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Vol.47 早稲田大学ア式蹴球部 監督/外池大亮

  • 2022.08.17

    Vol.47 早稲田大学ア式蹴球部 監督/外池大亮

指導者リレーコラム

早稲田大学ア式蹴球部監督に就任して5年目を迎える外池大亮さん。現役時代は湘南ベルマーレや横浜F・マリノスでプレーした。現役引退後はアマチュアとして選手生活を続けながら広告代理店の電通やスカパーといった一般企業に就職するなど、サッカー業界以外の経験も多く持つ。大学サッカー界から選手が社会に出るために大事にしている考えや、自身の将来、大学サッカー界全体を見て感じる変化や課題を語った。

―ラファーガフットボールクラブ代表の小松原学さんよりご紹介いただきました。ご関係を教えてください。

外池 湘南ベルマーレ時代、一緒にプレーしていました。彼もいろんな育成年代の指導に関わっているみたいなので、たまに相談を受けます。人とのつながりから接点が生まれて連絡をくれて、早稲田に行きたい子がいるんですけど、みたいな。早稲田は入学あっての入部なので、いくら競技歴が高くても学力がないとね、だとか。サッカーだけじゃなくて早稲田に対する意志みたいなものがないとダメなんだよって話はします。他の大学とは違うんですね~と言われます。

―ア式蹴球部はサッカー以外の面でも貪欲に成長する姿勢を求める印象が強いです。

外池 ただ「サッカーでプロを目指す」だけでいろんな文化に触れないと、選手としても人間としても成長しないと思う。上を目指すだけだと深さや厚みが出ない。そういう意味で早稲田大学はサッカー以外の面をすごく大事にする。一つの文化、伝統を継承している部分はあるので、監督として守っていきたいと考えています。

―監督に就任して5年目。積み上げとしてはどんなことを感じていますか。

外池 毎年4年生を中心に運営責任を担ってやっていく。人が変わるので、毎年カラーが生まれます。大学サッカーにみんなが入って来て、まず存在意義を理解していくことを大切にしています。「なぜ早稲田なのか」、「なぜア式蹴球部なのか」。そういったことから掘り下げていく。そこに伝統と歴史、一つの責任が生まれます。ただそれだけだとこれからの社会やプロの世界で生き抜けないので、自分らしいアイデアも落としていく。それを「主体性」という言葉で共有していますが、そこに向かう意味では、積み上げ続けられているとは思います。もちろん大会の成績もありますが、そのこと自体はやってることは継続だなと。ア式蹴球部は今98年目なので、積み上がるごとにどこかに向かっている、近づいていることにもなっていると思います。ただ目の前のことを頑張るのではなく、社会や時代の中での適応力、もう一つ具体的に、といったことを追求することも大事だと感じています。

―社会への適応力というお話ですが、外池さんご自身もサラリーマンを経験しています。サッカーを取り巻く業界で働いたことによって生きていることはどんなことでしょう。

外池 まず一つはポジショニングが大きいと思っています。逆に言うとそういう人が少ない。サッカーだけで生き続けている指導者の方が多いので、そういう意味では自分のキャリアや歩みはまだまだ少ないと感じます。そのこと自体に非常に意味を感じている。一つの役割、問題提起、何かを取り組むにあたって、常に問題意識を持つためにも、みんなが同じ方向を向いている時に、違う視点で考え、違うポジションを取ることは業界においても大事。自浄作用みたいなものを生み出していると思います。活性もつくれるだろうし、個人としては生きがい、一つの戦略にもつながってくると思いながらやっています。

―外側からサッカー界を見ていた時と、実際に指導者になってみてのギャップはありますか。

外池 ギャップというか、自分がJリーガーだった頃と、さらに10年前の自分が大学サッカーをやっていた頃と時代は変わりました。僕の頃は理不尽に耐え抜いた先に社会で活躍する力になると、これをやり続ければ生き残れると言われていたので。何をやらされていても、すごい正当化されてる感じがめちゃくちゃあったんですけど、今はまったくそうではない。自分もそこに適応していくことが大事ですし、常に学ぶ意識や変化する意識は持たないといけない。特にコロナ禍になって見通しが立たない中でも何かを生み出すこと。与えられた環境ではなく、どうやって自分が環境の担い手になっていくか。5年前にスタートした頃はそういうことが違和感に捉えられていたけど、今はそうでないといけない環境になってきた。自分が思い描いたほうに向かってはきているものの、ただこうなった以上はもう一つ先に、もう一つ踏み込まないといけない状況に立っていると感じます。

