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Vol.145 プロアスリートとして。

  • 2026.04.07

    Vol.145 プロアスリートとして。

発源力

ホームタウン・町田市に住むFC町田ゼルビアサポーター、朔空(さく)くん。交通事故の後遺症と戦う彼との約束を果たすべく、3月28日のJ1百年構想リーグ第5節・川崎フロンターレ戦での手繋ぎ入場が実現しました。まずはこの場を借りて、応援していただいた皆さんに感謝申し上げます。
クラブのオフィシャルYouTubeで朔空くんとのエピソード動画が公開されて以降、たくさんの反響がありました。
https://www.youtube.com/watch?v=0LbwGsep_P8
ゼルビアサポーターの皆さんはもちろん、北海道から九州まで、全国のJクラブのサポーターの皆さんからクラブや僕のSNSなどに宛てて温かいメッセージもいただきました。サポーターの皆さんだけではなく川崎の泰斗(脇坂)のように「何か力になれることはないですか?」と直接連絡をくれた選手もいました。泰斗とは娘の幼稚園が同じ縁で普段から会うたびに話をしていたこともあり、すごく親身に寄り添ってもらい「町田のホームゲームなのでチームとしてできることはないかもしれないけど、個人的に僕で力になれるのならなんでもします」と言ってくれていました。
その気持ちを汲んで「泰斗が話しかけてくれるだけで絶対に喜ぶと思う」と伝え、泰斗もそのつもりでいてくれましたが、試合当日はアクシデントで欠場に。ですがその分、川崎サポーターの皆さんがクラブの垣根を超えて大きな声援を届けて下さり、素晴らしい雰囲気で朔空くんを迎えてくれました。ありがとうございます。

実は、僕がこうした活動に力を貸せないかと思ったのは、トゥールーズFC時代の2019年の経験があったからです。当時、チームとしてトゥールーズの病院を訪問したことがありました。3グループに分かれて入院患者さんを激励することになった中で、僕はキャプテンのマックス・グラデルとGKの選手と一緒に、交通事故で重傷を負って入院中の子供の病室を訪れました。部屋のドアを開けた瞬間、両足を天井から吊るされ、掛け布団の下にある小さな体に6本くらいの点滴チューブが繋がれた姿を目の当たりにした時のことは、今も鮮明に覚えています。その子は、トゥールーズFCの大ファンで壁にはフラッグやグッズが飾られていました。
突然の訪問に、お母さんは驚きながらもすごく喜んでくださいましたが、お子さんは最初、目も虚ろで全く僕らの方を見ることもありませんでした。僕らがお母さんと話している時も、ただ静かにベッドに横たわっていて、正直、眠っているのか起きているのかもわからないような状態でした。

ところが、しばらくしてお母さんが息子さんの肩を揺すり「トゥールズの選手が来てくれたよ」と声を掛けてくれたんです。すると僕やGKの顔を順に見やった時にはほとんど反応を示さなかった彼が、マックスの顔を見た途端にパッと目を見開いて「えー! マックスがいる!」と言葉を発したんです。その後も目を輝かせながら、しばらくの間、フランス語で楽しそうに会話をしていました。マックスが持ってきたユニフォームとサインボールを受け取った時もすごく喜んでいて、数分前とは別人かと思うくらい目に力が漲っていたことにも驚きました。僕自身はただ、同じ病室にいたというだけで何の力にもなれませんでしたが、その時に改めてプロサッカー選手が持つ力というか、子供たちにとって僕たち選手がいかに夢や希望になっているのかを実感し、いろんなことを考えさせられました。
結果的に、僕はそのあとしばらくしてトゥールーズを離れ、帰国しましたが、ガンバ大阪でもその時の経験談を広報担当に話し、「僕で力になれることがあればぜひ声を掛けてほしい」と伝えていました。結果的にはコロナ禍になってしまって病院に入ること自体が制限されてしまったため、なかなか実現には漕ぎ着けられませんでしたが、その思いはいつも僕の胸にありました。

だからこそ昨年末、ゼルビア宛に朔空くんのご家族から手紙をいただき、広報を通して相談を受けた時はすぐに、会いに行くと決めました。もっともその時は正直、自分がどんな力になれるのかもわからなかったし、朔空くんの容態を聞いて、どんな言葉をかけるべきか僕なりにすごく悩みました。僕にも朔空くんと同じ年齢の息子がいる中で、自分の家族に置き換えて考えるほど、ご両親の心中を慮るほど、相応しい言葉が見つからず、最初は僕自身がすごく緊張していた気もします。結果的に、朔空くん家族はすごく喜んでくださいましたが、正直、今も僕が朔空くんやご両親に掛けた言葉、行動が正しかったのかはわかりません。
でも、今回の一連の出来事を通して感じたのは、朔空くんとの出会いによって、僕たちが彼を励ますどころか、僕たちの方が彼に大きなパワーをもらったということ。おかげで、僕自身もプロサッカー選手としての使命や自分のあり方を見つめ直すことができました。

プロサッカー選手として僕はこれまで家族や、応援してくれる人のためにプレーをしてきました。悔しいことや気持ちが少し沈むようなことがあったとしても、その人たちが変わらずに自分を応援し続けてくれることが僕の支えでした。でも、朔空くんの戦いに触れた今は、改めてピッチに立てていること自体が幸せで、その過程で感じる悔しさや辛さなんて、大したことじゃないと思うようになった自分がいます。
もちろん、よりよいプレーをするためには、その都度、修正も改善も必要です。プロサッカー選手としてできるだけたくさんの勝つ姿、いいプレーを示したいということは常々思っていますし、そのためにできる限りの準備もします。
でも、そんな過程は当たり前とした上で、僕たちプロアスリートがやるべきことは、ピッチの上で全ての力を振り絞って走り続けること、最後まで諦めずに戦い続けることに他なりません。表現が難しいですが、それこそが僕たちプロアスリートの姿に、夢や希望を重ね合わせてくれる子供たちや応援してくれる方たちの想いに応えるということだと思います。というか、その姿があって、初めて本当の意味で彼らの目標になれるのではないかと思っています。
だからこそ、この先も、その思いを胸に、また、今回の経験を通して改めて感じた『サッカー』の持つ力、それを愛するファン、サポーターの皆さんの『サッカーファミリー』としての温かさをしっかりと胸に刻み、プロアスリートとしてしっかりと戦い続けようと思います。僕たちをキラキラとした目で見ている子供たち、応援してくださる方たちが僕たちに描いてくれている夢や希望を裏切らないためにも。

  • 昌子 源Gen Shoji
  • Gen Shoji

    1992年12月11日生まれ。
    兵庫県出身。
    11年に米子北高校から鹿島アントラーズに加入。14年には自身初のJ1リーグフル出場を実現するなど主軸選手に成長を遂げ、16年のJ1リーグや天皇杯優勝、18年のAFCチャンピオンズリーグ制覇などに貢献した。
    18年12月にトゥールーズFCに完全移籍。すぐさまレギュラーに定着するも2シーズン目はケガに苦しみ長期の戦線離脱に。その状況を踏まえてJリーグへの復帰を決断し、20年から3シーズンはガンバ大阪で、23年は鹿島アントラーズでプレー。24年はFC町田ゼルビアに完全移籍となった。
    14年に日本代表に初選出。2018FIFAワールドカップ ロシア出場。

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