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Vol.88 佐野海舟。

  • 2023.11.21

    Vol.88 佐野海舟。

発源力

©KASHIMA ANTLERS

チームメイトであり、米子北高校の後輩でもある佐野海舟が初めて日本代表に選出され、ワールドカップアジア二次予選のミャンマー戦で、途中出場ながら代表デビューを飾りました。
思えば、僕が代表に初選出された時も、行ったからこそ感じられた特別な雰囲気があり…。もちろん、チームでも素晴らしい先輩方に囲まれて日々いろんな刺激をもらっていましたが、代表ではそれとはまた違う周りの選手の凄さ、空気を感じて、自然と意識が引き上げられたのを覚えています。
それと同じで海舟もきっと目に見える部分、見えない部分で代表に入ったからこそ感じられたことはたくさんあったはずだし、ましてや、W杯予選という特別な一戦でプレーしたことで鹿島とはまた違った刺激を受けたんじゃないかと思います。今の日本代表は、僕がいた時代に比べてより『海外組』と『国内組』がはっきり色分けされるようになったし、自然とメディアやサッカーファンからもそういう目で見られることが多くなりましたが、そうした環境下で数少ない国内組の彼が何を感じたのか。それがこの先、どんな変化につながっていくのか、鹿島に何をもたらしてくれるのか、すごく楽しみです。

今回の発源力では、そんな海舟について僕なりに感じていることを書いてみようと思います。
初めて彼の存在を知ったのは僕がワールドカップ・ロシア大会を戦い終えて母校に挨拶に行った18年、海舟が高校3年生の時でした。といっても僕より8才も下なので面識はなく…監督やコーチに「あいつはいい選手だよ。もしかしたらプロになるかもしれないから、そうなったら気に掛けてやってくれ」的なことを言われたので、うっすらと名前は覚えていましたが、正直、プレースタイルは全く記憶に残っていませんでした。
その後、19年にFC町田ゼルビアで彼がプロになったのは知っていましたが、対戦したこともなかったし、海舟のプレーを追いかけてみることもしていませんでした。そんな中、彼のことを思い出したのは、昨年末に鹿島への移籍話が持ち上がってからです。といっても、特に何かを話すわけでもなく、今シーズン、チームメイトになった時が「初めまして」でした。

そんな彼の最初の印象は、無口、静か、声がちっちゃい、でした。挨拶すら消え入るような声だったので、「米子北はめちゃ声を張り上げて挨拶をするのが伝統だったのに、ほんまに同じ高校の出身?!」と疑わしくなるほどでした。しかも、なんせ僕に全く話しかけてこない! 僕もシーズン序盤はケガをして別メニュー調整になっていたため、同じピッチに立つ機会が少ないからかな〜と思っていたら戦列に戻っても変わらず…。僕にしてみればもっと慕ってくれるのかなと思っていましたが、当時は慕うどころか、めちゃめちゃ距離を感じていました(笑)。

しかも、あれから1年近く経っても、その感じはあまり変わっていません! 僕自身は、この世界では数少ない高校の後輩という思い入れもあって、何度か一緒に食事にも行ったし、なんなら買い物に連れて行ったこともありますが、誘うのはいつも僕から(笑)。おそらく海舟にとって、歳の離れた先輩は気を遣う存在でしかないのか? はたまた本人に「高校時代から雲の上の存在、神様でした」と言われた通り、リスペクトしてくれるがゆえの態度なのか? あるいは、これは米子北の他の後輩にも言われましたが、米子北では僕について「昌子源は全校生徒の中でもずば抜けた身体能力を持っていた。学校の体力テストでも砲丸投げ、立ち幅跳びなど、いろんな新記録を作った怪物だ」という驚きの伝説があるらしく…。事実は大きく異なり、どれひとつとして1番になったことはないですが(笑)、そういったありもしない伝説のせいで勝手に壁を作られているのかもしれません。

もっとも、彼がナイスガイであることはこの1年を通して知ることができたし、何より試合になればそのプレーに内なる熱さを秘めているのは明らかなので全く気にしていません。実際、皆さんも観て感じているはずですが、ドリブルもできて、タックルもパスも巧いし、球際やデュエルの強さもあるというように、守備力はまさにJリーグでもトップクラス。また周りに惑わされない芯をしっかり持っているのも海舟の魅力だと思っています。
そういえば、シーズン序盤は特に、ポジション柄、彼の後ろでプレーすることが多かった僕は「海舟、もっと右だ!」「左から(相手が)来てるぞ」など、いろんな声を掛けていましたが、海舟は全く反応せず…。ほとんどの選手は『声』に瞬間的に体が反応してしまうものなのに、彼は決してそうではなく、だけどボールが出た瞬間に「そんなことは、わかっています」と言わんばかりにボールを刈り取っていた姿が印象に残っています。つまり、海舟にしてみれば、すでにそのスペースを認知した上で敢えて空けたままにしておき、相手が食いつくのを待って反応していたということ! その姿を見た時に「ああ、海舟にはコーチングは必要ないな」と理解し、以来「お前には何も言わないから好きにやれ」というのが彼への唯一のコーチングになりました。

そんな才能溢れる海舟なので、きっとこの先も日本代表選出を力にしながら、さらに右肩上がりの成長を続けていくはずです。ミャンマー戦ではボール奪取など、随所に彼らしいプレーも光りましたが、大事なのは、あれをアジアのライバル、韓国やサウジアラビアなどの相手にも出せるか。また、チームでのプレーを見ていて感じていることですが、ボランチというポジションを考えれば、今の彼に得点力が加われば更に怖いものなしだとも思います。また、これは本人にも伝えましたが、今はまだ米子北出身のJリーガーでワールドカップに出場したのは僕だけだからか『米子北=昌子源』だと言われることが多く…それは僕にとってありがたい話ですが、僕も30歳を過ぎたことを考えても、できれば、彼にはその歴史を塗り替えて欲しいとも思います。それによって「米子北といえば佐野海舟でしょ。かつては昌子源もいたけどね」と言われるくらいになれば先輩としても本望です。もちろん、僕もまだまだ負けるつもりはないですが!

  • 昌子 源Gen Shoji
  • Gen Shoji

    1992年12月11日生まれ。
    兵庫県出身。
    11年に米子北高校から鹿島アントラーズに加入。14年には自身初のJ1リーグフル出場を実現するなど主軸選手に成長を遂げ、16年のJ1リーグや天皇杯優勝、18年のAFCチャンピオンズリーグ制覇などに貢献した。
    18年12月にトゥールーズFCに完全移籍。すぐさまレギュラーに定着するも2シーズン目はケガに苦しみ長期の戦線離脱に。その状況を踏まえてJリーグへの復帰を決断し、20年から3シーズンはガンバ大阪で、23年は鹿島アントラーズでプレー。24年はFC町田ゼルビアに完全移籍となった。
    14年に日本代表に初選出。2018FIFAワールドカップ ロシア出場。

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