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Vol.1 静岡SSUアスレジーナ 監督/本田美登里

  • 2020.11.04

    Vol.1 静岡SSUアスレジーナ 監督/本田美登里

PASSION 彼女たちのフィールド

女子サッカーを支えてきた先駆者の一人である本田美登里監督。現役時代はディフェンダーとして活躍し、指導者に転身してからはなでしこジャパンで一時代を築くことになる宮間あや、福元美穂らを育てあげた経験も持つ敏腕指導者。男性の活躍が目立つサッカー界において女子指導者として活躍する彼女にだからこそ聞ける指導者理論、サッカー界の話、仕事の極意をお聞きした。

ー指導者になった経緯を教えてください。

本田 読売サッカークラブ女子・ベレーザ(以下、ベレーザ)でプレーをしていましたが、選手として終わりかけの頃にベレーザの下部組織(現:日テレ・東京ヴェルディメニーナ)のコーチや監督の仕事があるという話を当時の指導者から頂きました。
当時はサッカーだけで食べていけるというレベルのプロではなかったので、指導者もやってみよう決断しました。「サッカーをしながら仕事をする」という選択は初めてで、当時の指導者という仕事は「仕事」というよりも「食べていくために必要なこと」という感覚で指導者の道がスタートしました。ただ、サッカーをしながらということもあり給与面は厳しいという状況ではありましたね。
 
ー昔から一貫している指導者理論はありますか?

本田 最初から一貫してきたというよりもたくさんの経験や失敗をしながら自分の中で大切にしている事は「選手をきちんとリスペクトしよう」という考えです。
頭ごなしにこちらから「あれをやれ」「これをやれ」と指示を出すのではなくて、選手一人ひとりが持っている特徴を引き出すために「選手たちが考えて判断できるようにしていこう」というスタンスを大切にしています。このスタンスにしていこうと考え始めたのは宮間あやや福元美穂を指導していた岡山湯郷Belleの時からで、今もこのスタンスは自分の中では一貫していることだと思います。

ー逆に長年指導者をしてきた中で理論の変化はありましたか?

本田 どんなサッカーをやりたいんですかとか言うことを聞かれることが多かったんですけど、ここまでサッカーを続けてきている中でも基本の部分が選手に伝わっていないと感じることが多いんですね、なので、まずはサッカーの基本となる部分を選手に教える。それに基づいて選手たちが自分のイメージを表現していくことがいいと思っています。なので、長く指導者を続けていますが、まずは基本を大切にして選手に教えるスタイルで今は指導しています。

ー指導者なったばかりの時に大変だったことは何ですか?

本田 基本をわかっていない選手にどう指導するかという部分は苦戦しましたね。常に弱小チームを率いてそこから選手たちを強くしていくということばかりだったので。さらに岡山湯郷Belleではチームの立ち上げから携わり、チーム名も自分から考え、マネージャー業も自分でやってきた10年間だったのでまた違った苦労もありました。
その後長野にきて2部リーグだったチームを3年間で1部リーグに昇格させたり、今回の静岡のチームも2部リーグから落ちてしまったチームを昇格させるミッションがあったりと成績的に優秀ではないチーム・選手と付き合っているので、「こんなこともわかっていないの?」というところからスタートしている感じでしたね。
あとは、選手のメンタル的な部分での指導や接し方も難しかったですね。「サッカーだけが好き」という選手たちではないので、今の時代の子という風潮もあってこの時間はサッカーと割り切って他の時間を違うことに使う選手が多いんですね。私みたいにサッカーが好きで365日24時間サッカーのことばかりを考えているような選手たちではないので、選手との温度差を感じる時はあります。

ーサッカー以外に興味がある選手達ならではの特徴は何か感じますか?

