今回のコラムは、僕の心を掴んで離さないペップこと、ジョゼップ・グアルディオラ監督率いるマンチェスター・シティFCのサッカーについて僕なりに感じていることを話してみようと思います。
なぜこうも僕がペップのシティに魅了されるか。答えは明白。自分が現役時代、様々な監督のもと、たくさんの選手達と共にプレーしてきた中でいつの間にか出来上がっていた「チームとしてこんなサッカーがしたい」という理想形が、今のシティのサッカーだからだ。
20-21シーズンのプレミアリーグ。5月11日に2位マンチェスター・ユナイテッドが敗れたことを受け、3試合を残してシティは優勝を決めた。ペップがシティの監督に就任した5シーズンで3度目のプレミア制覇だ。選手それぞれが卓越したポジショニングを取ることで流れるようにパスが繋がっていく美しいサッカーを見せていた今年のシティを「サイドバック(SB)の役割」「パスとドリブル」「エース不在」という3つの観点から振り返ってみようと思う。
まず1つ目は「SBの役割」という点。ペップのサッカーにおいてSBは、攻撃時に重要な役割を担っている。従来のタッチライン際を主戦場に上下にアップダウンを繰り返す動きではなく、ボランチまたはインサイドMFのようにプレーすることを求められる。『偽SB』と呼ばれるこの戦術は、ペップがバイエルン・ミュンヘンの指揮を取っていた時から実践していたもので、シティに来てからも継続されている戦術だ。
今年のシティでSBとしてプレーした選手は主に4人。ジョアン・カンセロ、カイル・ウォーカー、オレクサンドル・ジンチェンコ、バンジャマン・メンディ。中でも特に目を惹くのがカンセロのポジショニングで、チームがボールを保持すると、どんどんサイドから中へとポジションを移していき、ゲームの組み立てからフィニッシュに関わるプレーにまで関与する。他の9人のフィールドプレーヤーがバランスの取れたポジションを取る一方で、カンセロだけがリベロのように自由を与えられているようにも見てとれた。
ただ僕は、シティのSB=偽SBとは思っていない。もともとボランチだったジンチェンコは中央でプレーすることが多いが、左サイドで縦への突破から左足クロスを武器とするメンディは左アウトサイドのポジションでプレーすることがほとんど。また、スピードと1対1に無類の強さを発揮するウォーカーは、3バックの右のような役割を果たしながら、チャンスと見るやプレミアリーグでもトップレベルのスピードでオーバーラップやインナーラップを仕掛け、チャンスを作り出していく。もちろん試合や相手の状況に応じてポジションを変化させることができるハイレベルの選手だけに、誰もがインサイドでもアウトサイドでもプレーは可能なはずだが、ペップは偽SBという戦術ありきではなく、選手それぞれの特徴を最大限に活かせるようにポジショニングや役割を与えていたのだと思う。
2つ目は「パスとドリブル」という点。シティのサッカーはポゼッションサッカーやパスサッカーとも言われているが、特筆すべきは効果的なドリブルがビルドアップを助け、相手の守備を破壊していることだろう。シティにはリヤド・マフレズ、ラヒーム・スターリング、ベルナルド・シウバ、フィル・フォーデンという、突出したドリブラーが存在する。また、ドリブラーとは異なるけれどケヴィン・デ・ブライネの推進力のあるドリブルは特にカウンターにおいて相手の脅威となる。ペップは「チームが最良の状態で2ライン間(相手のDFラインとMFラインの間)にボールを運ぶところまでが私の仕事であり、そこから先はタレントに恵まれた選手たちの仕事だ」と語っている。後方から長短織り交ぜた正確なパスを駆使し、より良い形で前線にボールが配給されたところから始まる彼らのドリブルは、どんなに堅い守備もたやすく破壊していく。特に今シーズンは右のマフレズ、左のフォーデンが、幾度となくプレミアリーグの守備陣を切り裂いていた。
効果的なドリブルは前線の選手に限ったことではない。ジョン・ストーンズやルベン・ディアスといったシティのセンターバックがビルドアップ時に見せるドリブルこそ、ペップの拘りが感じられる部分だと僕は思う。彼らは、相手守備組織が整っている場面では必ずといっていいほどドリブルで前進する。それにより相手FWを引きつけながら前線へのパスコースを見つけ出すのだ。CBがドリブルで運び上がることによって相手FWは必然的にボールに体を寄せなければならない。それによって、消されていたシティのボランチがフリーになり、そのパスコースを消そうとした相手MFが動くことでシティのSBやインサイドMFがフリーとなるのだ。つまり、一見、ポジショニングとパスだけで構築されているように見えるシティのサッカーには、随所に効果的なドリブルが隠されていることを見逃してはならない。
そして3つ目は「エースの不在」だ。長年エースとして君臨していたセルヒオ・アグエロはペップ就任後2度のプレミア制覇に大きく貢献したが、今シーズンはコンディションが思うように上がらず、欠場することが増えた。それによってエースを欠くことになったシティだが、デ・ブライネ、シウバ、スターリング、フォーデンといったMFがセンターフォワードを務める、いわゆる『0トップ』のような形で攻撃を形成。それでもリーグトップの78得点を叩き出している(5月20日時点)。それはプレミアリーグの得点ランキングにも顕著に表れていて、1位がリヴァプールFCのモハメド・サラーとトッテナム・ホットスパーFCのハリー・ケインの22得点に対し、シティのトップスコアラーはイルカイ・ギュンドアンの13得点。エースと呼ばれる存在がいなくても、チームとして幾度となくチャンスを作り出し、誰しもがストライカーになり、どこからでも点が取れるという抑えようがない強さが今シーズンのシティにはあった。
その強さを持って3度目のプレミア制覇を実現したシティは、ペップ体制としては初のUEFAチャンピオンズリーグ決勝にも進出。5月30日には、同じプレミアリーグに所属するチェルシーFCと対戦する。直近のFAカップ、リーグ戦では連敗している相手に、ペップのシティとして初のチャンピオンズリーグ制覇となるのか。今から待ち遠しいが実は、そんなシティも今シーズンのプレミアリーグ序盤は開幕から8試合で12ポイントと、やや出遅れていたのを覚えているだろうか。だが、様々な戦い方を模索しながら、先に書いたような組織としての強さを磨き、シーズン中盤に15連勝を含む19試合負けなしを記録するなどして栄冠にたどり着いた。そのシティと比べるのはおこがましい限りだが、僕が監督を務めるFCティアモ枚方も今、7試合を終えて11ポイントと似たような序盤戦を過ごしている。ステージは違うとはいえ、僕たちティアモにもシティのように快進撃を示し、一気にトップまで上り詰める可能性はある。それを現実とするためにこの先、僕自身もしっかりと心を燃やして戦っていきたいと思っている。
小川 佳純Yoshizumi Ogawa
1984年8月25日生まれ。
東京都出身。
07年に明治大学より名古屋グランパスに加入。
08年に新監督に就任したドラガン・ストイコビッチにより中盤の右サイドのレギュラーに抜擢され、11得点11アシストを記録。Jリーグベストイレブンと新人王を獲得した。09年には、かつてストイコビッチも背負った背番号『10』を背負い、2010年のリーグ優勝に貢献。17年にはサガン鳥栖に、同年夏にアルビレックス新潟に移籍し、J1通算300試合出場を達成した。
20年1月に現役引退とFC TIAMO枚方の監督就任を発表し、指導者としてのキャリアをスタートさせた。