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Vol.16 ASハリマアルビオンU-15監督/柿川文

  • 2021.06.23

    Vol.16 ASハリマアルビオンU-15監督/柿川文

PASSION 彼女たちのフィールド

兵庫県南西部に位置する播磨地域は、ユネスコ世界文化遺産である国宝姫路城をはじめ、大河ドラマや映画のロケでも使用された書写山圓教寺など、歴史と自然豊かさであふれている。その播磨地域を拠点に活動をするASハリマアルビオンは、現在「日本女子サッカーリーグ1部」で戦っており、今回は下部組織(U-15)の監督を務める柿川文氏に仕事や選手指導についてお話を伺った。

―現在のクラブとお仕事について、教えてください。

柿川 2017年よりASハリマアルビオンの下部組織(U-15・中学生女子)の監督をしており、今年で5年目を迎えます。現在中学1~3年生まで総勢43名が所属し、私を含め女性コーチ2名、男性GKコーチ1名の計3名で日々指導を行っております。
U-15卒業生たちはそれぞれ次のステージで活躍をしておりますが、その中でもパートナーシップ協定を結んでいる「姫路女学院高等学校ASハリマU-18)」へ進学しサッカーを続ける選手が多いです。また、姫路女学院サッカー部においてトップチームの下部組織登録をした選手は、在学中であってもトップチーム公式戦への出場が可能となり、より高いレベルの練習や試合を経験できる環境となっています。

―今年で5年目ということですが、以前は別のクラブで指導されていたのですか?

柿川 神戸フットボールクラブレディースで10年間指導をしていました。その時は、U-18・U-15を兼任で監督をしていましたが、10年目の年に全国大会出場を果たしたことを機に、新しい場所で一からチャレンジしたいと思い、現在のクラブで指導することを決めました。

―現在のクラブでチャレンジできていることや魅力はなんですか?

柿川 前クラブは男子のカテゴリが幅広くあり、女子を中心に活動することが難しい面もありました。しかし、ASハリマアルビオンはトップからU-12まですべて女子チームであり、その女子に特化した環境で指導に挑戦しつづけているということが私にとっての最大のチャレンジです。クラブ代表(岸田直美)も女性であり、どんなことでも気兼ねなく話ができて理解してもらえること、女性ならではの細やかなサポートをしていただけることが一番の魅力だと思います。
指導に関しては、性別関係なく個々にそれぞれ良さがありますので、指導者には女性だけでなく男性にも入ってもらい、さまざまな視点から選手を見て育てる環境を作れていると思います。

―ご自身がサッカーを始めることになったきっかけや経歴についてお聞かせください。

柿川 私は、小学校体育連盟のチームの先生に誘っていただき、小学5年生からサッカーをはじめました。小学校を卒業し中学生になる際に、神戸FCレディースに入りたいと両親に相談したところ反対され、サッカーをやめハンドボール部に入りました。しかし、大好きなサッカーができないことで元気をなくした私の姿を見かねた母が神戸FCへの入団を許可してくれて、そこから中学3年間神戸FCでプレーをしました。
高校進学のタイミングでクラブが(株)田崎真珠のサポートを受けて「田崎真珠神戸FCレディース」と名称が変わり、そこからさらに高校3年間プレーをしました。そして高校卒業後は田崎真珠に就職をして、「TASAKIペルーレFC」に在籍しLリーグ(現なでしこリーグの前身)で選手を続けました。
ポジションは最終的にはDFでしたが、Lリーグ試合時にGKがケガをした関係で、2,3シーズンくらいGKとして試合出場したこともあります。中学校でのハンドボール部経験が功を奏したのかもしれません。
田崎ペルーレにて13年間プレーをして引退しましたが、引退後は一度サッカーから離れて田崎真珠で2年ほど一般のOLとして仕事をしていました。引退するまでサッカーしかしたことがなかったので、何か別のことにチャレンジしたいと思い、一生懸命仕事をした2年間でした。でもやはりサッカーが恋しくなり、指導者として戻ってきました。
指導者となったきっかけはOL時代に「U-12トレセンを見てみないか?」と声をかけていただいたことです。はじめは誘われたから行ってみた、という安易な感じではありましたが、いざ現場に行ってみると目をキラキラと輝かせた元気いっぱいの子どもたちがいて、その子たちと一緒に身体を動かすことが楽しく心を決めました。そこから神戸FCのコーチとして指導者の道が始まりました。
指導者資格は現役時に取得していましたが、まさか自分が将来指導者になるとは思っていなかったので、不思議な巡り合わせだなと思います。当時の仲間も私が指導者をしていると聞くとみんな驚くほどです。

