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Vol.19 六甲アイランド高等学校女子サッカー部 監督/加治真弓

  • 2021.08.04

    Vol.19 六甲アイランド高等学校女子サッカー部 監督/加治真弓

PASSION 彼女たちのフィールド

全国の高校サッカー部員憧れの舞台である全国高等学校サッカー選手権大会。男子サッカー部員は国立競技場や埼玉スタジアム2002をはじめとする関東各地のスタジアムが舞台となるが、女子サッカー部員は兵庫県にある各スタジアムが会場となるため、兵庫県が女子サッカーの聖地となる。この兵庫県にある神戸レディースフットボールセンターを拠点に練習をし、近年県内でも頭角を現しているのが神戸市立六甲アイランド高等学校女子サッカー部だ。今回は元日本代表選手であり、同校の保健体育教諭とチームの監督を務める加治真弓氏にお話を伺った。

―まず始めに、現在のお仕事についてお聞かせください。

加治 私は六甲アイランド高校で保健体育の教諭をしていて、担任も持ちながら女子サッカー部の監督として部活動の指導もおこなっています。今年で4年目なのですが、六甲アイランド高校の女子サッカー部は私が異動してきた当時からチームの雰囲気が良くて明るい子たちでした。すごく良いなと思いながら選手とも話してこれからチームをどうしていきたいかを聞いて目標設定などをしていったのですが、私が赴任する前年には兵庫県3位で選手権にも出場していたので選手達は「全国大会出場」を目標に掲げました。私はいきなり全国大会出場というのはハードルが高いなとも思ったのですが、選手たちは前年に出場した先輩の姿を見ていることもあるので、全国に出るためにはチームの取り組みをどう変えていくかを話していき選手と目標を共有していきました。六甲アイランド高校は公立高校なのですが、片道1時間以上もかかる遠方から通っている生徒もいます。ここでサッカーをしたいという思いで集まってくれるので、多い年には3学年で30名以上の部員になることもあります。公立高校では部員数が足りなくて連合チームで出場する高校もある中、集まってくれるのでありがたいです。

―日本代表でプレーをされていたと思うのですが、採用試験に合格して現役を引退されたのですか?

加治 大学4年生の時は代表の遠征と採用試験が重なってしまったので受験を諦めて遠征に行きました。その後2年はプレーをしながら受験しましたが合格できず、3回目の挑戦で合格することができました。ですが日本代表でプレーしていてアジア大会が行われる年に採用試験に合格したので、その時は中学教員として仕事をして担任も持ちながら代表活動をして、教員1年目にアジア大会、2年目にワールドカップに行かせていただきました。当時はまだ女子サッカーはマイナースポーツでしたし、採用されたばかりの新人教諭が日本代表とはいえサッカーで何ヶ月も仕事を休むことになってしまっていたので、多くの方にご迷惑をおかけしながらもご理解や応援をしていただいてアジア大会やワールドカップに出場できたと思います。ワールドカップ出場後に現役を引退し、教員に専念してからは20年ほど中学校で教師をしてきて、その間にサッカー協会のトレセンのコーチなど協会の活動にも携わらせていただきました。中学校では女子サッカー部よりも男子サッカー部を見ることが多く、サッカー部が無い学校では他競技の顧問をすることもありました。ただ中学校で顧問をしていると週末に協会の活動もできないこともあり、特別支援学校に異動させてもらった時期もありました。そしてご縁をいただいて、4年前に六甲アイランド高校に異動してきたという経緯があります。

