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Vol.19 悩んだ末の決断を、2021年の力に。

  • 2021.01.05

    Vol.19 悩んだ末の決断を、2021年の力に。

発源力

©GAMBA OSAKA

あけましておめでとうございます。本年もガンバ大阪、そして昌子源をよろしくお願いいたします。

2021年は、天皇杯決勝で幕を開けました。プロサッカー選手の誰しもが『タイトル』の懸かった戦いを経験できるわけではなく、ましてや元日にたくさんの人に応援してもらって試合を戦える選手はごく限られています。残念ながら『タイトル』を手にすることはできませんでしたが、クラブ、チームにとって、また個々の選手にとってもあの舞台を戦えたことは間違いなく財産になるはずです。新型コロナウイルスの影響もあって難しいシーズンになった2020年の締めくくりに、たくさんの人に支えてもらい、応援してもらってあの舞台を戦えたことに感謝すると同時に、改めて抱いた『タイトル』への欲、『あと一歩』の大きさを忘れずに新シーズンに向かいたいと思っています。

実は、僕自身はその瞬間を病院のベッドの上で迎えました。リーグ戦が終わって右足首のオペに踏み切っていたからです。今シーズンは正直、復帰してからもずっと痛みが消えず、終盤戦は特に、痛み止めを打って戦う試合が続いていました。それをしてもなお、思うようなパフォーマンスをできた試合は1試合もなかったというのが正直なところで、自分自身もそのことを歯がゆく、悔しく感じていました。
そうした状況を踏まえて、また何よりリーグ戦で2位を確定し、来年のAFCチャンピオンズリーグ(ACL)への出場権を獲得できたことで手術に踏み切りました。もっとも、最初に書いたように『タイトル』の懸かった戦いを経験することで得られる力は必ずあるからこそ、最後まで仲間と一緒に天皇杯を戦い切りたいという思いもあり、すごく悩んだのも事実です。プロサッカー選手として、応援してくれる人の想いには常々ピッチで応えたいと考えてきたからこそ、申し訳ないという気持ちもありました。ただ、そうした僕自身の考えも伝えた上で、最終的にはツネさん(宮本恒靖監督)に「最後まで天皇杯にいて欲しいという思いもあるけど、来年のことを考えると少しでも早くオペに踏み切った方がいいんじゃないか」と背中を押してもらいました。

リーグ戦が終わってから天皇杯決勝までは約2週間という時間があり、オペをしてリハビリに取り組むことを考えればこの2週間はとても大きな時間になります。実際、リーグ戦直後に手術に踏み切ったことで、現時点ですでにリハビリは中期の段階に入っています。もちろん、リハビリ過程で何が起きるかわからないし、始動日にどういう状態になっているのかは読めないところもありますが、約2週間分早めに踏み切った意味はきっとあるはずです。だからこそ、今はとにかく、この決断をよりプラスの方向に向かわせられるように、また2021年こそしっかりとガンバの力になれるように、全力でリハビリに向き合おうと思っています。

思えば、昨年はプロ10年目の節目の年でしたが、過去のシーズンにはないくらい、苦しいシーズンになりました。フランスでの時間を考えれば、ピッチに戻れたのは進歩だと捉えるべきかもしれませんが、先ほども言ったように自分が理想とするパフォーマンスを示せた試合は1つもありませんでした。シーズンが終わった時には、いつも僕を全力で支え、応援してくれている妻から何気なく言われたこともすごく印象に残っています。
「これまで見てきたシーズンで一番、『ラスボス』感がなかったよ。源ちゃんが相手の選手に抜かれている姿なんて一度も見たことなかったのになぁ…。あんな姿は見たくなかったな」
妻はサッカーには全く詳しくないので、パッと見の素直な感想だと思います。さすがに「抜かれたことが一度もない」は贔屓目すぎると思いますが (笑)、いずれにせよ、昨年はそんな風に印象づけられるような空気をピッチで漂わせていなかったということだと受け止めていますし、一番近くで僕を見てきた妻だからこそ言えた言葉だとも思います。
その言葉をしっかりと受け止め、妻や息子、家族のために、そして応援してくれるたくさんの人のために、今年は今一度、僕らしい空気をピッチで示せるシーズンにしたいと思っています。言うまでもなく、その先にはガンバのタイトル、勝利をしっかりと描いて、です。2021年も一緒に戦ってください。そしていいシーズンにしましょう!

  • 昌子 源Gen Shoji
  • Gen Shoji

    1992年12月11日生まれ。
    兵庫県出身。
    11年に米子北高校から鹿島アントラーズに加入。14年には自身初のJ1リーグフル出場を実現するなど主軸選手に成長を遂げ、16年のJ1リーグや天皇杯優勝、18年のAFCチャンピオンズリーグ制覇などに貢献した。
    18年12月にトゥールーズFCに完全移籍。すぐさまレギュラーに定着するも2シーズン目はケガに苦しみ長期の戦線離脱に。その状況を踏まえてJリーグへの復帰を決断し、20年から3シーズンはガンバ大阪で、23年は鹿島アントラーズでプレー。24年はFC町田ゼルビアに完全移籍となった。
    14年に日本代表に初選出。2018FIFAワールドカップ ロシア出場。

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