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Vol.49 僕が叫んだ、言葉の真意。

  • 2022.04.05

    Vol.49 僕が叫んだ、言葉の真意。

発源力

©GAMBA OSAKA

J1リーグ第4節のアビスパ福岡戦を終えたあと、僕はスタンドのファン・サポーターの皆さんに挨拶を済ませてスタジアムをあとにする際、自分の思いを言葉で伝えました。
「ありがとう!次は勝つから!」
スタジアムに試合を観戦に来てくれたことのある人ならわかると思いますが、僕はいつも試合後、できるだけスタンドに近いところを回ってサポーターの皆さんに挨拶をします。試合結果に関係なく、その時間を利用して、応援してもらった感謝の気持ちを伝えることと、逆に皆さんの顔をできるだけ近くで見て思いを感じ取りたいからです。ただそうしているとどうしても、みんなのグループから離されてしまい…福岡戦後も、みんながロッカールームに引き上げるタイミングで僕は半周くらい遅れて、ホームゴール裏を一人で通過していました。

その時、僕は皆さんから、これまでとは少し違う、特別な思いを受け取った気がしました。
正直、福岡戦は内容的にもいいとは言えない試合だったし、何より今シーズン、ホームで一度も勝てていない状況に、僕たち選手はもちろんのこと、サポーターの皆さんも悔しさを募らせていたと思います。もしかしたら「コロナ禍でなければブーイングをしたかったけど、今は声を出せないから拍手をした」という方もいらっしゃったかもしれません。それでも…言葉にするならば「俺らはまだまだ信じているぞ」と言われた気がしたというか。この試合後の拍手には、苦しい時を一緒に我慢して、悔しさを一緒に受け止めて、一緒に乗り越えてくれようとしている思いを受け取りました。
そのことに対して素直に感謝の気持ちを伝えたいと思って「ありがとう」と叫んだのですが、実はそのあとに続いた「次は勝つから」は、自然に口をついて出た言葉でした。もちろん、その『次』がルヴァンカップの鹿島アントラーズ戦で、簡単な相手じゃないことは理解していましたが、皆さんの思いを受け取って次こそ勝ちたい、勝たなければいけないという思いが、あの言葉になったんだと思います。
だからこそ、その鹿島戦で1-4と大敗してしまったことには大きな責任を感じていました。セットプレーでの3失点を含めた4失点は、守備を預かる一人として不甲斐ないし、自分への憤りも覚えました。試合後、サポーターの皆さんの前を通過した際「昌子、次は勝つって言ったやん!」って声も聞こえましたが、当然だと思います。ガンバのエンブレムを背負う選手として、一人の男として、口に出したことを守れなかった格好悪さ、力のなさは自分でも痛いほど感じています。もちろんサッカーは個人種目ではないからこそ、僕一人でどうこうできるとは思っていませんが、試合後は「あれだけ大口を叩いておきながら勝てないのかよ、情けないな」って言葉を何度も自分に向けました。
それでも、僕はこの発源力を含めて、今後も自分に正直に発信を続けたいと思っています。この世界、すべてが『有言実行』になるほど甘い世界ではないことはわかっています。これまでのキャリアで散々『言葉』が持つ重みも理解してきました。ですが、たとえそれが有言不実行に終わっても、気持ちを伝えることはお互いを理解する上で大事なことだし、口にすることで生まれる責任、プレッシャーが自分を育ててくれることも必ずあると思っています。
これは皆さんに向けて、だけではなくピッチの上でも同じです。
特にサッカーはメンタルスポーツです。技術、戦術、そこに伴う個々の判断も当然不可欠ですが、負けている時ほど『メンタル』がモノを言います。
実際、開幕からここ数試合の僕らは特にその部分に苦しめられていました。カタさん(片野坂知宏監督)のもと新しいサッカーに取り組む中で、それをやりたい、やろうという思いと、それがミスや失点に繋がる怖さと戦っていたというか。ここ最近は、練習では後ろからしっかりボールを繋いで全員が躍動した思い切りのいいサッカーができているのに、試合ではできないという状況が続いていました。勝てていない状況に気持ちを支配され、失点をした途端にプレーが消極的になる、ボールを受けるのを怖がる、結果、出しどころがなくなってロングボールを放り込むサッカーに終始する、といった展開が多かったのも、負けたくない、失いたくないという思考が招いた結果だったと思います。もちろん、戦術、狙いとして「ロングボールを活用する」ことはありますが、それが『攻め』ではなく『逃げ』の選択であるうちは結果は出ません。ピッチ上に、それを選択する選手が一人でもいたら『連動』の仕方は大きく変わり、それがチームとしての戦い方のズレ、連携の欠如にも繋がっていってしまいます。
それを1つ乗り越えたのが、直近の名古屋グランパス戦だった気がします。
少なからず、この試合は、全員が『攻め』のプレーを選択していました。いや…厳密には立ち上がりは『勝てていない流れ』もあり、まだ怖がってプレーしていたのも正直なところです。序盤、最初のゴールキックの際、GKの純くん(一森)がボールを蹴ろうとした瞬間、僕と弦太(三浦)以外の全員が、ボールを受けようとせずに、前を向いて走り出していたのもその証拠です。そして、立ち上がりすぐの時間帯ながら、僕が「それじゃあ、何も変わらんやん!つなごうや!」とキレて声を張り上げていたのもその理由からでした(笑)。今のチームの流れを食い止めるためにも、相手に自分たちのやろうとしていることがバレてもいいから、練習でやっていることを、自信を持ってピッチで発揮しようと伝えたかったからです。そのくらい、練習では手応えを感じられることが多かったのもありました。

そして、そんな風にみんなが、公式戦というプレッシャーがかかる中でも思い切った選択をし、メンタルをポジティブに保つことができれば、やはり結果はついてくるということも確信しました。もっとも、細かい部分での課題はまだまだあります。1つ勝てたからすぐに好転していくほど簡単ではないし、大事なのは『継続』だとも思います。それでも勝つことで得られた自信は…言うなれば自分たちのサッカーに対する『成功体験』は、今後、チームにとって大きな力になっていくと確信しています。
最後に、今シーズン、ホームでの初勝利、やっぱり最高でした!『次』の約束が『次の次』になってしまったけど、ガンバクラップでみなさんと喜べて嬉しかったです。ちなみに結果的にパト(パトリック)のゴールになった僕の幻のゴールについては、シュートブロックにきた相手DFを冷静に見極めて、浮かさないように、アウトサイドでゴール右下を狙ったシュートでしたが、イメージ通りでした。それもあって、パトに当たったのも見えていながら一応喜びましたが…結果、パトのゴールになりました。しかも後で映像を見返したら、パトがスタンドに向かってめちゃ喜んでいて…せめて僕のところにきて喜んで欲しかったな(笑)。

  • 昌子 源Gen Shoji
  • Gen Shoji

    1992年12月11日生まれ。
    兵庫県出身。
    11年に米子北高校から鹿島アントラーズに加入。14年には自身初のJ1リーグフル出場を実現するなど主軸選手に成長を遂げ、16年のJ1リーグや天皇杯優勝、18年のAFCチャンピオンズリーグ制覇などに貢献した。
    18年12月に完全移籍が発表されたトゥールーズFCでもすぐさまレギュラーに定着したが、2シーズン目はケガに苦しみ、長きにわたり戦線離脱。その状況を踏まえてJリーグへの復帰を決断し、20年2月にガンバ大阪への完全移籍が発表された。
    日本代表にも14年に初選出。18年のワールドカップ・ロシア大会でもレギュラーとして活躍した。

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