―普段のスケジュールを教えてください。

加治 チームの練習は原則火曜日がオフにしています。それ以外の日では7時35分から8時まで朝練をしていて、朝練後は担任しているクラスのホームルーム、その後に保健体育教員として授業を行なっています。だいたい1日3コマ授業を受け持っていて、多い日で5コマ授業をしています。6時間目が終わればまた担任のクラスでホームルームと掃除をして、16時から練習開始。18時から18時30分に練習を終えて解散し、それから校務の仕事をして20時頃に帰路につくということが普段のスケジュールです。
こうしたスケジュールで選手と接する中で、私が赴任した1年目と今とで変わったなと感じるのは選手が練習を休まなくなったという点です。朝練も家が遠かったり交通の便が悪くて朝の時間が間に合わないという選手には朝練には週に1日とかでもいいし、無理に参加しなくてもいいよと言っていたのですが、家が遠い選手が「毎日参加させてほしい」と自ら私にお願いに来て、1日参加だったのが毎日朝練に来るようになりました。放課後の練習もケガをして練習できない選手、大きなケガで手術をして半年はプレーができない状態の選手も自ら出てきてチームのサポートをしてくれています。私は「練習を休むな」ではなく「練習休んでもいいよ」と言っているのですが、選手は自分の意志で参加してくれているので偉いなと思いますし、実際に偉いねと言っています。こういう選手はケガから復帰しても良い状態で復帰してくれますし、何よりチームに対して良い影響を与えてくれます。プレーしている選手はプレーできなくてもチームを手伝って支えてくれている人のためにがんばりますし、いい加減なプレーはしなくなるのでプラスの影響が大きいですね。

―選手が自らチームのために身的に動くというのは、ピッチ内外問わずとても素晴らしいことですね。選手を指導する上で大切にされていることはありますか?

加治 赴任して4年経ってチームの色も出てきたのですが、選手にはかねてから「一生懸命にやって皆に応援されるチームにならないといけないよ」と話をしてきたので、それが少しずつ浸透してきたなと感じています。私が来る前は毎年監督が変わっていたので、監督が変わらなくなってチームの像ができてきたのも良い変化かなと思います。元々明るくて楽しい雰囲気を持っていたから「このチームはサッカーが大好きという人が集まっていて、サッカーが好きだから楽しくやろう、仲良くやろうというのがなくなったらこのチームではなくなると思うよ。」と話をして、その上で「全国大会にいきたいならもっと練習をしないといけないよね、できる?」と聞きました。全国大会出場という目標も選手たちが決めているので、「できます」と答えますよね。そうすると「じゃあこういうところはこうしたらいいんじゃない?」というように導いていく。無理やりやらせるのではなく、あくまでも選手たちが自分たちで考えて決めて取り組んでいくということを大切にしています。
また、周りにいる人に応援されるチームになるために例えば挨拶や返事をするといったこともそうですし、サッカー部である前に六甲アイランド高校生としてやらなくてはいけないことをまずやって、高校のルールをまず守らないといけないよと言っています。あとは先輩の言うことを聞きなさいと言っています。これは選手によっては小学校低学年からサッカーをしていたりして技術や経験が優れている選手もいれば、高校からサッカーを始めた部員もいます。そうすると学年は上だけど技術は低い選手もいます。でも公立高校ですし初心者も大切にしていて、それでまた初心者が良い味を出してくれたりもします。上手い子が勘違いして天狗になったりしていて練習で手を抜いたりしていたりすると、その横で初心者が一生懸命にやっていることで「手を抜いていたらだめだな」と気づかせてくれたりする。試合でもベンチから誰よりも声出してくれたり、試合に出ている選手のためにサポートしてくれたりします。そういう姿を見て試合に出ている選手はどう思うのかと。私学の強豪校の様に皆が上手いというチームではない分、そういうところもうちの良さかなと思います。経験は先輩の方がしているから後輩は先輩に聞く、技術面で優れた後輩がいるなら先輩も学年を問わず教えてもらいなさいと言っています。その上で六甲アイランド高校女子サッカー部としては1学年2学年上の先輩は、これまでやってきたことに誇りを持って後輩に教えないといけない。それを聞けないような後輩はどれだけサッカーが上手くてもチームには必要ないと話していて、その上で技術レベルが同じ1年生と2年生がいれば、1年生を使うと言っています。なぜなら技術が同じなら1年生の方がこの先長くチームにいるから。だから上級生たちは外されても仕方ないと思っています。この3つは入部時に話をしています。

