日々、マネージャーという仕事にプライドを持ち、東京農業大学サッカー部の部員たちを支えている。試合に出場する選手でなくても、チームの一員として勝利のために自らの役割をこなす。そんな小野ひかり氏はマネージャーを務めながら「管理栄養士」を目指す学生でもある。充実した毎日を過ごしながら、自身の将来に向かって一歩一歩、進んでいる。
―まず、現在の活動内容について教えてください。
小野 私は東京農業大学の2年生で、サッカー部のマネージャーを務めています。東京農業大学サッカー部は今、東京都の1部リーグを戦っていて、関東大学リーグ昇格を目標に、日々、活動をしています。私は、その選手たちをサポートするお仕事をさせていただいています。また、それとは別に、東京農業大学の栄養科学科に在籍しています。そこは「管理栄養士」を養成する学科でして、その資格を取得しスポーツ栄養士になること、そして、プロサッカーの世界で栄養士として活躍することが私の夢でもあります。もともと東京農業大学に入学した理由も、管理栄養士になりたいという夢があったから。今は東京農業大学で栄養学の勉強をしています。
―毎日、どのようなスケジュールで活動されているのでしょうか?
小野 今は大学が夏休みなので、例えば今日は7時半にマネージャーのミーティングがあり、だいたい1時間ほどミーティングをしてから家を出ました。それから部活に参加し、16時ぐらいに家に一度戻り、それからアルバイトに行きます。
―アルバイトは何をされているのですか?
小野 塾講師と居酒屋のアルバイトをしています。今日は塾講師として、授業をしに行きます。
―他にも何か活動をされていますか?
小野 はい。「COMPASS」という、スポーツ栄養士を目指す学生が集まっているコミュニティにも参加しています。COMPASSには学生のメンバーのほかにも、もうすでに栄養士として働いている社会人の方々が参加しており、一緒になっていろいろな選手のサポートを行ったり、講習会や勉強会の機会を設けたりしています。そうしてみんなで個々のスキルアップを図っています。今日は夜の22時30分から、COMPASSのミーティングも入っています。
―22時30分ですか? そんな遅い時間まで活動されているのですね。
小野 そうなんです。私もそうですが、他のメンバーもアルバイトをしたりしているので、それが終わったあとにオンラインでミーティングをします。COMPASSのメンバーは関西をメインに、各地域にいて、みんながアルバイトなどから帰ってきてから、30分間くらいミーティングをする形です。
―なるほど。関東圏だけというように特定の地方のコミュニティというわけではなく、全国的に栄養士を目指す人たちのコミュニティなのですね。
小野 COMPASSは関西が拠点とはなっていて、対面での講習会はほとんど関西で開かれます。ただ、2週間に1回、それぞれが知識を身に付けられるような勉強会があり、それはオンラインで参加できるので、関東にいる私も参加しています。
だから、そのCOMPASSのメンバーにはほとんど会ったこともないんです(笑)。東京に住んでいるメンバーの方とは以前にお会いしたことはあったのですが、ほとんどのメンバーは関西に住んでいる方々なので、もう画面越しでしか話したこともありません。それでも、毎日のように密に接することができていますし、みんな同じ夢を持っている仲間同士で一緒に頑張っています。
―それはすごいですね。東京農業大学サッカー部のマネージャーになったのは、どのようなきっかけからでしょうか?
小野 もともと、私は小学校6年間、女子サッカーをしていました。兄もサッカーをやっていたので、私も自然とサッカーを始めていたんです。そのまま中学校でもサッカーを続ける予定だったのですが、中学ではテニスに惹かれて、一度サッカーからは離れてしまったんですよね(笑)。中学ではテニスを3年間やったのですが、高校に入学したときにサッカー部のマネージャーの仕事に興味を持ち、それでサッカー部のマネージャーになりました。そして、マネージャーの仕事をしていく中で、いつしか「スポーツ栄養士になりたい」という夢もできたんです。それで東京農業大学に入学しようと考えました。
―マネージャーをする中で、「スポーツ栄養士」を目指すことになったきっかけはどんなことでしたか?