―担い手になるという意味では、主体性を持って選手たちが発信することも多いですよね。

外池 サッカー選手とはいえ、「人間としての価値」を認めてもらわないと生きていけない。社会で認められない限り、サッカーの価値は生み出せない。コロナ禍になってより明確になったと思います。どう社会に貢献していくか、サッカーを展開していくかという意味では、元々あった大学サッカーの良さがもう一度浮上してきたというか。社会で生きていくにはサッカーだけではダメだよね、ということが見直されてきていることは事実。ただそれがなんとなくの人間性、社会性といった抽象的なものではなく、もう一つ踏み込んで具体的にどうやって価値をつくるか、環境に適応していくかを行動として出さないと実感はない。大学生は自分で情報を扱って、情報を出すことができる。そこは僕もメディアや代理店にいた経験があるので、モチベーションを高めたり、応援される空気をつくることは意識しています。選手やスタッフだけでなく、みんなでやることが大事。常に「インプットとアウトプットの循環」を回すことが重要だし、だからこそ質やクオリティにはこだわらないといけない。言葉一つ、写真一枚とっても。そこまでしっかりやっていこうという空気は少しずつ出ています。もちろん、まだまだやれることはあります。今ザスパクサツ群馬にGK山田晃士っていうOBがいますけど、彼は天皇杯でのまだ1試合しか出てないけど「魂の鼓舞」と言われるベンチアウトメンバーへの声掛けによって、あれだけ注目度が上がっている。もちろん試合に出て活躍するということに向かっていますが、応援されること、応援すること、そして恩回しといった、大学生の時からやってましたけど、ああいう自分にしかできないことに拘り、プロという舞台でやり続ける力、そこで評価を得ることはすごい。彼のような生き様は社会との一つの接点になるし、これからのスポーツの価値や可能性の指標になると感じています。既存のものに乗っかるだけでなく、常に新しいものを探すことが大学生にとって重要。そのチャレンジを僕は後押ししていきたいです。

―就職活動にも力を入れることは社会を知ることにつながる。

外池 就活はどんどんやろうと話しています。今の子たちは小さい頃からサッカーをやっていて、サッカー村でのサッカーの価値はわかっている。けれども社会の中でいろんな業界のいろんな企業がどんな価値を持っていて、そこに加入すること、選ばれるために何が必要か考えることも、社会から求められる一つの姿だと思います。サッカーを社会に転換できないと、サッカー自体の価値が下がってしまうので。大学まできて、早稲田まできてサッカーをしているのなら、そこは常に両方をうまく使いこなせるような姿勢でいようと。だからこそ「日本をリードする存在になる」というビジョンを掲げている。大学サッカーでの一つの取り組みが、後々日本をリードする上で必要になります。トライ&エラーの場であるというビジョンなので、そこの実像をうまくつくっていきたいです。

―社会人リーグに参戦することもそうした目的が大きいのですね。

外池 対戦相手にOBがいることも多いです。大学時代はレギュラーとしてやっていた選手が社会人になって社会人リーグでサッカーやっていることも。一つのキャリア形成を肌で感じる意味で、社会人リーグへの参戦は僕も思い入れを持って取り組んできたし、卒業生にとっても刺激ややりがいを感じられるみたいです。東伏見に戻ってきて現役時代のことを思いながら現役の選手たちと対峙できる。いい環境だと思います。

―今シーズン、前期のリーグ戦は結果だけを見ると苦しんでいるように思います。チームに要求したいことはどんなことでしょう。

外池 大学サッカーは本当に4年生が中心に作り上げるチーム。シンプルに4年生のぶつかり合い、せめぎ合いは求めたいです。どういうチームにしていこうとか、個人でどういう4年生でないといけないとか、責任を担った中で自分を存在させていくか、もっともっとぶつかってほしいとは思っています。今の4年生はサッカー色が強い学年なので、そこだけにとどまってしまっていて、もっともっと広いパワー、深いパワーをみんな持っているけど、なかなか出し切れていなかった。前期が終わってそこに対して向き合ったことによって、ポジティブな空気、腹が括れた空気が出てきたので、現実として厳しい状況にあることこそが一つのいい環境とも思っています。ここをどう突き抜けていくか、打開していくかでより成長できる舞台になってくると感じます。

―4年生の這い上がりに期待という後期リーグですね。

外池 そうですね。そこにまた3年生以下が便乗してくる、名乗りを上げてくる感じになればいいと思います。Jリーグの内定者も3年生には出てきていますし、就活やJリーグの内定が決まることも一つのきっかけになると思うので、社会との接続の中でどう今を作れるかは、僕自身もすごく楽しみにしています。

―元日には国立競技場での全国大学サッカー選手権決勝が行われ、9月には伝統の早慶戦(9/10-土-18:00、味の素フィールド西が丘)が控えます。そこに向けても士気が高まっているのではないでしょうか。

