2016年よりガンバ大阪のホームスタジアムとして本格的に稼働したパナソニックスタジアム吹田。同スタジアムや練習場の芝管理を担当する濱田真也さんに、芝を健全に生育させるにあたっての苦労や難しさなどをお伺いしました。
ーお仕事内容を教えてください。
濱田 弊社はスポーツフィールドや学校、公園などの『芝生地』の造成や管理などを主な業務としていて、サッカー絡みの事業としては、ガンバ大阪さんのホームスタジアムであるパナソニックスタジアム吹田(以下、パナスタ)を始め、Jリーグで使用している各スタジアムや練習場の芝を管理しています。
ー濱田さんのご担当は?
濱田 今はガンバさんの担当なので、パナスタや練習場の芝管理を行っています。僕を含めたスタッフ7名で常時、3面の芝の状態を共有しながら、選手の皆さんに1年間を通してより良いコンディションでプレーしていただけるように、可能な限りの手を尽くしています。おかげで毎日…どころかこのスタジアムにいる時間は20回くらい、天気予報をチェックしています(笑)。
ー天気次第で日々のお仕事の中身も変わる、と。
濱田 そうです。日々の手入れでは雨だとできない作業もあるので、小まめに雨雲の動きなどを確認しながら、天気に合わせて臨機応変に作業を変えています。
ー今のように猛暑が続く時期は体力の消耗も激しそうですね。
濱田 夏場は特に過酷です。8時から17時くらいまで、休憩時間を除いてほぼ外で仕事をしていますからね。芝生の上は照り返しも強いし、水分補給などに気をつけていても、数年に一度の頻度でスタッフの誰かが熱中症で倒れています(苦笑)。
ーパナスタの芝を管理する上で、気を配っていることを教えてください。
濱田 まず、芝生の生育には大きく分けて太陽と風、水の3つが必要です。そのうち後者2つについては…パナスタの場合、風通しが考慮された設計になっていますし、水も…ピッチの上は屋根がないので雨も受けられますし、足りなければ水を撒けばいいので問題ない、と。逆に大雨になったとしても、水はけもいいので、よほどの豪雨でない限りはそこまで心配する必要はありません。となればあとは太陽、ということになりますが、パナスタは観客席が全面、屋根で覆われている構造上、ピッチに届く太陽光が一番多いところでも50%しかないんです。スタジアムの屋根の一部をガラスにするなど、少しでも太陽光を取り込めるように工夫はされていますが、たとえ透明のガラスでも、そこを通しただけで芝生に100%の光が届くことはありません。ですが、芝というのは太陽光が70%を下回ると、芝生が枯れる、とか、根づきが悪くなるというように何かしらの弊害が出て、芝生が健全に生育しません。となると、ピッチコンディションがどんどん悪くなってしまう。もちろん、我々もプロとして、そういった事象をできるだけ最小限にとどめるために、日々、手を尽くしていますが、太陽や天候といった自然が大きく影響する仕事のため、人間の手ではどうにもならないこともあり…そこは一番気を遣うし、苦労するところです。
ー日本の気候を踏まえて、1年の中で最も気を遣う時期はいつですか?
濱田 基本的には毎日、芝の心配ばかりしています(笑)。試合の日も、単にピッチの状態だけではなく、例えば試合で選手の誰かがケガをしてしまったら、それがどんな理由で起きたのか…例えば芝に引っ掛かったからではないのか、などと気が気でない。実際、試合後にケガをしたときの状況を強化部の方にお尋ねすることもありますしね。また、それ以外でも以前、芝が根づいていない時期の試合中に相手の選手がスライディングをした瞬間、結構な範囲で芝がごっそりとめくれ上がって飛んでしまったことがあり…あの時は本当に冷や汗をかきました。ハーフタイムに芝の補修に入った際には、めくれ上がった芝を必死になって埋めたのを覚えています。
ーいつもハーフタイムに補修されているときは、どんな作業をされているのですか。
濱田 基本的にはめくれた芝を埋め直したり、穴があいてしまった箇所に砂を入れ込んで応急処置を行ったりしています。穴が空いていると、イレギュラーなボールの跳ね方をしてしまうこともありますし、選手の皆さんが足を取られてケガにつながることもあるので。…と、話が脱線してしまいましたが、1年で最も気を遣う時期を強いて挙げるなら、パナスタのピッチは夏芝と冬芝をオーバーシードすることで、年中、常緑を保っていますが、その冬芝が芽吹きだしたタイミングですね。当然ながら、その時期も試合は行われていて、芝にしてみれば、ようやく種から芽を出したばかりのところをスパイクでザクザクと踏み潰されてしまうことになる。その時期はいつも以上にケアに気を遣います。そもそもガンバさんの場合、トップチームとU-23チームの2チームが使用するため、単純にスタジアムや練習場の芝が受けるダメージも倍だと考えても、補修は大変です。
ーオーバーシードについて、簡単に教えていただけますか。
濱田 まず、夏芝は栄養繁殖させているため、何もないところに全面の1割くらいの芝生の苗を持ってきてほぐしてばら撒くと、暖くなるにつれて太陽の恵みで自然と栄養繁殖するんです。専門用語でいうとランナーと言って、地上と平行に横に、横にと絡まって伸びていって、あっという間にピッチ全体を覆ってくれる。ただ、夏芝は寒さには弱いので、寒くなるにつれて枯れてしまうため、寒くなる直前の9月頃に、上から冬芝の種を蒔く、と。そうすると1か月くらいで冬芝が育ちきるので、夏芝が枯れて休眠期間に入っても年中、常緑が保たれます。で、その冬芝はだいたい翌年の6月くらいまで持ち堪えるのですが、その頃には暖かくなってくるので今度は土の中で眠っていた夏芝が顔を出す、と。一昨年、もともと人工芝だったガンバの練習場を芝生のグラウンドに作り直した時も、この方法で芝を植えました。
ー先ほどの太陽のお話に照らし合わせると、練習場の芝の方が育ちはいい、と。
濱田 間違いないです。練習場は100%、太陽の恵みを受けられるので、夏芝の苗をばら撒いたときも、あっという間に生えてきました。あとは、そうやって生えてきた芝を芝刈り機で刈り揃えます。基本的に芝の長さは全国、どのスタジアムも大差はなく、パナスタの芝の長さも平均値ですが、たまに監督の要望やサッカースタイルを踏まえて極端に短くしているスタジアムもあります。
ー濱田さんはどんな経緯でこのお仕事に就かれたのですか?
