COLUMN

REIBOLA TOP > コラム > 中澤聡太×MF家長昭博(川崎フロンターレ)<前編>

中澤聡太×MF家長昭博(川崎フロンターレ)<前編>

  • 2019.07.18

    中澤聡太×MF家長昭博(川崎フロンターレ)<前編>

REIBOLAスペシャル対談

現役サッカー選手と元サッカー選手によるREIBOLAスペシャル対談。
第3回目は、昨年、川崎フロンターレのJリーグ連覇に大きく貢献し、自身もMVPを獲得した家長昭博と、現在は仲介人としてセカンドキャリアを邁進する中澤聡太が過去、現在、未来を語り合いました。
同じチームへの在籍は、ガンバ大阪時代の1年半という短さながら、今でも親交の深い二人がその胸の内を赤裸々に明かします。

(取材日/2019.05.29)

中澤聡太(以下、中澤) 今日は…このコーナーの第一回目に登場した加地亮と二川孝広(FC TIAMO枚方)を超える写真を撮ろうって企画だよね?
家長昭博(以下、家長) え? あのバイクに乗った写真? …なら、余裕で超えられるでしょ!
中澤 あれ? ハードルを上げちゃった? さすがやるときはやる男。やらないときは全くやらない男。いま、どっちのアキなの?
家長 前者のつもりです(笑)。
中澤 だよね。ちゃんとやっていなきゃ、JリーグのMVPなんか獲れないわ。さすがにあれは嬉しかったでしょ?
家長 素直に嬉しかったです。MVPは川崎フロンターレから3年連続で選ばれたらしく、16年が憲剛さん(中村憲剛)、17年が小林悠、去年が俺だったんです。でも、ある意味、二人とも川崎一筋の選手じゃないですか? しかもその前も、15年はサンフレッチェ広島の青山敏弘さんが、14年はヤットさん(遠藤保仁/ガンバ大阪)が獲って…って、ずっとクラブに長く在籍している選手が選出される流れが続いていましたからね。そういう意味では俺みたいに移籍してきた選手がポンと2年目で獲れたのは、川崎に移籍してきた選手とか、他のチームでも移籍を繰り返している選手に励みになるかなって思いました。俺みたいなタイプがいてもいいんだなって思ってくれる選手がいたなら嬉しいです。
中澤 もっともだよ。アキの受賞は移籍を経験している選手たちに勇気を与えたと思う。MVPを受賞したことで何か変わった?
家長 それが、全く変わらない。
中澤 モテるようになったでしょ?
家長 いや、それがマジでモテない。その日すら、全くちやほやされなかった(笑)。
中澤 でも、お会計ではチヤホヤされたでしょ?
家長 そこは抜群にモテました(笑)。
中澤 でも実際、大宮アルディージャから川崎への移籍はきっと大変なことも多かったはずだから、余計に喜びも大きかったんだろうね。
家長 その移籍に限らず、移籍はどれも大変ですけどね。
中澤 何が一番大変に感じた?
家長 改めて聞かれると言葉にするのが難しいですけど、トレーニング方法や体の作り方も変わるし、それに伴う見えないストレスもあるし、慣れるまではとにかく全てにおいて大変でした。それを思っても…選手の仲介人ってめちゃめちゃ大事だと思います。
中澤 そこに切り込むの、早くない?! アキの話、まだ全然聞けていないのに?!
家長 いや、むしろ今日はそこを聞きに来ました。実際どうなんですか? 東京に越してきて、忙しくしているんですか?
中澤 ガンバ大阪の強化部をやめて、今年からエージェント会社に入って…その時からスイッチは入っていたけど…最近、関西から東京に転勤になって、仲介人の登録も終わって、ますますスイッチが入ったからね。いろんなクラブに顔を出して、いろんな人に会って、情報をとって、試合を観て、選手と話をして…ってしていたら、マジで毎日、時間が足りない。でも今が頑張りどきだと思えばこそ、調子に乗っていろんなところに飛び回っていたら…家族の雰囲気が悪くなっていることに気がついて、先週はディズニーランドで笑顔になってきた(笑)。とりあえず困ったときはミッキーが頼りになるわ。

