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Vol.27 監督として初めて戦った、フルシーズン

  • 2021.11.25

    Vol.27 監督として初めて戦った、フルシーズン

BRAIN〜ズミの思考〜

クラブとしても、僕個人としても初めて挑んだJFLでのシーズンも残り2節となった。FCティアモ枚方は最終節が試合のない週にあたるため、11月27日に戦うホームでの33節・ソニー仙台FC戦が今年最後の公式戦になる。
現在、ティアモの戦績は31試合を終えて13勝12敗6分、勝ち点45の7位だ。色んな方から「昇格1年目なのに、素晴らしい」という声を掛けていただいているが、先制点を奪った試合が19試合あり、その成績が11勝4分4敗だったことを考えると、リードした後の試合運びに課題があったのは明らかで、勝ち点にも物足りなさを感じている。
また、得点数はリーグ3位の52に対し、失点数はリーグ最多の56。僕自身『失点を減らすことより、得点を増やすことの方が難しい』と考えていて、選手の組み合わせや練習内容も、常に『攻撃』の構築にフォーカスをあてて取り組んできた。だからこそ、得点が奪えているのはポジティブな要素だと思っているが、失点数でリーグワーストを数えたのはさすがに予想外だし、もっと上を目指すなら改善しなければいけないとも思う。またシーズンの終盤まで3位をキープしていたと考えれば、ここ最近の連敗、失速は監督の力のなさだと認めざるを得ない。正直、昨年は新型コロナウイルスの影響でハーフシーズンしか戦えなかったのに対し、今年は初めてフルシーズンを戦ったが、それによって僕自身も課題やサッカーの難しさに直面することも多かったように思う。

特に、今年のチームは前半をいい内容で進められても、後半にガクッとプレーの質、精度が落ちてしまい、相手に押し込まれることが多かった。先に書いた『リードした後の試合運び』にもつながる部分だが、これは監督としてハーフタイムに出す指示や相手の変化への対応、交代枠の使い方のところで、もっとやれることがあったんじゃないかと思っている。自身の現役時代を振り返っても、監督が試合前やハーフタイムに選手に掛ける言葉、接し方は、試合に臨む選手に大きな影響を与える。その点で、後半の出来がよくない試合が多かったとか、退場者が出た2試合で、10人になった中でのゲームプランや残り時間の進め方を明確にできなかったのは、間違いなく僕自身の未熟さゆえだと思う。
また、選手の調子やモチベーション、コンディションの見極めにも昨年以上の難しさを感じた。選手個々のプレースタイル、能力を発揮させるために、どのポジションで使えばいいのか、誰と誰を組み合わせるのがいいのか。考えることは常に多岐にわたる中で「勝った試合は選手のおかげ、負けた試合は監督である自分の責任」だという考えのもとで仕事をしているからこそ、正直、負けが続くと自分を失いそうになったし、次から次へとやってくる試合に向けて自分自身が気持ちを切り替えて次に向かうことや、メンタルを保つ難しさを感じることもあった。

以前から話している通り、僕はゲームプランを考え、選手を選び、タスクを与え、チームが勝つために頭を働かせることに監督という仕事の面白さとやりがいを感じている。だが、1年という長丁場の戦いでは思い通りに進むことばかりではなく、いろんなアクシデントに見舞われる。シーズンの開幕当初と32節のスタメンが全く違うメンバー構成になったのも、それを指し示す出来事だろう。そうした状況でもチームとして狙いとするサッカーを表現できたのは収穫だが、それらを全て結果に結びつけられたのかといえば、そうではない。今シーズンの戦いを通して感じた課題、初めて直面する出来事に向き合うことで得た学びを糧にしながら、クラブ、チームとしてさらなる成長を目指し続けなければいけない。

最後に、Jリーグでは毎年、11月も半ばを過ぎると契約満了や引退のニュースが世間を賑わせるが、JFLも例外ではない。当然ながら監督である僕がこの1年、どんなサッカーを目指し、メンバーを起用したのかによって、試合に絡めない選手もいたわけで、その結果、引退という決断につながったり、契約満了になる選手もいる。それだけ監督という仕事は、選手の人生を大きく左右する仕事なのだ。だからこそ、僕も人生を賭けて誠実に、信念を持って監督という仕事に向き合い続けようと思う。

  • 小川 佳純Yoshizumi Ogawa
  • Yoshizumi Ogawa

    1984年8月25日生まれ。
    東京都出身。
    07年に明治大学より名古屋グランパスに加入。
    08年に新監督に就任したドラガン・ストイコビッチにより中盤の右サイドのレギュラーに抜擢され、11得点11アシストを記録。Jリーグベストイレブンと新人王を獲得した。09年には、かつてストイコビッチも背負った背番号『10』を背負い、2010年のリーグ優勝に貢献。17年にはサガン鳥栖に、同年夏にアルビレックス新潟に移籍し、J1通算300試合出場を達成した。
    20年1月に現役引退とFC TIAMO枚方の監督就任を発表し、指導者としてのキャリアをスタートさせた。

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