で被災地の方たちは二重で苦しんでいます。だからこそ、仙台、宮城県民の皆さんに勇気や希望を届けられる、生きがいになれる力がスポーツにあると信じて戦い抜かなければいけない」
いろんな媒体で取り上げられていたので、僕の記憶に残った言葉だけピックアップしましたが、とても心に沁みました。そして、その言葉は自分たちにもあてはまると感じました。
僕たち、ガンバ大阪は今、新型コロナウイルス感染者が複数人発生したことを受け、活動休止という苦境に立たされています。他のチームは試合が行われている中で、練習ができない不安は正直あります。でも、今はこの状況が自分たちが立ち向かうべき相手だと考えて、やれることをやるしかないと腹をくくっています。今はクラブハウスやグラウンドに立ち入ることができないため、自宅でバイクを漕いだり、トレッドミルというランニングマシンで走ったり、できることを最大限やって、コンディション維持に努めるといった毎日です。
思えば一年前のこの時期も、緊急事態宣言によってJリーグが中断し、家でのリハビリを続けていましたが、あの時期に右足首の治療やケアがしっかりとできなかったことで痛みが長引いたという反省から、今回は、動画サイトでテーピングの巻き方を勉強し、自分で巻く術も身につけました。今はそうした小さな積み重ねが必ず、試合が再開した時の力になると信じてやり続けるだけだと思っています。ガンバの試合を楽しみにしてくださっていた方には心配をおかけして申し訳ない限りですが、明けない夜はないと信じて僕たちの復活を楽しみに待っていてもらえると嬉しいです。

  • 昌子 源Gen Shoji
  • Gen Shoji

    1992年12月11日生まれ。
    兵庫県出身。
    11年に米子北高校から鹿島アントラーズに加入。14年には自身初のJ1リーグフル出場を実現するなど主軸選手に成長を遂げ、16年のJ1リーグや天皇杯優勝、18年のAFCチャンピオンズリーグ制覇などに貢献した。
    18年12月に完全移籍が発表されたトゥールーズFCでもすぐさまレギュラーに定着したが、2シーズン目はケガに苦しみ、長きにわたり戦線離脱。その状況を踏まえてJリーグへの復帰を決断し、今年2月にガンバ大阪への完全移籍が発表された。
    日本代表にも14年に初選出。18年のワールドカップ・ロシア大会でもレギュラーとして活躍した。

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サバ缶ぺぺロンチーノ/村田英理子