―中学生年代を指導する魅力や難しさはありますか?

柿川 神戸FCでは選手を中学校から高校卒業まで6年間通して見ることができました。その間にすごく大人になっていくというか、少し前までランドセルを背負っていた子が大学に入るまで見ることになるので、この6年間をみられたということは私の中で財産になりました。
大人になっていく姿を見られる、それがあるから今は我慢して成長を待つという想いで指導を行っています。若いころは「なんでできないの?」という気持ちが勝って腹を立ててしまうこともありましたが、今はその先の成長を予測してみているので、多感な時期に関われるという意味でも難しさより面白さを感じています。

―指導する上で大切にされていることは何ですか?

柿川 クラブではセレクションを行っていますが、サッカーが上手くなりたい、サッカーが大好きだという強い気持ちを持っている選手を大切にしています。「がんばる」というと泥臭いイメージがあるかも知れませんが、がんばることができるのも1つの才能だと考えています。今がんばることができれば、この先何歳になっても、サッカーやそれ以外のことでがんばれる人になれるし、そうした「がんばれる」選手が将来「戦える」選手になっていくと思うので、そういう強い選手を育てたいと思っています。

―がんばれるという面で印象的な選手はいますか?

柿川 神戸FCで6年間指導をした選手です。関東の大学に進学しましたが、神戸FC卒業までなにがあっても「しんどい」と口に出さない選手でした。トレーニングで12分間走などハードな練習をしても全力を出し切って倒れ込みながらゴールをし、擦り傷を何度も作っていました。クラブ練習後も自主練習をしていましたし、そういう選手が大人になってもサッカーを長く続けられるのかなと思います。
何か悪さをして叱られるようなことがあったとしても、サッカーを通じて様々なことを学び反省したことで心と身体が成長し、国内トッププロリーグ「WEリーグ」でプレーをするようにまでなった選手もいます。そういう姿を見ると、やっぱりこうした経験が将来につながっていくんだなと実感でき、指導において「待つ」ことができるようになったのが、私にとっても大きな学びとなりました。

―普段のスケジュールについてお聞かせください。

柿川 練習は月曜日だけオフで、それ以外の平日は練習、土日は試合もしくは練習をしています。練習がある日は10時30分頃に出勤をして事務作業をします。昼食後は練習メニュー作成や練習試合のスケジュール調整や先方との打ち合わせをしてから、事務所から少し離れた場所にあるグラウンドに移動します。練習は18時30分から20時30分までの2時間行い、練習後もスタッフや選手とコミュニケーションをとり21時30分くらいに帰宅します。グラウンドではトップチームも練習しているので、中学生の選手はトップ選手の姿を見ながら練習することができ、とても良い環境だと思います。
サッカー練習だけでなく、トップホームゲームでの運営手伝いでは率先して設営や運営を一生懸命行っており、普段はできない経験をつめていると思います。オフシーズンにはトップ選手たちと交流試合をする機会もあり、普段は練習や試合姿しか見られない憧れの選手たちとともにサッカーをできることに喜びを隠せない姿はとても微笑ましいです。

―新型コロナウィルス感染症の影響は受けていますか?

