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Vol.11 古巣戦。そして内田篤人くんの引退に思ったこと。

  • 2020.09.01

    Vol.11 古巣戦。そして内田篤人くんの引退に思ったこと。

発源力

©GAMBA OSAKA

8月23日は自分にとって初めての『古巣戦』、鹿島アントラーズとの試合でした。思い入れのある特別なチームとの対戦ということに加え、引退が発表された篤人くん(内田)の現役ラストマッチになることも相まって、より自分の中での『特別感』は高まっていた気がします。

その中で正直、試合が始まるまではすごく違和感がありました。僕自身もこの日が公式戦4試合目で、パナソニックスタジアム吹田ではまだ2回しかプレーできていないことや、今は観客数に制限がある中で『アウェイ感』が感じられないこともあって、ガンバのユニフォームを着てカシマスタジアムにいる自分を不思議に感じてもいました。
と言ってもそれは、試合前のウォーミングアップまでです。キックオフ前の入場時にはすでにガンバの勝利のために戦うことに集中していたし、結果的に、公式戦4試合目にしてようやくコンディション的にもすごくいい状態で90分を戦えた気がしています。相手のパサーをしっかり見極めて「来るな」と思うタイミングで体が動くとか、読みが当たるとか。インターセプトを狙いにいったときにしっかりボールを取れる、相手のシュートコースに的確に体を入れてシュートブロックができるなど、感覚的なものも含めて頭で考える動きとプレーが合致することも多かった。もっともこれは、自分の両脇にいるヨングォン(キム)と弦太(三浦)のハイパフォーマンスに助けられたところも多分あります。この3人での3バックはまだ2試合目でしたが、ヨングォンの戦術眼や読みの鋭さ、弦太のハイボールへの強さやポテンシャルの高さは隣にいながら改めて「えげつないな」と感じたし、だからこそ自分はしっかりと『猛獣使い』になろうと思っていました(笑)。
ただ、試合内容は決してガンバらしくなかったと思います。先制してからは特に守勢に回る時間が続きましたが、意図的にそうなったというより、篤人くんのラストマッチという特別感の中で相手の勢いに押されて受けざるを得なかったというのが正直なところです。実際、鹿島は90分間を通して、攻守の切り替えはもちろん、セカンドボールへの反応もすさまじく、鬼気迫るものを感じました。それでも、僕たちもしっかり弾き返せていただけに最後の失点は悔やまれるし、あの戦いになってしまった限りは、守りきらなければいけなかったとも思います。それについては、あの局面だけではなく、その前のプレーとか、自分たちの戦い方も含めてもう一度、チームとして見直したいと思います。

そして、篤人くんです。篤人くんとは鹿島では1年しか一緒にプレーしていないし、日本代表戦を含めても同じピッチに立った試合数は決して多くないですがいろんな思い出があります。鹿島での18年は、キャプテンだった満男さん(小笠原)が先発から外れた時には僕がキャプテンマークを巻かせてもらった中で副キャプテンの遠藤康さんや篤人くんには、たくさん助けてもらいました。篤人くんもケガであまりピッチに立てていませんでしたがいつも「源が思っていることをそのままピッチで表現していけばいい」と背中を押してくれました。また日本代表で一緒だった約3年間、僕は殆ど試合に出られなかったけれど「腐らずやれ」と常に声を掛けてくれて、よく同じテーブルで食事もしました。今になって思えば、それも篤人くんなりの愛情というか「試合に出ていなくてもお前は俺らの仲間なんだぞ」ということを行動で示してくれていた気もします。
プレーでもたくさんのことを学びました。この日の試合でも、レフェリーとの駆け引きやチームに対する声掛け、あるいは僕たち対戦相手への声掛けまで、ずる賢いというか、サッカーをわかっているというか。嫌なところでチクリと言葉を刺してくるあたりも「篤人くんらしいな」と思っていました。大事なところで必ず体を呈して削りにいくのも相変わらずで、ピッチで示す姿の端々に篤人くんのキャリアを感じたし、そんな篤人くんのラストマッチでの姿を同じピッチで感じられて幸せでした。

『引退』の決断については、とにかく寂しいの一言で、これ以上のことを僕が語るのは違うと思っています。篤人くんはどんな時も自分のことを過大評価も過小評価もしない、その時々の自分を客観視して冷静に受け止める人でしたが、その篤人くんが最後に自分に下した決断だからこそ尚更です。人生には誰しも大きな決断をする瞬間があって、いいか悪いかを判断するのも、それをいい判断にしていくのも自分でしかない。篤人くんの引退のスピーチを聞きながらそんなことを考えつつ、「それにしても、最後まで絵になるな」と思ってその姿を目に焼き付けました。

そんな篤人くんの姿を見たせいか、その日の夜は『引退』をすごく身近に感じている自分がいました。それは、満男さんが引退すると聞いた日の夜と全く同じ感覚でした。自分はどんな風に引退に向かうのか、どんな姿で引退するのか。今は27歳で、自分ではまだまだ現役を続けたいと思っていますが、いつかは必ず訪れる引退の瞬間に自分は何を思うのか。その中で1つ明確になったのは『引退』を迎える時に満男さんや篤人くんのように、自分が関わったチームの人、仲間、自分を応援してくれる人たちに心から「お疲れさま。このクラブのために戦ってくれてありがとう」と言ってもらえる自分でいたいということです。
プロサッカー選手というのは、いいことばかりでは決してなく、八割方、辛いこと、悔しいことの連続です。いいプレーには拍手を送って貰えますが、次の瞬間にはブーイングを浴びせられることもあります。極端な話、僕を応援してくれる人もいる一方で、嫌いな人もいると思います。でも最後は、そんなことを抜きにして「ラストを温かく送り出してあげたい」と思ってもらえる自分でいたいと思ったし、この先は、そうなるための過程を過ごしていきたいとも考えました。
もちろん、そのためには1つ1つの試合の結果や『タイトル』も必要だと思っていますが、それと並行して1つ1つの試合、プレーに魂をかけているのか。本当にクラブのために戦えているのか。ガンバのために、全てを捧げて戦っている姿が応援してくれる皆さんに伝わっているのか。ディフェンダーとして泥臭くても体を張って、がむしゃらにボールを追いかけ、ボールを奪い、相手を止めて、仲間を鼓舞することができているのか。この先も、それを自分に問いかけながら戦っていこうと思っています。

  • 昌子 源Gen Shoji
  • Gen Shoji

    1992年12月11日生まれ。
    兵庫県出身。
    11年に米子北高校から鹿島アントラーズに加入。14年には自身初のJ1リーグフル出場を実現するなど主軸選手に成長を遂げ、16年のJ1リーグや天皇杯優勝、18年のAFCチャンピオンズリーグ制覇などに貢献した。
    18年12月に完全移籍が発表されたトゥールーズFCでもすぐさまレギュラーに定着したが、2シーズン目はケガに苦しみ、長きにわたり戦線離脱。その状況を踏まえてJリーグへの復帰を決断し、今年2月にガンバ大阪への完全移籍が発表された。
    日本代表にも14年に初選出。18年のワールドカップ・ロシア大会でもレギュラーとして活躍した。

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