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Vol.3 常葉大学附属橘高校女子サッカー部 監督/半田悦子

  • 2020.12.02

    Vol.3 常葉大学附属橘高校女子サッカー部 監督/半田悦子

PASSION 彼女たちのフィールド

幼少期からサッカーを始め、現役時代は日本女子代表として活躍し女子サッカー界の発展に大きく貢献した半田悦子監督。引退後は調理師免許を取りサッカー以外の道も考えたが、ご縁が重なり指導者としての道を辿ることとなる。常葉橘中学女子サッカー部(現:常葉大学附属橘中学女子サッカー部)の創設から携わり、女子サッカーの育成年代を長年見てきた半田監督に指導論から今後の女子サッカー界の展望、監督業でのこだわりといったあらゆる面を熱く語ってもらった。

ー指導者になったきっかけを教えてください

半田 選手時代から子供達のサッカー教室を手伝っていました。最初はチームが保育園や幼稚園に行って一緒にサッカーを楽しむっていうことを少しやっていたんですね。それで、選手を引退した後も保育園やスクールからサッカーを教えてくれないかという相談を頂いて、そのまま子供たちにサッカーを教えるということをさせてもらっていました。
ただ、元々私たちの時代においては「指導者として生活できる」という認識がなかったので、指導を仕事にするという感覚よりもお手伝い感覚でスクールを手伝っていました。
そのため、他にも仕事をしないといけないという意識から調理師免許を取って、何か仕事として活かせないかと模索していました。とはいえ、調理師免許をとってみたものの自分に合う感じや自分の仕事としてはしっくりくることがなく、なかなか調理の世界に踏み込めない自分もいたので仕事としてサッカーを教える場所はないかどうか知り合いに尋ねてみたんです。そこで御殿場のNPO御殿場トレーニングセンターでサッカー教室を紹介して頂いて、それが仕事としてサッカーを教える初めての場所となりました。
また、引退直後に女子サッカーが国体の正式種目に加わったことで選手として国体選手を目指してみようという想いから、清水FC女子に所属させて頂いて選手をやりながら指導者のお手伝いもさせてもらいました。結果的に本大会出場という目標には届かなかったのですが、所属したチームの中高生を4.5年ほど指導する経験が得られたことはその後の指導者になるにあたり大きな財産となりました。

ー現在の常葉橘高校での監督に就任されるまでの経緯もぜひ教えてください

半田 清水FC女子を指導していた事もあり女性チームでの指導にも興味が湧いていたタイミングで、常葉橘高校の男子サッカー部を作った吉田弘さんがたまたま御殿場に指導に来られていたんですね。吉田弘さんは当時日本女子代表のコーチも務められていて、その関係で常葉橘に女子チームを作っているという話が上がったので「ぜひ私に指導者をやらせてもらえませんか?」と直談判して、常葉橘中学の女子サッカー部創立から携わられてもらえることになったんです。
もちろん最初から「サッカーを教える」という仕事として現場に立たせて頂いて、そこから今日まで17年間指導をさせて頂いています。振り返れば、巡り合わせやいろんな方のご協力があって「仕事としての指導者」という環境を与えて頂いているので、関わって下さった方々には本当に感謝しています。

ー女子サッカー部創設から携わったということで当時大変だったことや苦労したことはありましたか?

半田 清水FC女子での指導経験があったので、指導においてはそこでの経験がとても活きました。ただ、1期生が6人しか選手がいなかったので最初はフットサルの大会にしか出られなかったんですね。2年目に12人が新たに入って合計18人になったことでやっとサッカーができるようになったのでよかったのですが、当初はサッカーの試合ができないという苦悩が私自身も選手自身にもあったと思います。それを振り返ると本当にチームと共に自分自身も成長してきたかなと思います。

ー当時の目標はありましたか?

半田 常葉橘女子サッカー部を作る時に目標という形で「3つの柱」を掲げました。まず一つ目は「日本一を目指してチームを作る」ということ。2つ目は「自分たちのチームからなでしこの選手を育てる」ということ。そして3つ目が「人間形成の部分でサッカーを通じて生きる力をつけてもらいたい」ということです。これは当初から今までずっと目標にしていることで自分の中で変わらず持ち続けています。

ー目標に対しての経過は今のところどうでしょうか?

