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Vol.9 センターバックとは?①

  • 2020.08.04

    Vol.9 センターバックとは?①

発源力

8月1日の川崎フロンターレ戦でガンバに移籍して初めて、メンバー入りをしました。個人的には約11ヶ月ぶりの公式戦で、出場こそなかったものの練習や練習試合とは違う雰囲気を感じられたことは、大きな一歩になりました。特に今はメンバー外になった選手が試合前にロッカーまでいけないことになっているため、試合に向かうピリっとした緊張感を感じられたのも良かったです。加入してから「ほんまに昌子はガンバにいるんか?」的な状況が続いていましたが(笑)、試合前のアップではようやくガンバのユニフォームを着てピッチに立つことができ、引き上げる時にスタンドから拍手をもらえたのも嬉しかった。スタジアムで観戦された約5000人の方だけではなく、DAZNで観戦してくださったガンバファンの皆さんを代表して拍手をもらったと受け止め、僕も拍手で返しました。その思いが届いていたら嬉しいですし、僕もまた皆さんの思いを力にして試合に出場できるように努力を続けていきます!
戦列復帰にあたり、今回は僕の主戦場である『センターバック』について話したい思います。
以前も話したように僕が『センターバック』でプレーするようになったのは米子北高校時代です。攻撃的なポジションから守備的なポジションへのコンバートでしたが、当時は正直、ただ必死にプレーしていただけで「とにかく失点しないこと」が全てでした。今でこそ周りの目を全く気にしなくなりましたが、当時は、周りの目を気にしまくってプレーしていた気もします(笑)。ただ、その頃から「プレーの引き出しが多い選手になりたい」とは考えていました。特に僕はセンターバックとしての経験値が低いからこそ、他のチームの選手でも、チームメイトでも「いいプレーは盗もう」と思っていました。
その意識は今も変わらずに持っています。実際、日本でも海外でも、年上、年下、敵味方に関係なく…「今のはめちゃいいプレーやな」「その対応はすごいな」と思ったプレーは必ず練習でトライするようにしています。
例えば、プロになって3年目くらいの頃に親父が送ってきてくれたアルゼンチン代表のハビエル・マスチェラーノ(エストゥディアンテス・デ・ラ・プラタ)の「足の出し方」もその1つです。僕の親父は長きに渡りサッカー界で指導者をしていますが、こと僕のサッカーについては幼少の頃から口出しされたことがありませんでした。周りからは「お父さんに教えられたんやろ」と言われたこともありますが、そんなことは一切なく、むしろ「サッカーじゃなくてもバスケットでもいい。とにかくノビノビと、源のやりたいことをやれ」とだけ言われて育ちました。それもあって余計に、親父が「こういう足の出し方を覚えたらいいんちゃうかー」とマスチェラーノのプレー集を送ってきてくれたことがインパクト強く残っているんだと思います。
…と、話が逸れましたが、親父が映像を送ってくれるまでは正直、マスチェラーノのプレーに興味を持つことはありませんでした。プレースタイル的にあまり好きじゃなかったというか…。ただ、珍しく親父が送ってきてくれたので「なんやろう?」と思って観たら、ボールへの足の出し方、奪い方がめちゃめちゃ巧いな! と。もともとマスチェラーノはボランチだったのでセンターバックらしからぬプレーも多かったんですけど、翌日の練習で彼を真似てプレーしてみたら、まぁ、ボールが取れる! かといって、彼のことを好きになることはなかったけど(笑)、ボールへの足の出し方、奪い方は「自分のものにしてやろう」と思うようになり、それを極めていったことで自分の中に「1対1」への自信が芽生えていきました。
と言っても、マスチェラーノも然り、いいと思ったからと単に真似をするだけでは絶対に自分のものにはならないので、参考にはしながらも体を当てるタイミングや競り方、体の入れ方は自分なりのやりやすい形を見つけたり、工夫はしました。それに、そもそも、観たときに「この選手の、このプレーはいいな!」と思っても、それが自分のプレースタイルに合うとも限らないので、あくまで自分のポテンシャルや強みも考えて取捨選択もします。また、守備をする際の自分にしかわからない感覚というか…対峙の仕方など経験で培った独自の守り方みたいなものもすごく大事にしています。ですが、プレーの幅を広げる上では、いろんな選手のプレーを見て「この選手のあのプレーを盗もう」というように『引き出し』を増やすことはすごく大事だと思っているし、それによって将来的には、どんなタイプの選手を相手にしても征することができるセンターバックになれるんじゃないかとも考えています。
また、プロになってすぐの頃に秋田豊さんや岩政大樹さんから学んだ「名前や顔、知名度で守れるセンターバックになれ」という言葉も常に心に据えています。これは「対戦する前から昌子源と1対1になりたくないな、と思わせられるくらいの存在感を身につけろ」「こいつのところに仕掛けたらケガするかもな、と思わせるくらいの威圧感を備えろ」ということですが、その必要性は、実際に海外で世界のトップクラスの選手と対峙することですごく感じました。中でも印象に残っているのは、セルヒオ・ラモス(レアル・マドリード)。彼とは鹿島アントラーズ時代に出場したクラブワールドカップで2度対決していますが、まぁ、すごかった! …という話を含めて、続きは次回に持ち越します!

  • 昌子 源Gen Shoji
  • Gen Shoji

    1992年12月11日生まれ。
    兵庫県出身。
    11年に米子北高校から鹿島アントラーズに加入。14年には自身初のJ1リーグフル出場を実現するなど主軸選手に成長を遂げ、16年のJ1リーグや天皇杯優勝、18年のAFCチャンピオンズリーグ制覇などに貢献した。
    18年12月に完全移籍が発表されたトゥールーズFCでもすぐさまレギュラーに定着したが、2シーズン目はケガに苦しみ、長きにわたり戦線離脱。その状況を踏まえてJリーグへの復帰を決断し、今年2月にガンバ大阪への完全移籍が発表された。
    日本代表にも14年に初選出。18年のワールドカップ・ロシア大会でもレギュラーとして活躍した。

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日本営業大学ビジネスコミュニケーション論