柿川 やはり公式戦の延期や、合宿ができないなど影響はあります。選手は去年今年と大変な時期の学年になってしまったので、「なんで私たちだけこんな目に合うの?」という声も聞こえてきます。私たち指導者もこういった状況は初めてですが、「何年後かには『私たちの時はコロナで大変だったね』と笑い話ができるように今はがんばろう」と言っています。色々と不便なことはありますが練習はできているので、仲間と会えるというだけでも選手の気持ちは保たれていると思いますし、何とか皆で明るくがんばっています。

―サッカーに関わる仕事のやりがいはありますか?

柿川 中学1年生で入ってきたばかりのときはまだまだ心が幼く、サッカーやさまざまな面で「できない」ことが多くありますが、卒業するときにはお姉さんになり後輩の指導ができるようになっています。そんな選手たちの姿を見ていると、「さあ、次の1年もがんばろう!」という気持ちになります。
多感な時期でもあるこの年代だからこそかもしれませんが、3年間指導の中で選手の反抗的な態度についつい腹を立ててしまうことがあっても、この先どう成長していくのかなとワクワクさせてくれる楽しみがあります。選手たちを次のステージへと送り出すときは、成長への喜びと別れの寂しさにいつも涙が溢れてしまいます。


―反対に辛いことはあったりしますか?

柿川 辛いことは特にありません。指導者を始めたばかりの頃はうまくいかないことも多かったですし、まだ若かったので選手たちに対して「なんで伝わらないの?」という思いもありました。選手のことだけでなく保護者との関係性に悩んだ時もあり、辞めたいと思ったことはたしかにありましたが辛くはなく、現在まで指導者を続けてこられました。

―目標とする指導者像はありますか?

柿川 私が田崎ペルーレでプレーをしていたときの指導者は男性で、厳しかったけれど選手にすごく寄り添ってくださる方でした。入替戦でリーグ降格した時もずっと選手と一緒にいてくれました。その後の昇格をかけた入替戦のときには「絶対上がるんだ、皆を信じている」と選手全員に手紙を書いてくださり、「絶対勝って胴上げしたい!」という気持ちにさせてくれました。その経験が、私も子どもたちに寄り添っていきたいという気持ちの原点です。
指導者となってから目指しているのは本田美登里さんです。トレセンでも一緒に指導をしたりとお世話になっているのですが、指導の考え方など似ている部分が多く目指している監督の一人です。

―今後の目標や展望などはありますか?

柿川 まずは高校でもサッカーを続ける選手を育てることです。他県に進学してもいつかはASハリマアルビオンのトップ選手として戻ってきたり、指導者となって帰ってくるというサイクルができたらいいなと思っています。
またASハリマユース卒業生たちでなく神戸FCで指導をしていたときの卒業生も、練習場所まで顔を出してくれたり進学や就職の連絡をくれたりするので、本当にうれしいですし活力になります。
卒業してもずっとクラブが大好きで、たまに顔を出した時に私の姿をみて「自分も指導者になりたい」と思って戻ってきてくれたら、私が今までしてきたことが実を結ぶのかなと思っています。
私が指導者になったばかりの頃の選手はまだ現役でプレーをしていることが多いので、夢が叶う数年先を心待ちにしつつがんばりたいと思います。

―ありがとうございました。

<プロフィール>
柿川 文(かきがわ・あや)
1973年兵庫県出身。
小学5年生からサッカーを始め、中学校ではハンドボール部に所属後、神戸FCレディースに入団。
高校から社会人になり、クラブも田崎神戸FCレディースを経て田崎ペルーレとなる。
当時のLリーグで活躍し、リーグ降格の口惜しさと昇格の歓喜を経験。引退後は2年のOL生活を経てサッカー指導者の道へ進む。
神戸FC U-15・U-18のコーチ、監督を経て2017年よりASハリマアルビオンU-15監督を務める。

text by Satoshi Yamamura

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