半田 1つ目の日本一になるというのはまだ実現できていないのが現状ですが、中学・高校共に全国3位まではいくことができています。
2つ目のなでしこの選手を育てるという面では、高木ひかりという選手が早稲田大学に進学後、ノジマステラ神奈川相模原に入りなでしこジャパンに選出されました。既に引退してしまったんですが、常葉橘女子サッカー部からのなでしこ第1号になりました。
3つ目の人間形成においては直接的に結果が見えるものではないので、引き続き指導の面で注視して良い人材を育成していきたいと思っています。

ー人間形成の部分にも紐づくとは思いますが、半田監督の育成論や指導論をぜひ教えてください

半田 「生きる力」と「感じる力」を選手につけてもらいたいと思って指導に当たっています。1つ目の「生きる力」は、高校年代以降でサッカーを続けていく道もあれば、サッカーと違った道もある。そんなたくさんの道がある中で、一番成長ができる中学高校年代のうちにどういう道に進んでも生きていけるような力を身につけて欲しいなと思っています。
2つ目の「感じる力」については、刻一刻と状況が変わる中で今は何をしなきゃいけないかを自分で感じて行動に移せる力です。例えば、ゴミを拾わないといけないと思ったら拾うべきだし、知っている人がいたら挨拶をしないといけないし、友達が困ったら相談に乗ってあげないといけないということですね。これは生活なんかでもそうですし、サッカーにおいても今がチャンスなのか今ピンチなのかっていうことを人に言われて行動するというよりも、自分で何かを感じて行動をして欲しいということは常に思っています。
今の時代は身近に携帯があってオンラインで完結する便利な社会になって来てはいるんですけど、その中でもリアルの場で何かを「感じる力」というのは絶対に生きていく上では必要なスキルだと思っています。集団生活の中でどうまわりと上手く生活していくかといったことも含めて「感じる力」は養って欲しいと思います。

指導中の半田監督

ーそれは半田監督が選手をやっていた頃の経験があるからこそ伝えたいことなのでしょうか?

半田 小学生から長い間サッカーをやっている中で、サッカーでのチームプレーも学びましたし、サッカー以外の部分でも大人数と関わる機会が多かったのでその中で自分の得たものが軸になっていますね。
例えば優勝した時は自分だけで喜ぶのではなくて、みんなで喜ぶことによって喜びが2倍、3倍、何十倍にもなるし、負けた時でも1人だけで落ち込むようなことはないので。サッカーを通して人と関わりを持って生きるということの楽しさや嬉しさを自分自身が体験してきたので、今の選手にも伝えたいなと思っています。
また、現役を引退した後に残ったものはなんだろうって考えた時も、思い浮かぶのが友達や人との繋がりでした。苦しい時を乗り越えて一緒に共感できた仲間は一生の友達ですし、今でもずっと繋がっているので、今の選手にもそういった仲間を作って欲しいなと思います。

ー「仕事」として監督業を見たときに半田監督自身がこだわっていることや軸にしていることはありますか?

半田 こだわりというよりも大事にしていることはあります。それはサッカー教えるということが仕事となっていることは、すごく私は恵まれている環境だなという気持ちがとても強くて、お金をもらっている以上しっかりやらないといけないなという気持ちです。今まで私がサッカーを教えてきてもらった人はボランティアやプロの指導者ではない人が多かったんですけど、それでも情熱を持って指導してくれていたので、それ以上に責任感も持ってやらないといけないなと思っています。もちろん仕事だろうが仕事ではなかろうが情熱を持って指導には当たるんですが、仕事としてお金をもらっている=プロという自覚を持ってやらなくてはいけないと思っています。

ー監督業という仕事において女性ならではの強みは何と感じていますか?

半田 選手と同性ということがあるので、一番は自分が経験してきたことがチームで起こりうることが多々ある中で、その際に自分の経験上での解決策を打てることですね。昔と今では時代が違うので変化していることも多いのですが、経験則で判断ができるのはアドバンデージがあると思います。あとは同性なので着替え中でも話ができたりすることで時間を有効活用できることや、女性の身体のこともわかっているのでそこは親身になったり選手も言いやすい環境という面では良いことだと感じています。また、これも同性だからわかることなのですが、選手が泣いていても私は信用しませんね(笑)

ーコーチ陣も女性スタッフということですが、これはこだわりがあったのでしょうか?

