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Vol.32 鹿児島実業高等学校コーチ&FC Kajitsu U-15監督 /柳崎祥兵

  • 2021.01.21

    Vol.32 鹿児島実業高等学校コーチ&FC Kajitsu U-15監督 /柳崎祥兵

指導者リレーコラム

ランコ・ポポヴィッチからの刺激も受けながら指導者の道に入った鹿児島男児は母校の全国舞台への復活サポートのために、高校チームのコーチとU-15チーム監督の兼務にチャレンジ中。伝統を継承しながら、しかし現状打破のための変革にも着手するという難しい仕事にどんな姿勢で臨んでいるのか。

ードイツのVfBシュツットガルトのGK育成コーチを務めていらっしゃる松岡裕三郎さんからのご紹介で今回、柳崎さんにご登場願ったのですが、松岡さんとはどのようなつながりがあるのでしょうか。

柳崎 松岡は鹿児島実業高等学校(以下、鹿実)サッカー部の同期の一人です。実は小学校、中学校の選抜チームやトレセンでも一緒だったので、高校に入る前からの知り合いでした。松岡がドイツから帰国、鹿児島に帰ってきた時に一緒にご飯を食べたり、松岡がサッカー教室を開くのでそこに私が顔を出す、とか、今でもそうやって顔を合わせています。松岡は昔からサッカーが大好きな人間でしたが、海外にまで行って指導者の道を志すとは思ってもいませんでした。

ー柳崎さんは現役を退いた後、どのようにして指導者の道に入りましたか?

柳崎 現役を退いたら指導者になりたいと考えていたので、FC町田ゼルビアでプレーしている間に指導者B級ライセンスを取得しました。町田のあと鹿児島ユナイテッドFCで3シーズンプレーした後に引退するのですが、そのままユナイテッドのアカデミーで2年間ほどコーチを務めました。そのあと、2019年の4月に私の母校である鹿実サッカー部のコーチに就き、2020年6月からは『FC Kajitsu U-15』の監督も兼務することになりました。その少し前からU-15の指導には携わっていました。

ーなるほど、兼務の形なんですね。

柳崎 その二つのチームでの指導以外に『バモス・スクール』という小学生が対象のスクールと、『さみどり幼稚園』での課外教室としてのサッカーも指導しています。それぞれ週に1回の指導です。いろいろな世代の指導をさせていただいているので、とても勉強になっています。

ー鹿実のコーチに就いた経緯は?

柳崎 鹿実を再び全国高校サッカー選手権に出場させたい。鹿実を復活させるためにです(※鹿実は平成19年、2007年の出場を最後に“選手権”から遠ざかっている)。それで鹿実の外部コーチという形で指導に携わせていただくようになりました。

ーでは『FC Kajitsu U-15』について教えてください。このクラブの創設時期と、創設の意図は?

柳崎 2017年に創設されました。創設の目的は高校年代につながる人材発掘と育成です。強豪校と言われるところ、例えば鹿児島県の中で挙げるなら鹿児島城西高や神村学園などがそうで、中高一貫で指導をしていく形が増えていますし、それが選手を育成する上で効果的だということ。しかし、鹿実に中等部がないので『FC Kajitsu U-15』をつくって、そこでの3年、鹿実での3年の計6年間トータルで育成をしていこうという考えです。

ー6年間トータルと言いながら、『FC Kajitsu U-15』は、いわゆる中学校の部活とは異なるわけですが、そのことによるデメリットはないのでしょうか?

柳崎 指導する側から言えば、『FC Kajitsu U-15』で指導した選手が必ずしも鹿実に進学するとは限らない、つまり良い選手が他の高校に引っ張られる可能性があることですかね。しかし、選手側からすれば『6年間所属』という縛りがないので、中学の3年間は『FC Kajitsu U-15』でプレーして、高校でどうするかは後で考えることができるというメリットがあり、実際に「そのメリットがあるから『FC Kajitsu U-15』を選んだ」という子どもたちもいます。

ー鹿実の外部コーチとの兼務ということなら、柳崎さん自身が子どもを6年間預かる、指導できる、ということですね。

柳崎 そうなんです。だから6月にU-15の監督をするようになって改めて、そこは良かったなと感じているところです。鹿実でAチームとBチームの指導にも携わらせていただいているので、高校に入ったらどういうスキルが必要になるかを十分に理解した上で、U-15の指導にあたることができるので、指導がより具体的になっていると思います。

ーU-15と高校生の指導で異なる点は?