普段は仕事や用事が無い限りは部活動に出るようにしているので、基本的には近くでずっと選手を見ています。試合前にはメンバーを絞らないといけないので、「あなたたちが一生懸命やっているから、私も近くで見ているよと。最後はその時に一番良い11人をメンバーに選ぶ。ちゃんと見て選ぶために、いつも見てるよ」と言っています。このいつも見ているよ、大丈夫よ。というのが見てもらえて安心だと思う選手と、いつも見られてて怖いなと感じる選手もいると思うのですが、理想は私がいてもいなくても自分たちでちゃんとできるチーム。且つ私が来たらよりできるチームになってもらいたいと言っています。そうした中で過日に行われた新人大会では強豪私学に勝つこともできました。そのことで大学の指導者に声をかけていただいただけでなく、六甲アイランド高校の他の部活の生徒や先生方からもお祝いや激励の言葉をたくさんいただけたり、地域への貢献活動もチームで行なっているので、少しずつですが皆に応援されるチームになってきていると感じています。

―サッカーに携わる仕事のやりがいはどういったところですか?

加治 たくさんあると思いますが、先生や生徒という関係を越えてサッカーを好きな者同士、サッカーを愛している者同士として関わり合って一緒にいれるというのが1つです。またサッカーは野球と違って攻守の際や1球1球の間に時間があったりタイムをとったり、サインで動くということがありません。もちろんベンチからの指示もありますが、基本的にはピッチに立っている選手自身が自分で考えて判断して動いて解決します。サッカーは監督やコーチのものではなくピッチに立つ選手のもので、干渉されずに自分たちで何とかしていく。私はそれが好きなので、選手たちにも「試合になったらあなたたちのものだから、自分たちで考えてやらないといけない」と言っています。1から10まで指示されないと動けない、指示されたことしかしないではなくて、自分たちがサッカーを好きで勝ちたいとなった時にどうすればいいかを今持っているものの中から考えて動いていく。こうしたことは今の教育には足りない部分だと思うので、それをサッカーを通じて伝えていく。これがサッカーを好きになって選んだ者として大事にしたいなと思っています。

こうしたサッカーで得たことや学んだことを選手たちが将来のプラスにしてくれればいいなと思っています。自分で考える、周りを見る、人と協力する、何がベストかなどいろいろなことを考えて動く、やってみるといった社会に出ても大切なことがサッカーには全て含まれているので、その経験を大切にしてほしいです。また選手が大人になってお母さんになったときに、子どもにサッカーをさせてもらいたいし、選手自身も何歳になってもサッカーをし続けてもらいたいですね。仲間を大切にして一生の宝にするとかそういったことがやりがいだなと思います。
私自身現在もプレーしていて、最近はあまり参加できていないのですが選手としてチームに所属しています。私はまだ若い方で、最年長で77歳という方もいらっしゃいます。全国にあるママさんバレーチームのような形でママさんサッカーのチームも兵庫県には多くあり生涯スポーツとしての女子サッカーの土壌も兵庫県は確立しているので、女子の高校サッカー選手権大会の開催地であったりWEリーグのクラブがあったり、神戸レディースフットボールセンターがあったりと、女子サッカーの聖地として兵庫県は全国に誇れると思いますし、こうした制度的にも整備された環境が兵庫県から全国に広がっていけばいいなとも思っています。

―ありがとうございました。

〈プロフィール〉
加治 真弓(かじ・まゆみ)

1964年兵庫県出身。小学5年生の時に友人の誘いで神戸FCレディースに入団しサッカーを始める。中学校女子サッカー部を経て、高校進学時に神戸FCレディースに復帰。チームが田崎神戸FCレディースと改称し第1回日本女子サッカーリーグ(Lリーグ)に参戦、Lリーグ初年度のベストイレブンにも選出される。日本代表としても活躍し、1990年アジア競技大会、1991年FIFA女子ワールドカップに出場後現役を引退し、神戸市の教員として中学校、特別支援学校に勤める。2018年から六甲アイランド高校女子サッカー部監督に就任し現在に至る。

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