濱田 正直にお話しすると、僕の場合はたまたま就職先に選んだ会社がサッカーのスタジアムの芝生を管理していて、今の現場に配属されたので、例えば、サッカーにすごく思い入れがあって今の仕事を選んだわけではないんです。パナスタを担当する前はゴルフ場のキーパーをしていた時期もありましたしね。ただ、弊社には元Jリーガーが3名いますし、サッカー好きもすごくたくさんいますよ。中には、サッカーに関わる仕事に就きたいと思って入社してきた社員もいます。
ー仕事のやりがいはどんなところに感じていますか?
濱田 普段、僕らが実際にプレーされる選手の皆さんやスタッフの方と直接話をする機会って滅多にないですからね。パナスタのピッチコンディションにどんなことを感じられているのかをあまり聞いたことはないのですが、3年前にパナスタでFIFAクラブワールドカップが開催された時に、FIFAの方にピッチコンディションを高く評価していただいた時は、すごく嬉しかったし励みになりました。あとは純粋にガンバさんが勝利した時ですね。さっきもお話しした通り、負けたときやケガ人が出たときは、どこか気持ちがザワザワしますが、逆に勝ったときは、わずかながらお力添えができた気がして素直に嬉しい。ただ『勝利』をやりがいの1つだと考えるなら、今の時点では本当のやりがいは感じられていないのかもしれません。というのも、僕は仕事で関わらせていただいたスタジアムで未だに一度も優勝の瞬間に立ち会えたことがないから。なので早くそれをパナスタで味わって『本当のやりがい』を確かめてみたいです(笑)。
ー今のお話からすると、パナスタをホームスタジアムとして使用するようになった16年は、ガンバがなかなか勝てず…心中穏やかではなかったのではないですか?
濱田 毎日、胃が痛くなっていました(笑)。パナスタの喫煙所ではよく、当時の監督だった長谷川健太さん(現FC東京監督)と顔をあわせましたが、その度に芝生のコンディションについて怒られて…(苦笑)。長谷川さんは、Jリーグベストピッチ賞(編集部注:同賞は16年で廃止)を何度も受賞されていた清水エスパルスのホーム『IAIスタジアム日本平』をよく使用されていたからかもしれませんが、タバコを吸いながらよく言い合いをしました(笑)。ただ、話を重ねていくうちに、最初にお話ししたような太陽光の話も含めて、このスタジアムで芝のコンディションを維持する難しさなどを理解していただけるようになり、怒られることはなくなりました。
ーパナスタに限らず、屋根つきのスタジアムはどこも芝管理に苦労されているんでしょうね。
濱田 日本のスタジアムは特にそうだと思います。海外ならスタジアムを作る際に、芝管理の業者が一番の発言権を持っている国もあって、最初から芝の生育に必要な太陽光や風を考慮してスタジアムが建設されることもありますが、日本はもともとスタジアムに『芝生』の文化がなかった国ですからね。芝管理の業者の立場はまだまだ弱いのが現状です。現実問題、屋根がないと集客にも影響が出てくるので、そこを一番に考えれば屋根はあった方がいいわけで…。ただ日本のスタジアムも、少しずつ過去の経験が生かされていろんな部分が改善されつつありますから。パナスタの風通しがいいのも、それ以前に建てられたスタジアムの反省が生かされているからだと思いますしね。なので、こうやって少しずつ歴史を積み重ねていくことで変わっていくこともあるのかもしれません。
ー今後、お仕事をされていく上で目指すところは?
濱田 我々もプロとして、パナスタと練習場の芝を常にベストな状態に近づけられるよう、努力を続けたいと思います。その上で、近い将来、パナスタのピッチでガンバの優勝を見れれば最高です!
text by Misa Takamura