COLUMN

REIBOLA TOP > コラム > Vol.4 刈谷JYコーチ/吉村大輝

Vol.4 刈谷JYコーチ/吉村大輝

  • 2019.07.04

    Vol.4 刈谷JYコーチ/吉村大輝

指導者リレーコラム

6月末に行われた『2019パロマカップ 第34回日本クラブユースサッカー選手権U-15東海大会』では3回戦のNPO藤枝東FCジュニアユースを破り、全国大会への切符を手にした刈谷JY。
同チームで今年からU-15チームを率いる吉村大輝監督のサッカー感や、指導方法について、話を聞いた。

一FC LAVIDA U-15の村松明人監督からのご紹介で取材に伺いました。年に1回は必ず試合をしているそうですね。

吉村 そうなんです。07年にホペイロ刈谷(*2年前にチーム名を刈谷JYに変更)を立ち上げ、監督をしていた矢野隼人(現刈谷JYアドバイザー/日本サッカー協会インストラクター)が、2年前くらいに石川県の大会で知り合って交流が始まりました。村松さんもインタビューでおっしゃっていましたが、僕たちも周りのサッカー関係者から「LAVIDAと試合をしたら面白いんじゃないか」ってずっと言われていたので、初めて試合を出来るとなった時はすごくワクワクしたのを覚えています。と言っても、当時、僕は中学1年生のチームと、3年生のBチームの監督をしていたので、その時は村松さんとは会えず…。でも、矢野からも「LAVIDAとは定期的に試合をさせてもらった方がいいよ」と言われていたし、機会を伺っていたら、昨年末に静岡県のフェスティバルで、偶然同じグラウンドに来ていた村松さんがうちのチームのバスを見つけて声を掛けてくださったんです。その時は少しだけ話をして別れたのですが、今年7月にようやく、僕がU-15を見るようになって初めて御殿場で試合をさせてもらうことになりました。

ー村松監督は「サッカー感が似ている」とおっしゃっていましたが、そうしたチームと定期的に練習試合を行う利点をどう考えますか?

吉村 県外のチームだと全国大会以外で直接的なライバルになることはないので、お互いが自分たちの良さやスタイルでバチバチと勝負できる面白さがあるし、その中から相手のいいところを盗んで刺激を受けたり、自分たちの課題を見つけることもできるので、僕たちは結構、週末は県外に出て行っています。立地的にも大阪や静岡にも足を伸ばしやすいし、みんなでバスに乗って移動して、試合をし、帰ってくるというように長い時間を一緒に過ごすことで選手同士もよく話すようになり、仲間意識も強くなるのも利点だと思います。

ー刈谷JYについて伺います。まず、今日、練習を見せていただいた『ホペイロエスタディオ』は、工場跡地のように見えたのですが…。

吉村 その通りです! 9年ほど前に前持ち主が退居された時に、工場の跡地を室内練習場にしました。この場所なら雨にも濡れなくてすむし、うちの組織の1つであるホペイロ刈谷接骨院も隣にあるのでいいんじゃないか、という話になり改造しました。と言っても、コンクリートの上に人工芝を敷いたのと、ボールが直接壁に当たらないようにコートの周りをネットで取り囲んだ程度ですが、全天候型なのがウリです。主に試合のない土日はU-15もここでボールを蹴りますし、平日は幼稚園生や小学生を対象にしたサッカークリニックを行っています。フットサルコートの半分くらいの大きさですが、選手にはリラックスしながらも、狭い局面でハードにプレーすることを求められるし、それは僕たちが理想とするサッカーとリンクするところだと考えれば、『ホペイロエスタディオ』はある意味、刈谷らしさの象徴かも、と思っています。もちろんここ以外にも、火曜日と木曜日は基本的にグリーングランドという人工芝のある公共施設で練習しています。

刈谷JYの活動拠点である
『ホペイロエスタディオ』。外観は工場そのもの。

ー平日の練習は週2回ですか?