中澤 聡太

家長 仲介人の仕事って自分次第だから、いくらでも忙しくしようと思ったらできますもんね?
中澤 そういうこと。もちろん、選手の人生のサポートをするわけだから熱くもなるし、周りも見えなくなるくらい没頭もするんだけど、でも…人間、バランスが大事だから。そこをやや見失っていたわ(笑)。
家長 仕事としては、選手時代の方が楽ですか?
中澤 どうだろう。そこは比べられるものではないし、仲介人はもともと、自分がやりたいことの1つでもあったからさ。大変なことも多いけど、すごく楽しくもある。選手時代には見えなかったこともたくさんあって、それを勉強しながらいろんなことをガシガシと身につけていっている時間は充実感もあるしね。
家長 もうボールを蹴りたいとは思わない?
中澤 全然。よくあんなにしんどいことをしていたなって感じだよ。アキと一緒にサッカーをしていたのだって、もう過去すぎて忘れちゃったよ。あれ、何年だっけ?
家長 聡太くんがガンバに移籍してきた07年と、俺がガンバに復帰した12年7月からの半年間です。当時はよく一緒に近所の定食屋にご飯を食べに行きましたよね。最近も、聡太くんが東京に来たことで会う機会が増えましたけど。と言っても、俺は違う仲介人をつけているし、会ってもサッカーの話をすることはないから、完全に友だち枠ですけどね。

家長 昭博

中澤 むしろ、アキとは選手時代から続く友好関係があるから仕事相手にしたくない。だって『仕事』になっちゃうと変に気を遣うじゃん? 「今日は魚を食べたいな〜」って思っても、契約選手に「肉の気分です!」って言われたら、間違いなく肉を選ぶわけで…。
家長 そこ?!
中澤 大事でしょ。アキとは何を食べるかについては、ちゃんと真っ向から話し合って決めたい。
家長 むしろ、譲ります(笑)。でも俺だけじゃなくて、聡太くんは川崎の練習にきても、他の選手とも全然、仕事の話をしていない気がするんですけど…。
中澤 やめろ。確かにしていないけど…それを言うと会社に顔が立たない。
家長 (笑)。ただこの間、晃太郎(大森/FC東京)を含めてみんなで食事をしたときに、晃太郎にガンガン説教しているのをみて、初めて「ああ、仲介人なんだな」って思いました(笑)。
中澤 厳密にはそれも仲介人だから、ではないけどね。昔からよく知っている可愛い後輩への単なるアドバイス。
家長 そうやって言ってくれる人がいるって、すごく大事なことだと思います。だって俺の年齢になったら…下手したら監督だってそうそう怒ってくれない。僕が川崎に加入したばかりの頃は、オニさん(鬼木達監督)だって、めちゃめちゃ怒ってくれたのに、最近は全然怒ってくれないです(笑)。
中澤 ベテランの域に入っても怒られたいもの?
家長 僕は怒られたいし、いろんなことを指摘してもらいたい。自分の年齢が上になるほど、先輩選手もいなくなっていくわけで、そうなると先輩から何かを言ってもらうことも減っていくから。聡太くんとガンバで一緒にプレーしていた時代も、結構、ダメなところを指摘してもらっていましたよね?
中澤 だってお前、ちゃんとやらないんだもん(笑)。いつだったか、浦和レッズ戦でサイドバックが怪我をした時も…控えにはサイドバックがいなかったから、誰が出るんだ? ってなって。俺とアキも控えメンバーにいて…当然、守備の選手である俺にチャンスがくるだろうなって思っていたら、西野(朗)監督はアキを起用したの。なのに、アキは全然やる気がなくて…と言っても、やるべきことはちゃんとやってるんだよ。相手を止めまくっていたしさ。でも明らかに「なんで、俺がこんなプレーをしなきゃいけないんだよ」って心の声が態度に出まくっていて、全然走らなくて。その時も「お前、やれよ!」ってベンチの外からマジでキレて、叫んでいたからね。
家長 覚えてる〜! あれ、西野さんにも怒られました。
中澤 当たり前だろ!
家長 若かったですね〜。今なら、そんな態度をとっていいはずがないってわかるけど当時は何を考えていたのか…。でもそんな風に言ってくれる先輩がいたのはすごくありがたいことだと思います。聡太くんだけじゃなくて当時のガンバには、智さん(山口/ガンバ大阪コーチ)たちも含めて、自分に直接、注意してくれる先輩がたくさんいましたしね。それに俺は、ガンバでキャリアをスタートできて良かったなって今でも思っています。ほんまにプロの厳しさを実感できたから。ユースまでは勝てないと思っていた選手なんてほぼいなかったのに、トップに上がってみたら、誰一人として勝てる人がいないって思うくらいみんながすごくて…。それをプロになりたてのヒヨっこの時代に味わえて良かったです。あの壁の高さを感じられたから、そのあとのサッカー人生も頑張ってくることができた。
中澤 確かに智さんをはじめ、あの時代のガンバには、怖い人がたくさんいて…でもだからこそ、学べたこともたくさんあったよな。俺らも先輩たちが大好きで、怒られながらも懐いてもいたしさ。…って、俺はそういうタイプだったけど、当時のアキはそうでもなかったんじゃない? 全然、先輩にビビっているようにも見えなかったし、むしろ最初は…サッカーごとなめてもいた。
家長 いや、俺なりにビビっていましたって(笑)!