柳崎 まず私自身の立場が違います。鹿実ではコーチなので、最終的な決断を行なうことはしませんが、U-15では監督なので決断は自らで下さなければいけない。選手のアプローチに関しては、鹿実は同じ学校の生徒同士でもありますから仲間意識が強く何事も「チームで」という考えがベースにあるんですよね。だから、こちらが少し強い口調で指導をしても、選手同士で励まし合いながらやっていく、という感じになります。U-15の子どもはいろいろな中学に通っているので、仲間意識は徐々に強まっては行くんですけど、特に最初はそういう意識が希薄ですし、また中学生は精神的にも未熟ですし、肉体的にも不十分なので、言葉一つ、態度一つ、気を配るようにしています。ですから、U-15で指導する時のほうが、どちらかというと1対1で話す機会を多くするように心がけています。

ーU-15と鹿実の指導ポリシーは合致しているのですか?

柳崎 鹿実の外部コーチの話をいただいた時に、鹿実の森下和哉監督と話をさせていただき、指導に関する方向性を確認させていただきました。鹿実は私がプレーしていた頃も含めてフィジカルを生かしたスピーディーなサッカー、いわるゆ“蹴るサッカー”で実績を残して来たチームです。しかし最近は全国の舞台に立てていない、という事実があり、それは、そういうスタイルではもう県予選を勝ち抜けない、通用しない流れになったことの表れではないのか。ならば、自分たちがボールを持っている時間を長くして相手を押し込んでいる状態でサッカーをする、そういう時流に沿ったスタイルに変えていこう、というところで意見が一致したんです。そういうポリシーで鹿実の指導にあたるので、そこにつながるU-15の指導も同じ考え方をベースにした指導になっています。

ーかつての鹿実の良さも残してはいるのでしょうか?

柳崎 もちろんです。例えば球際の強さ、デュエルと言われる1対1の局面での激しさ強さは今のサッカーでも不可欠な要素ですから、そこが強い、という伝統は引き継ぐべきものです。そこにプラスして、ボールを奪われた際の切り替えのスピードを上げて再度ボールを奪い返す部分の質が高まれば、攻撃的なスタイル、ボールを保持しながら試合を進めるスタイルにつながると考えています。

ー2020年度の選手権予選の結果は?

柳崎 ベスト8で鹿児島城西に敗れました(鹿児島県代表は神村学園)。

ー変革はそう簡単ではない?

柳崎 そうですね。でも、「鹿実のサッカーは変わったね」「面白いサッカーをしているね」という声が増えたのは事実です。ただまだ結果がついてこないという事実があります。

ー外部の評価は励みになりますね。

柳崎 そうですね。それが自分たちの手ごたえになりますし、逆に「何が足らないんだろう」と考えるエネルギーにもなります。例えば、個のレベルはもっと上げていかないといけないな、とか。

ー結果がついてこないとおっしゃいましたが、U-15の方は結果もついてきた。

柳崎 そうですね、高円宮杯(JFA 第32回全日本U-15サッカー選手権大会)出場という一応の成果は出ました(※1回戦で徳島ヴォルティス・ジュニアユースに0-2で敗戦)。

ー初出場ですよね?

柳崎 創設後初めてです。

ーでも、新しいスタイルに変えた一つの成果、ということになりますね。

柳崎 私が6月に監督に就くまでは縦に速いサッカーで、実際に周りからも「どうせパワーだけのサッカーなんでしょ?」という目で見られていたのですが、そうではないサッカーになってきたように思います。

ー全国大会出場がかかった大会で監督として指揮を執ったのはその高円宮杯の予選が初めてですよね。そういう大きな大会で何か学んだことは?