吉村 そうなんです。週末はほぼ公式戦か遠征をしていますが、平日はグラウンド確保の問題もあり、今のところは2回です。中学生年代は成長期でもあるので、あまりやりすぎるのも負荷がかかりすぎるのと、うちのチームには結構、愛知県の多方面から選手が集まってきていて、遠方から来る選手は特に体の成長と回復が追いつかないため、今の体制に落ち着きました。ただ、今年からは水曜日に中学2年生の希望者だけを集めてフィジカルトレーニングを始めました。というのも、刈谷JYで育った選手はこれまで高校生年代の指導者の方から「この選手はうまいけど…」って言われることが多かったんです。「うまいけど…戦えない」とか「うまいけど…守備が」と、技術は評価されながらも、ウィークポイントを指摘されることも多かった。そうした評価を「強くてうまい」とか「速くてうまい」とか「戦えるし、うまい」という評価に変えていくために、フィジカル的なトレーニングを増やそうと今年から中学2年生の希望者だけで行っています。1年生ではまだ体ができていないのと、愛知県では1年生と3年生はリーグ戦が入ってくるけど2年生の公式戦はないので、より負荷をかけてもいいだろう、という考えもあります。

ー先ほど、お話に出てきた『理想とするサッカー』とそれを実現するためのトレーニング方法をいくつか教えていただけますか。

吉村 クラブを立ち上げた時は、ボールを大事に、パスを繋ぐことばかりを意識していましたが、それだけではサッカーの面白さを表現できないと、自分たちがボールを持ちながらも常に点を取ることを意識した攻撃的なサッカーをスタイルにするようになりました。もちろん、試合の局面では蹴ってしまうこともあると思いますが、基本的にはボールを握って、パスを繋いで試合を進めたい。それもあって基本的にトレーニングはアジリティの部分を分けて考えずに、全て、ボールを使って行います。ロンド形式のパス回しはもちろん、ドリブルをしながら踏み込みを意識させるとか、後ろ向きのドリブルを増やして体をスムーズに操れるように持っていくとか。また、ここ1〜2年は、5:3をするにしても、守備が数的不利な状況でボールを動かすだけではなく、守備の強度をあげた中で何ができるか、という部分を強化するため、グリットを小さくして攻撃側に負荷をかけたり、選手が頭と体を使えば自然とやりあえる状況を作ってトレーニングをすることが増えました。その『やりあう』という部分でも『ホペイロエスタディオ』の環境は効果的だと思っています。今日の練習を見ていただいてもわかるように、キャッキャと楽しそうにボールを蹴っているように見えて、球際は強いし、狭い局面でバチバチとやりあえる。またネットに囲まれた環境だと、簡単にボールを蹴り出すことも出来ないので、自然とがギリギリまで考えて判断し、プレーすることも増えます。実際、『ホペイロエスタディオ』でボールを蹴っている時が、選手が一番うまくなる瞬間である気もします。

1学年は約40人という大所帯。
この日は高校に練習参加をしているメンバーを除く3年生がプレー。

ーそうして個人を育てることを『勝つこと』にはどうやって繋げようと考えていますか。

吉村 基本的に最初から『勝ち』を優先させようとすると、個やチームは育ちにくいですが、個が育ち、チームが育っていけば、時間はかかるかもしれませんが、最終的に勝ちはついてくると思うんです。もちろんかといって、長い目で見るばかりでもダメで、すぐに修正できるのなら修正すべきですが、そこだけに囚われるのもよくない。そこのバランスをとるのが僕たち指導者の役目なのかなと思っています。

ー指導や選手にかける言葉の部分で意識していることはありますか?