中澤 いつもアキをみながら「こんなに巧くてなんでもできるのに、どうしてちゃんとやらないんだ」ってずっと思っていたもん。まぁ、だからきれいにメンバーからも外されていたんだろうけど。
家長 間違いない(笑)。でも、俺なりにいろんなことを感じ取っていましたけどね。それは、聡太くんも然り、です。というのも、俺が1年目だった当時、俺が見ている30代前後の先輩って、ある意味、出来上がった選手ばかりだったじゃないですか? 智さん、ヤットさん、加地(亮)さん、ミョウさん(明神智和/AC長野パルセイロ)、ハシさん(橋本英郎/FC今治)…レギュラーでピッチに立っている選手は誰もが、圧巻の存在感を示している人ばかりだった。でも、その人たちと俺ら若手の間の世代の選手って当時はほぼいなかったというか。だから、そこに聡太くんが入ってきて、しかもあまり試合にも絡めないとなった時に、どういう態度をとるのかなって思っていたんです。そしたら…すごい真面目なんですよね。恐ろしいくらい真面目にサッカーと向き合っていて…。
中澤 そうだったっけ? ただ自分の立ち位置は理解していたよ。すでに完成されていたチームに移籍して、スペシャルな選手が揃っていて、アカデミーからはどんどんいい選手が昇格してくるガンバで生き残ろうと思ったら、真面目というか…焦ってもいたしさ。周りのレベルの高さとかチームに漂う空気感に、ただただ驚いて、焦って、必死だった。でも、これは今の自分にも言えることだけど、俺は俺でしかないから。自分を変えるというより、この俺をガンバにも受け入れてもらうしかない、っていつも思っていた。
家長 そういう聡太くんだから結果的に08年くらいからレギュラーに定着できたんでしょうね。あれはすごいなって思いました。俺は期限付き移籍でガンバを出てからも、ずっと試合を観ていましたけど、毎年のように新しいセンターバックが補強されても全部、返り討ちにしていて…。
中澤 いや、返り討ちは全くできていない。09年も開幕戦はドンヒョク(パク)にレギュラーの座を奪われたし…ほら、西野さんって開幕戦って必ずと言っていいほど、新加入の選手を起用するから。でも、だから必死になれた。
家長 そういう姿を見て、俺は刺激を受けていました。ガンバで試合に出る難しさを知っているだけに、なおさらです。
中澤 今も古巣の試合を観ることはある?
家長 観ます。ガンバ、大分トリニータ、セレッソ大阪、大宮も…全部じゃないけど、空いた時間に選ぶのは今でも古巣が多いです。え? 観ませんか?
中澤 俺は…むしろ今は試合を見るのが仕事だから、どれもこれも全部、観る。特に俺はまだ仲介人になりたてだし、チームや選手の特徴をしっかり把握したいから、時間があれば試合を観ているよ。
家長 へぇ〜! 試合を観て、契約選手にアドバイスをしたりもします?
中澤 今はまだ、誰とも契約していないけど、契約選手には、自分がいいなと思うところは素直に「ここは面白かったね」「あのプレーは特徴が出たね」って伝えたいなって思ってる。ただ、この仕事って、正解がないと思うんだ。やり方も人それぞれだし。だから最終的には、こういう俺のやり方とか性格に合う選手じゃないと一緒に仕事はできないとも思う。
家長 やり方、ってところで言うと…例えば、1年目のJリーガーと俺みたいに30歳を過ぎたJリーガーとでは接し方も変えますか? 若い選手に何を話していいかわからない、とかないですか?
中澤 俺の場合、前職ではガンバ大阪の強化部でスカウトをさせてもらっていて、若い選手には数多く接していたから、そこまででもないかな。ただ、自分が選手時代に感じたことやプロサッカー選手仲間から聞いている話は間違いなく俺がこの仕事をする上でも財産なわけで、それをもとにより若い選手には現実を伝えることは意識しているよ。例えば、今の若い選手は何かって言えばすぐに「海外、海外」って言うことが多いけど、そんなに甘くはないからさ。しかも今の若い選手が言う『海外』って、昔とは少し変わってきた気がするんだよね。闇雲に『海外』を口にしすぎというか…。もっとも、試合に出ている、いないに関係なく、可能性やポテンシャルを秘めている選手で、『海外』に対しても本気で向き合っているのなら話は別だよ。それならその選手とも真剣に向き合って話をして、最後は本人の意思を尊重したいと思う。実際、アキは海外移籍を経験しているけど、そんな甘くはないでしょ?
家長 間違いないですね。ただ聡太くんが言うように、ほんまに最近は『海外』の考え方が変わってきているなとは思います。ある意味、それだけ海外、海外と言うってことは、誰もが近くに感じる場所になったってことでもあるので、いいことでもあると思いますけどね。

