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以前も少し書きましたが、僕がセンターバックとして意識していることの1つに岩政大樹さんに教わった『負けた試合のあとほど口を開く』ということがあります。「誰とも話したくない」という感情を封じて、起きた事実に向き合うことで見えてくるものが必ずあるからです。この『発源力』もサポーターの皆さんに僕という人間を知ってもらうだけではなく、触れたくないようなことにも敢えて、自分の中で整理して言葉に変えることで、自分を見つめ直す力にしようという考えでスタートしました。なので、今回のツネさん(宮本恒靖前監督)の解任についても僕なりに感じたことを素直にみなさんに伝えようと思います。
解任発表を受けて、僕なりにいろんなことを考えました。言うまでもなく今の結果は、僕ら選手にも責任があります。それを監督一人に押し付けてしまった事実に対し、もっと自分にもやれることがあったんじゃないか、という後悔に似た自分の力不足を感じたし、それを今になって気づく未熟さも痛感しました。
クラブがなぜ、今のタイミングで判断したのかということも考えました。10試合での決断が早かったのか、遅かったのか。その賛否はいろいろあって当然だと思います。ただ、僕が現時点で率直に思ったのは、クラブはおそらく昨年の成績をもとに判断したのだろうということです。
昨シーズン、僕たちはJ1リーグを2位という成績で終えました。もっとも優勝した川崎フロンターレとの差は大きく、シーズン終盤は川崎以外のチームで2位の座を競うような状況になりましたが、それでも2位という成績に嘘はなく、それに伴い僕たちが今シーズン目指すべき場所は、その順位よりも上、つまり『タイトル』に据えられました。もちろん、これまでも『タイトル』を目指して戦ってきたことに嘘はないですが、7位に終わった19年を踏まえて『タイトル』を意識するのと、2位に終わった20年を踏まえて意識するのとでは、そこに向かう過程、求められる結果は大きく変わってきます。ガンバの場合、近年はどちらかというと後半戦にかけて勢いを増していく傾向にあったと考えても、仮に昨年の成績が中位だったのなら、もしかすると『後半戦での加速』への期待を込めてこのタイミングでの決断はなかったかもしれない、とも思います。つまり、ガンバとして目指す場所は、もう1位しかない、という状況で迎えた今シーズンだったからこそ、10試合を戦って1勝、という結果を見過ごすことはできない、という決断になったのかな、と。
であればこそ、僕たち選手は今一度、その決断にしっかり向き合わなければいけないと感じています。クラブにとってレジェンドでもあるツネさんを解任する決断は決して簡単ではなかったはずです。それでもクラブがまだ『タイトル』を諦めていないという意思を明確に示してくれたのであれば、僕ら選手もその思いをしっかり背負って現状に立ち向かっていかなければいけません。このクラブに関わる何千人…いや、何万人ものガンバファミリーを代表してピッチに立っている僕たち選手には、クラブの前向きな決断をよりプラスの方向に変えて行くという責任があります。先ほど、賛否はいろいろあって当然だと書きましたが、ある意味、この決断に対する答えは、この先の僕たち自身で導き出せるものだとも思います。
といっても、監督を交代すればチームが変わるというほど、甘くはないということも自覚しています。僕自身、過去には2度、シーズン中の監督交代を経験していますが、その決断が本当の意味で現状を打ち破る起爆剤になる可能性は正直、70%くらいだと思います。でも、間違いなく言えるのは、この確率を増やすも、減らすも全ては選手次第だということです。そして、それを増やす方に転じていくには僕たち、ベテラン選手の振る舞いにかかっているという自負もあります。監督解任という激震によってチームに負の空気が生まれないように、練習からピリッとした緊張感の中で「みんなで目の前の試合に立ち向かうんだ」という雰囲気を作り出せるか。「俺たちは大丈夫だ」という自信がチーム内、ピッチ内のあちこちに生まれるような働きかけができるか。それができれば、若い選手もきっと僕らに追随して、のびのびとプレーできるはずだし、その中で生まれる仲間との結束は、必ずチームの結果にもつながっていくと信じています。
実際、松波(正信)さんの監督就任から初陣となった浦和レッズ戦まで、全員で練習ができたのはわずか1日でしたが、少なからず僕はチーム内にプラスの空気を感じたし、浦和戦を戦っていても久しぶりに、みんなの躍動感を感じました。それぞれの表情や目つきが明らかに変わり、お互いへの要求も増えました。どうしたいのか、どうすればいい流れになるのか、監督を含めてポジティブな言葉のキャッチボールもたくさんありました。だからこそ…「さぁ、ここからや!」とみんなが1つになれた松波さんの初陣で、攻撃陣がこれまではなかった得点の匂いを漂わせてくれていた中で、僕の軽率なミスで失点につながったのは悔しさしかない。それが0-3というスコアに大きく影響してしまったのも情けない限りで、当日の夜は朝まで眠れませんでした。
ただその中で思ったのは、僕にできることはそれを糧に「2度と同じミスはしない」と誓って自分が成長すること。信頼を取り返すのはピッチでのパフォーマンスしかないということ。また、今のチーム状況を思えば、この先も前がかりに戦いを進める試合が増えるであろう中で、僕を含めた守備陣がより強固に後ろを締めていかなきゃいけないということです。
ミスには必ず原因と意味があります。原因については映像を見返すことで、何を修正すればいいのかすぐに明らかになりますが、大事なのはそこにある『意味』を自分がどう受け止めるか、だと思っています。そして、今回、チームとして新たなスタートを切った最初の試合で大きなミスをしてしまったことの意味は、この先の戦いを気を引き締めて臨め、ということであり、大きな教訓としてチームに還元していけ、ということだと受け止めています。そのことをしっかり心に据えて、この先も戦っていきます。
思えばガンバが三冠を実現した14年は前半戦で勝ちあぐね、14試合を終えて16位という成績で、ワールドカップ開催による約2ヶ月間の中断に入ったと聞いています。もちろんあの時と今とではいろんな状況が違うのは百も承知ですが、当時、ガンバが起こした残りの試合でのミラクルは間違いなく、その状況に置かれても誰一人として『タイトル』を諦めなかったから成し得ることができたと思っています。今のチームには当時を知っている選手も少なくなりましたが、サポーターの皆さんは違います。その歴史を肌身で経験された方が今もたくさんいるはずです。そして、だからこそこの状況にある今も、僕たちと共に戦い続けてくれているのだと思います。今、チームにはもう、以前の「もう10試合も終わってしまった」という感情はなく「まだ11試合だ」というポジティブな感情が生まれています。だからこそ、ガンバのミラクルを経験してきた皆さんとともに、僕たちもミラクルを起こせると信じて戦い続けます。ミラクルを信じる人にしか、ミラクルは起きないと思うからこそ。
昌子 源Gen Shoji
1992年12月11日生まれ。
兵庫県出身。
11年に米子北高校から鹿島アントラーズに加入。14年には自身初のJ1リーグフル出場を実現するなど主軸選手に成長を遂げ、16年のJ1リーグや天皇杯優勝、18年のAFCチャンピオンズリーグ制覇などに貢献した。
18年12月にトゥールーズFCに完全移籍。すぐさまレギュラーに定着するも2シーズン目はケガに苦しみ長期の戦線離脱に。その状況を踏まえてJリーグへの復帰を決断し、20年から3シーズンはガンバ大阪で、23年は鹿島アントラーズでプレー。24年はFC町田ゼルビアに完全移籍となった。
14年に日本代表に初選出。2018FIFAワールドカップ ロシア出場。