小野 最初のきっかけとしては、私の通っていた高校サッカー部の環境に物足りなさを感じたことでした。確か、高校1年生か2年生のときだったと思います。私の通っていた高校は公立校だったので、私立の強豪校などと比べると、私の高校のサッカー部には栄養士がいなかったし、また、校内に学食があるわけでもなく、寮で食事が出たりするわけでもなかったので、部活動を行っている生徒によってはいつも栄養バランスの摂れた物を食べていたわけではなかったんです。例えば、コンビニでパンだけを買って食べていたり、お弁当を持って来ても、おにぎりだけしか食べなかったり。時には、昼食をとらずに練習後にアイスを食べて帰っているような部員の姿も目の当たりにしました。私自身は、もともと母がすごく料理が好きで、料理の知識だったり、栄養の知識もなんとなく頭に入っていたので、それらを見て、「これは良くないな」って。そう思ったのが、確か栄養士を目指そうと思った最初のきっかけだったと思います。それから、担任の先生がすごく良い人で、いろいろな道を探してくださっている中で私自身に一番合っている職業は栄養士なんじゃないか、とも言ってくださいました。だから、もう高校2年生の夏には東京農業大学に行くことを決めていました。高校卒業後に栄養学を学ぶために、そのような学科の多い女子大や専門学校に進むという選択肢もありましたが、私は男子サッカー部のマネージャーにもなりたかったから、男女共学で栄養学を学べる学科のある東京農業大学への進学を志望しました。実は受験のときは東京農業大学しか受けていなくて、受からなかったら浪人しようと考えていたくらいでした。
―東京農業大学での学生生活はいかがですか?
小野 東京農業大学への入学が決まった時点で、当初から考えていたように、サッカー部に入部してマネージャーを務めようと思いました。もともとサッカーが好きだということもあったし、高校でもマネージャーをやっていましたから。それに、やはり栄養士を目指すうえでは毎日スポーツの現場にいることも大事だと思ったんです。言い方は悪いのですが、サッカー部の部員たちは、私にとっては研究材料のようにもなりますので(苦笑)。
―それは、楽しい毎日じゃないですか?
小野 はい、そうですね。ただ、正直、高校生のときはほとんどの人が部活をやっている中だったので、「自分も頑張ろう」と思いながらやっていましたが、大学生になってまで部活を続けている人は、私の周りにはあまりいないので、毎日、部活中心の生活を送る中でいろいろと思うこともあります。例えば、周りの学生は旅行に行ったり、遊んだり、アルバイトをたくさんしてお金を稼いだり、やりたいことを自由にやっていますよね。私は毎日部活に行って、選手をサポートしている。そのことに不満はないのですが、その中で自分自身が栄養士としてスキルアップできる場が1年生のときはなかったので、「このままでいいのか」って考えたりもしました。そんなときに、大学でスポーツ栄養学を教えている教授に話を聞きに行ったら、「もったいないことをしているよ」と言われたんです。「こんなにすばらしい環境にいるのに、そこで何もしないのはもったいない」って。だから、いろいろと自分自身で、例えばインターネットを使いながら栄養学の講習などを探してみたんです。その中で、COMPASSにめぐり会いました。
―そんな経緯があるのですね。COMPASSはどういう形で入ったのですか?
小野 当初はSNSのインスタグラムで「管理栄養士 講習」などと検索をかけていて、そこで出てきたスポーツ栄養学の講習に参加してみたりしていました。そんな生活を3ヶ月ぐらい続ける中で、COMPASSという団体を見つけた形です。他にも栄養士を目指す人たちのコミュニティはありましたが、他の団体と違ったのは、COMPASSは学生主体のコミュニティであるということ。私の中ではそれが大きくて。例えば、学生でありながら、中学生のジュニアチームで栄養学の講習を行っていたりするメンバーもいました。私自身も今は大学野球部の栄養サポートをさせていただいています。
―大学での授業や部活動では得られない経験をCOMPASSで得たと。
小野 はい。やはり、スポーツ栄養学を学びたいと思って大学に入学しても、大学の授業に「スポーツ栄養学」というものはないので、実際にはあまり学ぶことができない状況です。たぶん多くの学生がやりたいことを大学でやりたくて入ったのに、何もできないという状況になっていると思いますし、私も最初はそうだったのですが、今では社会に出ないと経験できないようなことを、大学生のうちからすることができています。また、COMPASSにはすごく意欲的で情熱あふれるメンバーが多いので、その環境の中でどんどん自分もいい方向に向かっている実感があります。「あの子も頑張っているのだから、私ももっと勉強しよう」って。COMPASSは、そんなふうに助け合える場なんです。COMPASSに参加し始めたのが今年3月なので、まだそんなに時間は経っていないのですが、今はすごく充実しています。
―今はご活動も楽しいのでは?