<PROFILE>
中澤聡太(なかざわ・そうた)
1982年10月26日生まれ。東京都出身。
市立船橋高校を卒業後、01年に柏レイソルに加入。度重なるケガに苦しめられ、多くの時間をリハビリに費やしたことから最初の5年間はほとんど試合に絡めないままシーズンを終える。06年6月には出場機会を求めてFC東京に期限付き移籍。07年は同じく期限付きでガンバ大阪でプレー。08年に完全移籍を果たす中でAFCチャンピオンズリーグや天皇杯などのタイトル獲得に貢献した。その後、13年に川崎フロンターレへ完全移籍。3年目の15年はセレッソ大阪に期限付き移籍をし、16年には完全移籍に。同シーズン限りでの引退を決断した。17年からは古巣であるガンバの強化部スタッフとして主にアマチュア世代を中心にスカウト活動を行い、19年からは仲介人業務に従事している。

<PROFILE>
家長昭博(いえなが・あきひろ)
1986年6月12日生まれ。京都府出身。
幼少の頃から『天才』と称され、ジュニアユース時代からガンバ大阪に籍を置く。順調に成長を遂げると、高校2年生の時に飛び級でトップチーム昇格を果たす。その後、07年まで在籍し、クラブ史上初のJリーグ優勝に貢献するなどしたが08年に大分トリニータに期限付き移籍。2年間プレーしたのち、11年には自身初の海外、スペインのRCDマヨルカへの完全移籍を実現した。その後、蔚山現代FC(韓国)を経て、12年夏にガンバへ復帰。13年の夏までプレーしたのちマヨルカへの復帰を経て、14年は大宮アルディージャに完全移籍をして3シーズン在籍。17年に現在の川崎フロンターレに完全移籍をし、昨年はJリーグ連覇に大きく貢献。自身初のベストイレブンに選出されるとともにJリーグMVPにも輝いた。

text & photo by Misa Takamura

関西1部リーグ/FC TIAMO枚方<後編>