吉村 基本的に、中学生年代は、人間性の部分が磨かれさえすれば、あとは自分で勝手に吸収して、選手としても成長していけるはずですから。練習ひとつとっても、こちらが「やらせる」のではなく、選手が自然とやる気になる状況を作ることや声掛けは意識しています。それによって、選手の中からいろんな発想が出てきたら…それは僕ら指導者が口で言って求めるより、絶対的に面白いし、いいものであるはずなので。もちろん、選手が明らかに迷っている局面ではこちら側から何かを提供しますが、基本は選手たちが自分で考えてプレーできるようにもっていくのが一番なのかな、と思います。これは、僕が今年からこの3年生チームを見始めたばかりだから、というのもあります。実際、意図的に自分が練習メニューを作っても失敗に終わることが多く…(苦笑)。思っていたのと全然違う結果になることも、まだまだある。ただ、いいように考えれば、こちらが未熟な分、選手たちが自分たちで練習の狙いを考えたり、新しいプレーの発想につなげていることもあるので、僕も遠慮なく、どんどん発信していこうと思ってます。

この日は4:4+GKでミニゲームを実施。
狭いスペースながら強度は高く、激しい。

ー指導者になることは以前から目指していらっしゃったのでしょうか。

吉村 選手としてボールを蹴っている時は、なりたいと思ったことはありませんでした。それよりもむしろ、長くサッカー選手でいたかったことから卒業後は、柔道整復師の資格を取ろうと思っていたくらいです。それがあれば将来は接骨院を開業し、週末は趣味でサッカーができるな、と(笑)。選手時代はずっとケガがちでしたので、自分の体を知り、予防する方法を学んだり、処置ができるようになれば長く現役を続けられるだろう、とも思っていました。でも東海学園大でサッカーをしていた時に、刈谷JYでの指導と兼任で大学のコーチをしていた矢野や大学の監督に出会い、自分のサッカー感が大きく変わったというか。僕の未来図を聞いた大学の監督が「刈谷JYは、柔道整復師になりたいお前には理想的な環境だろう」とコーチの話を紹介してくれて、やっていくうちに指導の面白さにハマりました。でも結果的に卒業後には専門学校に通って柔道整復師の資格は取得しました。

ー具体的に、指導にどんな面白さを見出したのですか?

吉村 それこそ大学までの僕って、サッカーのことを『蹴って走るスポーツ』としか考えていなかったんです。だから、ハードワークすることばかり意識していた。でも、子供たちに教えることになって、伝え方や練習メニューを考えていくうちに、また、大学の監督や矢野の指導によってもサッカー感がどんどん磨かれたというか。そしたら、プレーするのも楽しくなってきて「走らなくてもいい状況はめちゃめちゃあるじゃん」とか「自分が頑張って動かなくても相手が動くように働きかけてそこを狙えば良いんだ」ってことが頭の中で整理されるようになり、それまで見えなかったことが見えるようになって、ますますサッカーが面白くなった。と言っても、その年代で開眼したところで遅いんですけどね(笑)。ただ、それを子供たちに伝えられたら、当然その子の未来は大きく変わるだろうな…って思うようになって、指導の面白さに惹かれていきました。とはいえ、指導者としてはまだまだ未熟なところも多いので、選手を通してもっと僕自身も学んでいかなければいけないと思っています。

ー最後に、吉村監督が注目されている指導者をご紹介いただけますか。

吉村 西宮サッカースクールジュニアユースの谷元希コーチを紹介します。西宮SSともいろんなフェスティバルでよくご一緒させていただいていますし、毎年、うちが主催する夏のフェスティバルにも参加していただいています。それがなくても毎年1〜2回は必ず対戦している間柄で、今年の春休みも試合をさせていただいたばかりです。試合ではいつもたくさんの刺激をいただいているので、練習もきっと面白いはず。僕も谷さんのインタビュー記事を楽しみにしています。

<PROFILE>
吉村大輝(よしむら・だいき)
1988年生まれ、愛知県出身。
東海学園大学在学中から刈谷JYでコーチのアルバイトをするようになり、サッカーの奥深さに開眼。卒業後は本格的にコーチ業を始める。昨年までは中学1年生と、中学3年生のBチームの監督を務めていたが、今年からU-15監督に就任した。選手としては中学時代のGKに始まり、高校からはフィールドプレーヤーとして攻撃から守備まで全てのポジションを経験。その中で培ったサッカー感も指導者として役立っている。

text by Misa Takamura

中澤聡太×MF家長昭博(川崎フロンターレ)<後編>