本田 多様性という部分で特徴が出ていると感じますね。試合に負けても他のことで気分転換がうまくできたりとか、アルバイトをすることでお金を稼ぐことの大変さをサッカー以外でも知ったりとか過去にはなかった環境で多様性が養われているのだと思います。その中でどれだけいろんな方にサポートして頂いて自分がサッカーをしているのかといったことを選手自身に直接感じて欲しいなと思っています。大前提としてしっかりとした社会人であって欲しいという願望もあるので。多様性という面では、サッカー選手だったから次にいい就職ができた、いいキャリアを歩めたという選手を増やしたいとも思っています。また、企業側にもサッカー選手を就職させたいと思ってもらえるように人間性のある選手を育てていきたいと思います。

ー仕事として監督を見たときに、仕事に対するこだわりは?

本田 性格的にもあるのですが、「まぁいいか」という妥協は自分の中でやめようと思っています。自分の中でとことんやるところまでしっかりやって、結果が出なければ納得するという考えでやっています。それは小さい事でも守ろうと思っています。
例えば、何か持っていくものを忘れた時も「まぁいいか」と妥協するのではなくしっかり取りに帰えろうだとか、今日やろうと決めてたスカウティングは明日でいいかとなるのではなく、しっかり今日中に片付けたりだとか。ほんと基本的な事だとは思いますが、こういった小さな積み重ねを大切にしています。

ーその考え方はサッカー選手をやってきたから身に付いたことなのか、それともそれ以外で吸収したことなのでしょうか?

本田 サッカー選手の時も監督をやっている今でも試合に負けた時に「あれをやらなかったからかな」「あれをやっておけばよかったな」と思いたくない部分が強かったからですかね。特に勝つ試合が少ないチームだったので特に妥協したくないという気持ちは強かったです。やれることをやった上で負けてしまうのは納得がいくのですが、やり残したことがあると悔いが生まれてしまうので。

ーサッカー界で選手・監督という立場で仕事をされてきた中で、仕事において女性ならではの強みを感じたことはありますか?

本田 女性が女性にサッカーを教えるという面では、女子選手たちが何を考えているかはわかっているつもりです。男性よりも理解できる部分があると思いますし、女性同士特有のコミュニケーションもあるので、しっかり選手の気持ちを理解したり分析したりはできるのかなと思います。ちなみに女子選手たちの涙は一切信用していませんし、涙を流した事で自分も感情的に流されることはないですね(笑)

ー女性だからわかるメンタリティーがあるんですね。今現在、トレーナーは女性スタッフでコーチは男性スタッフという状況ですが、男性スタッフも混ざった組織の方が良いと思いますか?

本田 男性スタッフと女性スタッフがうまく混在することでバランスが取れると思いますね。女性スタッフだけの組織で女子選手を教えるとなるとどうしてもヒステリックな部分が出てきたりとか、対女性の同性同士ということで敵対視する部分が出てきたりもしてしまうので。なので、カンフル剤として男性スタッフがいたりうまく女性スタッフも入れたりしてバランスの良い組織というのが理想だと思います。

ー過去に比べてサッカー界で活躍する女性が増えているという感覚はありますか?またもっと増えて欲しいと思いますか?

本田 私たちの世代ではない1つ2つ下の世代で女性スタッフが増えている感覚はありますね。30代くらいの元サッカー選手たちが大学女子サッカー部の監督やコーチをやっているということはよく聞きます。他にも去年、一昨年にはなでしこ1部・2部リーグにも女子監督がいたりと少しずつ女性が活躍する舞台が増えてきているなと感じていますね。ただまだ少ない方ではあると思います。なので、トップの指導者だけでなくて地域で活躍する女性スタッフが増えていくこともこれから大事なのかなと思います。女子にサッカーを教える環境があるのであれば、そこは女性スタッフが教えた方がいいことも多いと思いますし、女性だからこそ活躍しやすい仕事は今もサッカー界にある中で、そこで活躍する女子スタッフが増えていけばいいなと思っています。

指導中の本田監督

ーサッカー界の中で他にやってみたい職業はありますか?

