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Vol.134 プロアスリートとして。

  • 2025.10.21

    Vol.134 プロアスリートとして。

発源力

ファン・サポーターの皆さんが選ぶ9月の『Talent X月間MZP』に選出していただきました。ありがとうございます。これは2025シーズンに行われる全ての公式戦において、皆さんの思う「最も活躍した選手」を投票してもらい、最多得票数を得た選手が各月1名ずつ、表彰されるというもの。僕自身、今シーズンは初の選出となりました。おそらく…というか確実に、9月最後の試合となった、ファジアーノ岡山戦での決勝ゴールが大きく影響したんだと思いますが、何にせよ、誰かの印象に残るのはサッカー選手冥利に尽きますし、すごく嬉しいです。いつも皆さんには、勝利はもちろんのこと、たくさんの笑顔やサッカーの楽しさ、ワクワク感を届けたいと思っている身としては、僕の名前を書かずとも顔を思い浮かべてもらえただけでもとても幸せなことだと思っています。

思えば30代に突入したくらいから、自分がプレーヤーとしてどういう選手でありたいか。いつか引退する時に「何人の人が泣いてくれるんだろう」と想像することが増えました。
きっかけはトゥールーズFC(フランス)時代に足首を負傷し、なかなかよくならずに帰国して、ガンバ大阪でプレーしていた時期にあります。当時の僕は、思うように足首が完治しない状況にすごく苦しんでいました。それまでも、プロアスリートとして過ごす時間の半分以上は『苦しさ』でできていると考えてきたからこそ、ケガやそれに伴うリハビリの時間もその一部で、当然向き合わなくちゃいけないと思ってきました。ですが、その時ばかりは、あまりにも長く続く足首の不調に、このままキャリアを終えるしかないんじゃないかという不安に苛まれていたのも正直なところです。

ですが、その葛藤の中で「いやいや、今のままじゃあ、誰も自分の引退を惜しんでくれない」と思ったことが自分をもう一度奮い立たせるきっかけになりました。今もリスペクトしてやまない先輩たちが『引退』を決めた時のこと、その報告を受けた時のこと、引退セレモニーでの姿や言葉がふと頭に浮かんできて、「お前はまだ、そこに到達していないだろう」と語りかけてくれたことで、もう一度自分と向き合い、ケガから這い上がる力をもらった気がしています。
 小笠原満男さんから発表前に「引退する」と聞いた時は、キャリアで一番、泣いたし、なんならみんなの前でそれを伝えられた時も、もう一回泣きました。最近だと、散々怒られ、可愛がられ、人としてたくさんの影響を受け、お世話にもなったクォン・スンテさんやヤスさん(遠藤康)から引退の連絡をいただいた時も、電話口で、あるいは映像で引退セレモニーを見ながら涙しました。家族以外の誰かのことでそこまで感情移入することは、キャリアはもちろん、人生でもそうそう何度もあることではない気がしますが、そんなふうに自然と涙が溢れ出る、言葉に詰まる自分を体感するたびに、先輩方の偉大さ、プレーヤーとしての『大きさ』、人としての懐の深さを思い出し「こんなところで立ち止まっているわけにはいかない」と自分を奮い立たせました。

と同時に、その頃から「自分が引退する時には、一体、何人の人が泣いてくれるのかな」とも考えるようにもなりました。これは、30代に突入し『ベテラン』と呼ばれる年齢になったことも影響しているように思います。20代の頃よりは着実に引退に近づいていることを自覚する中で自分の立ち位置や、チームや仲間への影響力を意識することが増え、それに伴い「ここから先のキャリアは、プレーヤーとしての成長だけではなく、人としての成長を求めなくちゃいけないぞ」と自分に問い掛けることも増えました。
そう思う日々の中では、サッカー界に自分より年齢が上の選手が減ってきたこともあって、他の競技のアスリートから刺激を受けることも多いです。接点がない方も多いので、基本的には彼らのインタビュー記事を読んだり、YouTubeなどを観て、その思考に触れることがほとんどですが、アスリートの方それぞれに一流と呼ばれる理由があって、すごく勉強になります。基本的に、体づくりや筋トレなどについては競技性の違いから参考にできることはあまりないですが、考え方やマインドの持ち方、競技との向き合い方みたいなところはなるほどな、と思うことも結構あるし、純粋にそれを知るのが面白かったりもします。

もっとも、中にはあまりに偉大すぎて、ただただその圧倒的な才能と人を惹きつける力、巡り合わせの運、引きの強さなどに驚き、自分のアスリートとしてのポンコツぶりを痛感させられることもあります。
プロ野球の大谷翔平さんは、まさにその一人です。僕は子供の頃から野球も好きだったので、いまだにプロ野球の試合を観ることも多いですが、大谷選手が作り上げた数々の伝説…昨年の『50-50(50本塁打&50盗塁)』に代表される数字に限らず、いわゆる『大一番』というシーンが必ず彼に巡ってくることや、そこで示す勝負強さや結果を含め、スター性が異次元すぎて、もはや同じプロアスリートとは思えません(笑)。そういう瞬間を目の当たりにするたびに、自分の小ささを知り「まだまだやらないと」という気にもさせられます。
そういえば、今年の3月に行われた阪神タイガース対ロサンゼルス・ドジャースのMLBプレシーズンゲームを東京ドームで観戦する機会に恵まれた時も、スタジアムにパンパンに入った42000人強のお客さん全員が大谷選手を観に来たんじゃないか、ってくらいの大谷フィーバーでした。なんならバッティング練習の時には同じプロ野球選手がそのフォームを動画に収めるなど、釘付けになっていたのもその才能を物語る一幕でした。何より驚いたのは、その体の大きさ! メジャーリーグでプレーする選手たちに混ざっても、全く引けを取らない体型をされていて、彼がどうやってその体を作り上げ、維持しているのか聞きたくなるくらい、見事な体つきをしていました。

話がやや飛びましたが、そうしたスーパースターには及ばずとも、自分もプロアスリートとして生きている以上、誰かに影響を与えられるような選手になっていきたいということは常日頃から思っています。この歳になると、なかなかサッカーの技術面が向上することは少なくなってきますが、人間性や心の部分はいくらでも育めるし、それがプレーの進化にも繋がるというのは、偉大な先輩たちに見せてもらってきたことでもあります。だからこそ、僕もしっかりと心の部分も鍛えながら、少しでも選手としての器を大きくできるように、その背中を後輩たちに追いかけてもらえるように、応援してくださる人たちに楽しんでもらえるように、1アスリートとして更なる成長を目指そうと思います。

  • 昌子 源Gen Shoji
  • Gen Shoji

    1992年12月11日生まれ。
    兵庫県出身。
    11年に米子北高校から鹿島アントラーズに加入。14年には自身初のJ1リーグフル出場を実現するなど主軸選手に成長を遂げ、16年のJ1リーグや天皇杯優勝、18年のAFCチャンピオンズリーグ制覇などに貢献した。
    18年12月にトゥールーズFCに完全移籍。すぐさまレギュラーに定着するも2シーズン目はケガに苦しみ長期の戦線離脱に。その状況を踏まえてJリーグへの復帰を決断し、20年から3シーズンはガンバ大阪で、23年は鹿島アントラーズでプレー。24年はFC町田ゼルビアに完全移籍となった。
    14年に日本代表に初選出。2018FIFAワールドカップ ロシア出場。

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ガンバ大阪・半田陸が戦列復帰へ。
「強化した肉体とプレーがどんなふうにリンクするのか、すごく楽しみ」