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Vol.48 川崎フロンターレ戦で思ったこと。

  • 2022.03.15

    Vol.48 川崎フロンターレ戦で思ったこと。

発源力

©GAMBA OSAKA

ジュビロ磐田戦は1-1の引き分けに終わりました。前節の川崎フロンターレ戦が少し、重い雰囲気で試合を終えていたからこそ、それを払拭するためにも磐田戦でどんな戦いを見せられるか、どんな結果を得られるか、に気持ちを揃えていただけに、勝てなかったのは悔しいです。ただ、終了間際までしぶとくゴールを目指して勝ち点1を奪えたことはポジティブに受け止めたいと思っています。個人的には少し練習中に強烈な打撲をくらってしまい…磐田戦には出場できませんでしたが、肉を食べてすぐに治すのでご心配なく!僕もまたチームの3戦負けなしの流れにしっかり乗っていけるようにしたいと思います。

チームはすでに前に進んでいると考えれば、ここで再び川崎戦の話をするべきか迷いましたが、自分なりにここでしっかり整理して前に進みたいと思ったので、僕なりに感じたことを少し話してみます。
まず、試合終了間際に同点に追いつかれたことについて。試合中に起きたミスは基本的に『チームとしてのミス』だと受け止めているからこそ、僕自身、試合後に改めて最後のシーンを見直してみました。慧(石川)が、相手の小林悠選手に背後からボールをかっさらわれ、ダミアン選手に繫がれ、失点したシーンです。
あの時間帯、慧が相手のシュートをキャッチした状況で、僕が第一に考えたのは、できるだけ『DFラインをあげること』でした。それによって、川崎の小林選手やレアンドロ・ダミアン選手を自分たちのゴールからできる限り遠ざけるために、です。慧の蹴ったキックを前線のパトリックが競ったとして、そのセカンドボールを仮に相手に拾われてしまったら、ラストワンプレーでカウンターを許す可能性が出てきます。そうなった際に、相手の前線の選手が僕らのゴールに近い場所にいる状況は得策ではありません。慧がボールを受けた瞬間、僕がすぐにラインをあげるジェスチャーをしているのもそのためでした。ましてや、ゴールキーパーには『6秒ルール』があります。それを踏まえても、僕らはわずか2〜3秒でできるだけ高くラインを上げることを考えなければいけません。だからこそ、後ろにいる慧を気にするより、まずは『DFラインをあげること』に注力したプレーを選択しました。

その中で、あの失点シーンが起きたのですが、慧のプレー、判断を僕がどうこう言うつもりはありません。ゴールキーパーにはGKなりの考え、判断がある中で、大事なのは起きた事象に対して互いの役割がどうだったのかを共有し『チームとしてどこを改善すべきか』を明確にすることだからです。そもそも、サッカーにおける全てのミスはピッチ上のいろんな流れ、いろんなプレーが重なって起きると考えても、誰が悪かったのかを問いただすつもりはないし、すでに、あのシーンについては川崎戦後には慧を含めてしっかりとコミュニケーションをとっています。戦術のこともあるので多くは話せませんが、改善点は共有しています。磐田戦はその部分をそれぞれに意識して臨んでいたのも事実で、こうしてチームは前に進んでいくべきだと思います。

そして、ファン・サポーターの皆さんもガンバの一員として同じ気持ちでいてくれたらいいなとも思います。あの試合後、一部のサポーターからブーイングが起きました。それ自体、ルールを破っている行為なので僕は間違っていると思っていますし、ほんの一部の人がルールを破ることで、チームも、選手も、ルールを守って観戦している皆さんもひっくるめて『ガンバはルールを破っている』いう見られ方をするということを重く受け止めて欲しいと思っています。と同時に、それらのブーイングがチームに向けられたものならまだしも、誰か個人に向けたものなら僕は断固として許しません。それは今一度ここではっきり伝えておこうと思います。僕らはチームで戦っています。そんな僕らと一緒に戦おう、前に進もうと思ってくださっている皆さんなら僕の言いたいことを理解してくれることを祈ります。

もう1つ、あの試合はガンバにとって違う意味で重く刻まれた試合になりました。貴史(宇佐美)の負傷交代のシーンはきっと今も皆さんの頭の中に鮮明に残っているのではないでしょうか。あの瞬間、チームに、スタジアム全体に感じた『動揺』は大きく、だからこそすぐに「切り替えろ!動揺するな!やることは変わらないぞ」と自分も声を荒げましたが、本当のところ、それは僕自身の動揺を落ち着かせるためでもありました。そのくらい、チームに走った激震は大きかったと言えます。と同時に、あの時スタジアム全体に漂った動揺は、ある意味、ガンバにおける宇佐美貴史の存在の大きさを示していました。それを踏まえても、彼の離脱がどれほどチームにとって大きな痛手であるのかは言うまでもありません。今シーズンの彼はプレーもさることながら、副キャプテンとしてチームを引っ張る姿勢も、若い選手に声をかける回数も、明らかに昨年までとは違いました。今年に賭ける彼の思いも特別なものだと感じていました。

だからこそ、離脱をすごく残念に思うし、僕ら以上に彼自身が本当に悔しい思いをしているんじゃないかと思います。そのことを想像しながら僕に何ができるのかを改めて考えましたが、ありきたりながら、彼のために、彼の分も、という思いしかありません。貴史が示してきたプレーでの特別な存在感を、僕が代わりにできるわけでも、背負えるわけでもないですが、何よりも彼が願っているガンバの勝利のために力を注ぎ続けて、彼の復帰を待ちたいと思います。
貴史が離脱してから、彼とかつて話したある言葉が自分の中で蘇っています。ロシアワールドカップのベルギー戦を終えた後、めちゃめちゃ泣いている僕に彼がかけてくれた言葉です。
「カタールは、俺らの世代でリベンジしようぜ」
改めて自分の日本代表への思いを再燃させてくれているこの言葉を胸に、Jリーグの戦いに戻ろうと思います。

  • 昌子 源Gen Shoji
  • Gen Shoji

    1992年12月11日生まれ。
    兵庫県出身。
    11年に米子北高校から鹿島アントラーズに加入。14年には自身初のJ1リーグフル出場を実現するなど主軸選手に成長を遂げ、16年のJ1リーグや天皇杯優勝、18年のAFCチャンピオンズリーグ制覇などに貢献した。
    18年12月に完全移籍が発表されたトゥールーズFCでもすぐさまレギュラーに定着したが、2シーズン目はケガに苦しみ、長きにわたり戦線離脱。その状況を踏まえてJリーグへの復帰を決断し、20年2月にガンバ大阪への完全移籍が発表された。
    日本代表にも14年に初選出。18年のワールドカップ・ロシア大会でもレギュラーとして活躍した。

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