外池 正直今年の4年生は僕が5年間監督をしてきた中で、一番難しい4年生だと思っています。彼らとともに、どう自分を変化成長させていけるかというところにしのぎを削っていきたい。僕も5年目を迎えて、指導者という意識はあまりないですけど、どういう自分でありたいか考える時間にもなっている。試合、トレーニング一つ一つの場面において強くこだわって、僕もしっかり発信できるようにやっていきたい。早慶戦は運営面もしっかりリードをしながら、今年は勝ちます。

―大学サッカー界の課題をどのように感じ、その中で外池さんご自身がどうありたいとお考えですか。

外池 僕はまだサラリーマンとしての立場もあるので、5年前に監督になった時もその意義みたいなものを出そうとしてきました。そこに対しても、もう一度問題意識を持って次のステージに向かわないといけない覚悟も感じていますし、それが自分の生きがいにもなる。とは言え大学サッカーでいうと、僕が来た当初は大学サッカーが日本サッカー界の中のピラミッドにはまりすぎていて、大学サッカー固有の魅力がなかった。最近は選手がJリーグや日本代表で活躍してくれている中で、もう一つ大学サッカーとしてステージを上げないといけないという意欲が出てきています。今は関東のいろんな地域で試合をしていますが、おそらく来年以降はホーム&アウェーの試合になってくる。改めてスポーツがもたらせる豊かさみたいなものを出したい。早稲田だったら東伏見で試合をして、1000、2000人と集まって試合ができて。ただそれがサッカーの試合であるだけでなく、早稲田のスポーツとして、早稲田大学を感じられる一つの場面設定として、そういう環境としての役割を担うことができたらいいですよね。もっと大学自体の価値も上がるだろうし、日本の社会にある閉塞感やコロナ禍によって生まれた難しさを打開していくパワーはこの世代にはある。日本を一番元気にする世代が大学生のくくりでもあると思っているので。そこにもう一歩踏み込んでいけるよう、競技力だけではなく運営力、企画力ももっともっと大学固有の一つのチャレンジとして取り組んでいきたいです。リーグも来年は3部制になりますけど、スポーツを魅せることを基準にもっと落とし込めれば文化になっていくと思う。特に早稲田は常に社会で“ばんから”と呼ばれていたように、何か抗っていきたいです。早稲田としても自分たちが良ければいいのではなく、全体をリードしていけるように。大学生が日本を変えていくくらいのエネルギーが結びついていければいいと考えています。その環境づくりには貢献したい。僕はもう47歳ですけど、子どもも同じ世代なんですよ。20歳、18歳16歳と3人。そろそろ子育ては卒業って感じなので、自分も次のステージにチャレンジしていくくらい覚悟を持って向かっていきたいです。

―ご自身の将来としては、先を見すぎず今に全力で向かっていくということですね。

外池 プロサッカー選手を引退した時は33歳だったのですが、その時は将来Jリーグのチェアマンになりたいと想ったんです。電通やスカパーに入って、選手経験だけでなくていろんな視野を持って生きていくことを軸に選んできた。野々村さんは「Jリーグラボ」というスカパーでやっていた番組で一緒に仕事させてもらっていた同志(番組MCとプロデューサー)みたいな存在でもあるので、野々村さんが今チェアマンをやっているのは感慨深い。自分が目指すところもアップデートする段階にあるのかなと感じていて、自分がどうありたいか考えることを楽しみにしていきたい。引退した時も、この後どう生きていくのか頭真っ白な中でいろんなことを描いていました。先の自分の生き様、目指すべきものに対して楽しみを見いだせるように、今いる場所でしっかりと土壌をつくっていきたいと思います。

―貴重なお話をありがとうございました。最後に、次のご紹介者をお願い致します。

外池 地元の横浜にある大豆戸FCの末本亮太さんです。ジュニアユースまである街クラブですが、Jリーガーも何人か出ていて。末本さんは育成に対して幅広く考えて取り組んでいますし、日本全体の中でクラブの立ち位置をつくろうとしているので、非常に面白いと思います。クラブの立ちあげに僕も少し関わらせていただいて、彼がクラブを大きくしていった。僕の地元をすごく盛り上げてくれている方です。

<プロフィール>
外池大亮(とのいけ・だいすけ)

1975年1月29日生まれ。神奈川・横浜市出身。早稲田実業高校、早稲田大学を経て湘南ベルマーレに入団。横浜F・マリノスやヴァンフォーレ甲府などを渡って07年に湘南ベルマーレで現役を引退。広告代理店の電通やスカパーに勤め、サッカー事業に関わりながらアマチュア選手としてもプレーした。18年に早稲田大学ア式蹴球部監督に就任。

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