柳崎 勝った時にいわゆる勝因をしっかり把握することも大事ですが、負けた時に敗因をしっかり受け止めて、分析することの大切さですね。高円宮杯の予選では負けなかったのですが、九州大会で久しぶりに負けた時に、そういうことを強く感じました。逆に言うと、勝つためには、いろいろな不安材料、反省材料を一つひとつつぶしていかないと勝てないんだ、ということも改めて気づきました。

ー劇的な変化を求めるのではなく、一歩一歩の成長が大事だと。

柳崎 「どの相手でも自分たちがやろうとするサッカーを表現しよう」と子どもたちには伝えているので、劇的に変化するというよりも、その中での質とか、ちょっとしたところを我慢強く求めてやっています。

ーそもそも柳崎さんはなぜ指導者になろうと思ったのですか?

柳崎 まずサッカーが好きだから。それと町田で7年間プレーしている時に、10人くらいの監督と出会ったんですね。その中の1人であるランコ・ポポヴィッチさんという方との出会いが指導者への道に向かう上で一つのポイントになりましたね。ポポヴィッチさんは選手の前で喜怒哀楽を出すんです。それが意図的なものなのか、そうでないのかは分かりませんが、選手に対する“アメとムチ”がしっかりしていました。ものすごく怒った後に激しい抱擁が待っている、とか。選手掌握術というのでしょうか、選手の心をコントロールすることがものすごくうまかった。僕も相当ノセてもらいました。もちろん、サッカーに対する考え方もすごく共感できるものだったので、指導者になる前、それからなってからもポポヴィッチさんのことをイメージしながら指導にあたることはあります。

ーポポヴィッチ監督はJリーグの試合後会見ではものすごく穏やかに話す方ですが、試合中はベンチ前でかなり感情を出しながら指示を出している姿が印象的です。

柳崎 そうですね、選手がどう思うか、どう感じるかをちゃんと考えた上での言動だという気がしています。そこは今の自分にも生きていると思います。

ー鹿実の出身ですから、故・松澤隆司監督に影響された面はありますか?

柳崎 松澤先生がいつも口にしていた『情熱と我慢』という言葉があるのですが、今、僕が指導者になってから「なるほどな、こういうことなのか」と理解できる場面が増えてきました。2017年にお亡くなりになられたことは本当に寂しく思っています。実は生前に「鹿実に来いよ」と言っていただいていました。そのタイミングで来ることはできなかったんですけどね。

ー選手から指導者になった当初に戸惑いはありませんでしたか?

柳崎 育成年代において個人戦術はとても大事なんですけど、指導者になったばかりのころはプレーヤーとしての自分の経験値で「こうしたほうがいい」という言い方で教えてしまっていたんです。つまり、個人戦術の基礎をまだ十分に理解していないのに応用を教えてしまった、ということ。しっかりとした基礎があっての応用なんです。しっかりとした個人戦術を備えていれば、例えば監督が代わり、チームとして表現するスタイルが変わっても対応できる。そこも含めて、個人戦術の基礎がいかに重要かを当時の僕は理解できていなかったということです。そのあたりのことは、僕が鹿児島ユナイテッドFCのアカデミーのコーチとして指導していた時の上司というか、アカデミーダイレクター(現・同クラブのヘッドオブコーチ)を務めていらっしゃった大久保毅さんに厳しく教えられながら僕の頭の中が整理され、それをきっかけにサッカーに関する知識を基礎から学び直していくことになりました。

ー今、指導する上で特に気を付けていることはありますか?

柳崎 言葉、伝え方です。特にU-15チームでの指導では気をつけています。指導者が発する言葉にものすごく敏感な年代だと思います。言葉一つで気持ちがずいぶんと異なるんですね。簡単にノルし、簡単に落ち込んでしまう。しかも、子ども一人ひとりで言葉に対する反応が違うので、顔をしっかり見ながら言葉をチョイスするように気をつけています。

ー顔つきに心のありようが出ますか?