半田 そうですね、自分が監督になってコーチを探していいと言われた時に女性スタッフから探しました。女子サッカー部という環境はなかなか初めの頃はなかった中でサッカー界に女子スタッフが増えて欲しいという想いと、女性同士で共感できることは多いというのもあるので女性スタッフから探しました。もちろん男性スタッフのいいところもあるのは承知の上でこだわった部分ではあります。

ー男性スタッフがいたほうがいいなと思うことはありましたか?

半田 女性だけどだと考えが硬くなることがある時もあるので、男性スタッフの新鮮な意見が欲しいなと思う時もありますね。ただ、男性女性と区別して考えるというよりもいろんなタイプ、いろんな経験を積んだ人がチームにいることは大切だと思っています。

ーサッカー界で監督業以外にやりたい職業はありますか?

半田 もともと自分が指導者で生活するということは選手時代に夢にも思っていなかったことなので、正直監督以外は見えないですね(笑)
引退した後に何がやりたいかもあまりはっきりせずに穴が空いた時期もあった中で今の職についているので、自分がやってきたことが仕事になるというのは恵まれた環境だなとも思っています。

ー半田監督が考える今後の女子サッカー界の展望は?

半田 日本女子サッカー界がこれだけ発展したのは、なでしこが世界一になったことが一番の起爆剤だったと思うんですね。ただこれは、元を辿るとなでしこリーグを新しくスタートするというタイミングから少しずつ力をつけていって、徐々に積み重ねた結果だと思うんです。なので、今回も新しく来年からWEリーグがスタートしますけど、そこにどれだけの人を巻き込んでいけるかで女子サッカー界がまた変化していくのかなと思います。
選手やサポーター、観客はもちろんですが運営側や自治体といったいろんな方の支えがなければ更なる発展はないと思います。リーグであれ一個人でもやりたいと思った時に協力してくれる方がいなければそれは実現しないと思うので、今回のWEリーグをきっかけに女子サッカー界で活躍する人間がもっと増えてもらいたいですね。

ー今後の目標をお聞かせください

半田 全国高校サッカー選手権の真最中(取材時)で今週末に東海大会、勝ち上がれば全国大会があるので、先ほども言ったように日本一を目指して戦いたいと思います。ただ、毎年思っていることは少しでも高いレベルの試合をできるだけ戦うことで選手のいい経験になると思っているので、一つずつ積み重ねていければと思っています。今年はコロナでちょっと大変な年ではあるんですけど、1試合でも多く試合ができたらと思います。

ー今女子サッカー界で活躍されている方への応援メッセージをお願いします

半田 私自身も今のチームで長く監督をやっている中でちょっと大変だなと思う時もあれば、すごく順調にいったりする時もあったりと「波」があるんですね。特にうまくいかない時は波が大きくて、自分の気持ちのコントロールが難しい場面が訪れるんですが、それでも「諦めずに継続していくこと」で得られることが大きいなと思っています。一人で全てを抱え込んで頑張るのではなくて、困ったら助けてくれる人が周りにいるという環境が大切です。しっかりと相談できる人や助けてくれる人がいることにも感謝して、今の仕事をコツコツと続けていく事が大きい成果に繋がると思います。

ーサッカー界で女性が働くことに対してアドバイスはありますか?

半田 私たちがサッカーをやっていた時代は、オリンピックもW杯もなかった中でサッカーが好きという気持ちだけで選手を続けていました。今の時代はオリンピックもW杯も最初からあるので、選手は高い目標があると思います。それは引退してからも同じだと思います。女子サッカー界が変わってきたことで新しい職種も増えてきていると思うんですね。選手・監督・コーチの他にもチームメディカルや解説者といった職種も出てきています。かつ、これからWEリーグが始まる中で運営側の仕事もどんどん増えてくると思います。そういった時代なのでサッカーを辞めた後でもサッカーに関わる仕事がしやすくなってきていると思います。サッカー界で仕事をしたいと思うならどんどんチャレンジして欲しいなと思います。

<プロフィール>
半田 悦子(はんだ・えつこ)
1965年5月10日静岡県清水市生まれ。
小学校3年生からサッカーを始め、16歳で女子日本代表に選出。FWとして1991、1995年のW杯、1996年アトランタ五輪に出場するなど代表でも活躍した。
2004年に常葉橘中監督に就任。2011年に常葉橘高の監督となり、女子の育成年代を代表する監督として現在も活躍中。

text by Yasuhiro Takino

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