本田 ベレーザで選手兼監督をやった後に、ベレーザでマネージャーを2年間やって、その後JFAで5年間働いてリーグの運営などの仕事もしていました。その経緯で幅広い仕事が自分でできるようになったので湯郷にいって監督・マネージャー・運営といった全ての仕事を担っていたんですね。こういった経験をしてきた中で今は監督という仕事を選んでいるので、他にやってみたい職業となると難しいですね…(笑)

ーでは裏方の仕事を経験されてきた中で、世の中にはあまりフォーカスされていない仕事もあると思うのですが、本田監督の個人的な意見としておすすめの仕事はありますか?

本田 チームマネージャーですね。本当に裏方の仕事なのですが、チームがうまくいくためにとにかく大事なポジションだと思っています。高校のマネージャーのようなイメージではなく、とにかくチームのために先を読んで、チームのためにあらゆるタスクをこなしていく仕事なのですが、側から見たらとても地味で評価されにくい仕事なんです。自分が経験したからという観点もありますが、現場レベルでは一番いい人材をそこに置きたいと思うような仕事ですね。裏方だけど一番現場には近くて、表舞台と裏方を繋ぐ重要なポジションとしてやりがいをとても感じられる仕事だと思います。

ーチームマネージャーを経験されていたとのことですが、正直大変なことばかりでしたか?

本田 正直大変でしたね。監督とマネージャーが一緒なので乗りたい飛行機に乗って、食べたい時間に食事の時間を設定できたりと自由な部分が多かったんですが、旅行会社との細かいすり合わせなどは大変に感じましたね。ただ、ユニフォームのデザインやコーディネートといった部分も携われていろんな経験ができたこと、全て自分でコントロールできるといったやりがいは大きく感じました。

ー大変な仕事も多い中で働く原動力となっていることはありますか?

本田 一言で言えば反骨心ですね。小さい頃から「なんで女の子がサッカーをやっているの?」という環境で育ってきた中で「女性だからできないよね」と言われたくないという気持ちがずっとありました。さらにまだまだ男性組織のサッカー界においても「女性だからダメだよね」と言われたくないとも思っているので(笑)

ー今後の目標や展望を教えてください。

本田 静岡という土地柄で色んな方が協力してくださる中で、風間八宏監督が月1回、自粛期間では週1回のペースでサポートをしに来て下さっています。その際に「止める」「蹴る」「運ぶ」の定義、重要性を深く教わった部分があるので、日テレベレーザに負けずとも劣らない「しっかり止めて、蹴って、運ぶ」というサッカーで静岡を代表するチーム、いずれは日本を代表するチームにしていきたいなと思っています。

ー女子サッカー界をこうしていきたいという想いはありますか?

本田 コロナ禍で今季どういう形でWEリーグが始まるか想像つかない部分もありますが、WEリーグを見て「WEリーガーになりたい!」と思う少女が増えて、なりたい職業のなかにWEリーガーが入るようになればいいなと思っています。
女子サッカー界の上の方々だけでこれを実現するのは難しいと思うので、我々がどこまで力になれるかは未知数ですが、少女から憧れられるような選手を育成できるようなチームを作る、地域を作っていけたらなと思います。

ー最後にサッカー界で働きたい女性に向けてメッセージをお願いします。

本田 ここでは自分の経験からチームマネージャーとして活躍したい・活躍している方へのメッセージを送りますね。あまり評価されず地味な仕事だとは思いますが、そこの仕事がチームにとってはすごく大事な部分で肝になるので、渋いところにやりがいを持って頑張って欲しいなと思います。チームスタッフも本当に毎日感謝しているのでやっていることが無駄ではない、人の役に立っているということを自覚して大変なことも乗り越えて欲しいです。

<プロフィール>
本田 美登里(ほんだ・みどり)
1964年11月16日生まれ。
静岡県出身の女子サッカー指導者。
読売サッカークラブ女子ベレーザで女子サッカー選手として活躍したのち指導者へ転身。岡山湯郷Belle では宮間あや、福元美穂などの有力選手を育成した。その後AC長野パルセイロレディースで7年間監督を務め、2020年から静岡SSUアスレジーナで指揮を取る。

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