柳崎 出ますね。そこをしっかり観察しながら、時にはわざと二人きりで話すとか、肩を組んで話すとか、そういうのは、もう駆け引きと言えるかもしれません(笑)。とにかく、子どもたちにしっかり伝わる言葉や態度が何なのかを、駆け引きしながら導き出していくようにしています。

ーU-15年代の指導において、『ほめる』と『しかる』とでは、どちらが多くなるものでしょうか。

柳崎 割合を気にしたことはありませんが、ギャップは大切にしています。すごくほめる時もあれば、すごくしかることもある。そうやってメリハリがあるほうが、子どもたちも練習に集中しやすいように思います。あとは、引きずらないように気をつけています。

ー引きずる、というのは?

柳崎 1回しかったあと、その翌日はもうそのことをしつこく言わない。しかられた時点で子どもは反省しているから次の日はもう別の人間になって練習に来たんだよね、という感覚をこちらが持つことで、子どもたちは逆にしかられた時点でちゃんと反省するようになるんだと僕は考えています。

ー柳崎さんは現役時代、どういうタイプのプレーヤーだったのですか?

柳崎 基本はボランチでプレーしていて、攻守でうまく動き回るタイプでした。

ーうまく動くということは、よく考えてプレーするということですね。

柳崎 そうですね、頭を使うことはかなり意識していたと思います。今、そういう部分をしっかりと子どもたちに伝えなきゃ、と思っています。

ー頭を使ってプレーする大切さをどうやって子どもたちに教えていくのですか?

柳崎 単純なことで言うと、頭を使わずにプレーする選手は試合出場の機会が減ります。試合で何も考えないプレーが二つ、3つ続いたらすぐに交代させます。分かりやすいですよ(笑)。

ー頭を使っていないプレーの例を挙げてください。

柳崎 ディフェンダーが1対1の場面でせっかく相手からボールを奪ったのに、顔を上げずに、前をまったく見ずに蹴る、とか。「自分は守った」というところで自分の役目は終わったと思っているんでしょうね。こちらは「それがサッカーですか?」と問いたいわけです。奪った後に攻撃につなげるところも含めて守備だと考えてほしいですし、そのために自分が何をすべきか、どうすべきかを考えてプレーしてほしいのです。

ーすぐに交代とういのはかなり厳しいかなと思う一方で、そうしないと頭で考えてプレーするようになるのも難しいようにも思えますね。

柳崎 交代は確かに厳しい対応だと思いますが、交代させられた選手が次の試合で同じような場面で、今度はちゃんと考えてプレーするということが実際にあるので、必要な厳しさだと考えています。

ー今後の目標は?

柳崎 まずは鹿実を“選手権に戻す”ことが一つ。それと個人的には、いろいろなものを吸収しながら、人の声に耳を傾けながら、でもそういうものに大きく左右されないよう、自分の指導スタイル、チームスタイルという『軸』は崩さないように、子どもたちに接していきたいと思っています。

ーでは、次の指導者の方をご紹介ください。

柳崎 FC町田ゼルビアで一緒にプレーしていた石堂和人さんを。彼は今、福島ユナイテッドFCのU-15チームの監督を務めています。

<プロフィール>
柳崎 祥兵(やなぎさき・しょうへい)
1984年6月11日生まれ。
鹿児島県鹿児島市出身。桜島中―鹿児島実業高等学校―駒澤大学のサッカー部に所属、MFとしてプレー。鹿実時代には全国選手権に出場。駒沢大卒業後にFC町田ゼルビアでプレー(2007年 – 2013年、135試合出場、22得点)、その後、地元の鹿児島ユナイテッドFCに移籍、そこで現役を終えた(2014年 – 2016年、55試合出場11得点)。引退後、鹿児島のアカデミーの指導者を2年間務め、その後に鹿児島実高の外部コーチに、また同時に『FC Kajitsu U-15』の指導に携わる。2020年6月に『FC Kajitsu U-15』の監督に就任。鹿実コーチとの兼務を続ける。

text by Toru Shimada

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