小野 そうですね。8月には、もともと自分が小学校のときに所属していたサッカーチームで講師を務めさせていただくことにもなりました。このような経験は、たぶん学校で授業を受けているだけでは得ることができなかったと思います。コンパスに参加したことで、私の知識をアウトプットする機会も増えたし、まさに自分の目的のための勉強というものができるようになりました。
―現場も経験して、管理栄養士としての自信も出てきたのではないですか?
小野 やはり知識をインプットするだけでは、なかなか成長にはつながりません。私自身はアウトプットして選手の反応を見ることで、得られるものが多いと考えています。私のアドバイスしたことを喜んでもらえたり、料理のレシピを教えて「作ります」って言ってもらい、実際に作ってくれたりすると、私もすごくやる気が湧いてきます。「自分が将来、輝きたい場所はここなんだな」って、強く思わせてもらっています。
―マネージャーという仕事を通じて、選手と接することで、栄養士としても成長できているのですね。
小野 私達がサポートさせていただく選手は、相当な覚悟と情熱を持った人が多いです。実際に東京農業大学サッカー部にもプロを目指している人もいますし、彼らは本当にすべての生活の中心がサッカーなんです。彼らがストイックに食事の面でも気を使ってやっている姿勢を間近で見ていると、私も「この人たちの手助けをしたい」って強く思います。練習後にコンビニに行ってお弁当を探しているときも、「これはどうですか?」って、みんなは私に商品の成分表を見せに来たりするんです。だから、私も練習前にしっかりと糖質を摂ることや、練習後にタンパク質だけじゃなくて、糖質も30分以内に摂るようにすること、ビタミンCもしっかり摂取することなど、いつもアドバイスをしています。入部した当初は私も遠慮していてあまり言えなかったのですが、一度言ってみると、みんなはすごく素直に私の話を受け入れてくれて。私も「良かったなあ」って思います。
―確かに、栄養士の人に食事のことを相談したくなります。
小野 やっぱり、そうですよね!(笑) 私は栄養学を学ぶ学生として、栄養とは「生きるうえでの一番大切なもの」だと思っています。スポーツをやっている人も、そうでない人も、どの人も生きていくうえでは栄養は欠かせませんので。私はそれを勉強できていることに、すごく誇りを持っています。まだ夢を実現できたわけではありませんが、「栄養士を目指していて良かったな」って、常に思っています。
―栄養士を目指すうえで、今後はどのようなことを大切にしながらマネージャーとしての活動に努めていきたいですか?
小野 男子サッカー部のマネージャーとしては、もちろん選手ファーストという考えを常に持ちながら活動したいです。その考えは、私が高校1年生の頃から常に持っていました。時々、「何のためにマネージャーがいるのか?」って考えたりもするのですが、ただ単に選手に言われたことだけをこなすのではなく、マネージャーという仕事に誇りと責任を持ち、選手をサポートしていきたい。そして、私たちもチームの一員として、絶対に勝つこと、必ず勝利をつかみ取るという目標を選手たちとともに共通認識として持ちながら活動していきたいです。選手と同じように、というか、私たちマネージャーは選手以上にその思いを強く持っているつもりで頑張っています。その強い思いと、自分の仕事に対する誇りと責任を大切に持ちながら、これからも東京農業大学サッカー部をサポートしていきたいと考えています。
<プロフィール>
小野ひかり(おの・ひかり)
2003年東京都出身。兄の影響で幼少期にサッカーをはじめ、小学生のときは女子サッカーチームに所属。中学生となり、一度はサッカーを離れるも、東京都立日野台高校に入学してから男子サッカー部のマネージャーを務める。その後、将来はスポーツ栄養士になることを目指し、東京農業大学に進学。東京農業大学応用生物科学部栄養科学科に在籍する傍ら、サッカー部のマネージャーとしても活動する。さらに、栄養士を目指す学生が集うコミュニティ「COMPASS(コンパス)」にも参加し、講習会などを通じて栄養学を学んでいる。