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近藤岳登×セレッソ大阪FW都倉賢<前編>

  • 2019.09.16

    近藤岳登×セレッソ大阪FW都倉賢<前編>

REIBOLAスペシャル対談

現役サッカー選手と元サッカー選手によるREIBOLAスペシャル対談。
第4回目のゲストは、セレッソ大阪に所属する都倉賢選手と、タレントとして我が道を邁進中の近藤岳登さん。
今年5月に負った右膝の大ケガからの復帰を目指す都倉選手と、かつては2年にわたるリハビリ生活を経験した近藤さんが、ケガのことやヴィッセル神戸時代のこと、セカンドキャリアについてなど、幅広く語り合いました。

(取材日/2019.09.06)

都倉賢(以下、都倉) やや、久しぶりだね。
近藤岳登(以下、近藤) 付き合いたてのカップルか! 前回、会った時から10日くらいしか空いてね〜わ。
都倉 この企画、これまで誰が出たんですか?
近藤 加地亮VS二川孝広』『岩政大樹VS野沢拓也』『中澤聡太VS家長昭博』だって。
都倉 まじ?! そこに比べると、俺らのインパクトじゃあ、弱くない?!
近藤 そこは勢いでごまかそう(笑)。で、リハビリは順調? 右膝の手術から3か月くらい経ったよね?
都倉 めちゃ順調です。と言っても、復帰まで8ヶ月と時間がかかるケガだから、特に何かができるようになったわけではなく…目標に対して早すぎず遅すぎず3か月が経ったというだけですけど。でも俺の中では、3か月が1つ目のポイントだったというか。というのも、3ヶ月目に入る最後の2〜3週間は、やれることも増えてきたけど、これ以上は強度は上げちゃダメって段階で、やたらとセット数ばかりが増える忍耐の時期だったから。誰に聞いても「この時期が一番キツい」と言われていた通り、俺もかなりブーブー言いながらやっていました。でも、あまりにやる気が出ない時は、SNSでみんなに「頑張れって言ってください!」って投げかけてエールをもらうとか、音楽をガンガンにかけるとか、自分なりにモチベーションが上がる方法を見つけて乗り越えられました。ガクさんもFC大阪時代は半月板を痛めて、2年くらいリハビリをしていましたよね?
近藤 半月板を損傷して、オペをするために膝を開けたら「軟骨がない!」と発覚して。ないというか、使いすぎで磨耗してしまったんだけど。でも、半月板を取り除いた後に軟骨がないと、骨との間にクッションがなくなるからめちゃめちゃ痛みが出ると言われ…。なのでとりあえず1年間はその状態でやった後、翌年にオペをして軟骨の再生手術をした。ドクターには「よくこの状態でサッカーができていましたね!」って驚かれたよ。
都倉 まぁ、別にサッカーはしていなかったもんね…。
近藤 そうそう、俺の場合、ファン感をめちゃめちゃ頑張ったら年俸が上がっていたから…。ってバ〜〜カ!!! ちゃんとやってたわ!
都倉 じゃあガクさんの場合は、最初の山場は3か月どころの話じゃなかったんだ。
近藤 俺の場合は、軟骨を一旦取り除いて、他の機関で培養させてからまた戻すっていうチャレンジをしたし、軟骨を自分の膝に戻してからも、それがしっかり育つまでは加重をかけると潰れちゃうからずっと松葉杖生活で…普通に歩けるようになるのに半年くらいかかったよ。でも、結局、長期のケガって自分の気持ちとの戦いだから。その状況をネガティブに捉えるか、ポジティブに考えるか、だから。俺もお前も、もともとの性格から間違いなく後者だと思うけど。
都倉 ここまでの大ケガは初めてで…最初の2日間はマジで落ち込みましたけどね。落ち込むというより「あ〜もう、しばらくサッカーができないじゃん」っていうつまらなさですよね。それに、ちょうどケガをしたタイミングってコンディションも上がってきて、ロティーナ監督のサッカーもいい感じでチームに浸透し始めていた時だったから。チームが成長していく過程に自分がいられないのは心残りでした。でも、ガクさんの言うように、もともと俺は、その時々でやれることにベストを尽くすってスタンスでいろんなことに向き合ってきたので。3日目くらいからは「今、自分ができる最善の策を選んでいこう」という感覚になれました。あと、落ち込んでいた最初の2日間に、同じケガをした経験者にひたすら電話をしまくったんです。その時に「靭帯や骨折って、それがしっかりとくっつけば元の組織より強くなる」って聞いて、自分のケガを論理的に受け止められたのも大きかった。
近藤 あと、抜群にいいタイミングでケガをしたよな。今シーズンの復帰に間に合うかもしれないようなタイミングだったら、多少焦ってでもそこに間に合わせようとしたはずだから。
都倉 俺もそう思います。ケガをしたのは5月11日の横浜Fマリノス戦でしたが、その時点で今シーズンの復帰は確実に無理でしたからね。しかも、リハビリがシーズンオフにかかるから、プラス2〜3か月、コンディションを良くするために時間を使える、と。だからこそ、半年で治すくらいの気持ちでリハビリに臨みながらも、無理にカリキュラムを前倒しにしたり未来を見過ぎないで「今」やるべきことをしっかりやりながら着実に段階を踏んで、自分が納得いく状態でピッチに戻ろうと思えた。
近藤 そう考えられたのは、病院にお見舞いに行った時の俺のアドバイスが良かったんだろうな…。
都倉 えっと…何も言われてない。
近藤 うん。俺、お前にコーヒーをお届けする係だったしな。
都倉 ある意味、スターバックス代わりでした。ただ、入院中はとにかく暇で喋り相手が欲しかったから、マジでそこは救われました。

近藤 岳登

近藤 オペした後の入院生活ほど暇なものはないからね。しかもタイミング良く、俺も仕事がめちゃめちゃ暇だった!
都倉 さすが、売れない芸人!
近藤 おい。でも真面目な話、都倉は性格的に乗り切れるタイプだと思っていたから心配はしていなかったよ。だってお前みたいに、常に格好いい自分を周りに見せたい男って、今回のようなケガでさえポジティブに捉えて…言い方は悪いけど、ケガをも金に変えてやろうとか、自伝を書くときのネタにしてやろうとかって思うはずだから。
都倉 よくわかりましたね。
近藤 それにちょうど、ブラジル人FWのブルーノ・メンデスが調子上げてきていたところだったからケガをしなくてもレギュラーを奪われていた可能性もあったし。そういう意味でもすごくいいタイミングだった。
都倉 おい(笑)!
近藤 実際あの頃は、チームもサポーターも都倉、都倉って盛り上がっていて、復帰を一番待ち望んでもらえるタイミングだったしね。実際、パナソニックスタジアム吹田でのガンバ大阪との『大阪ダービー』でのサポーターによる『9』のコレオグラフィには鳥肌が立った。

都倉 賢

都倉 あれは相当嬉しかった。練習でもチームメイトがみんなで『9』の練習着を着用してくれて…曜一朗(柿谷)が先頭に立ってやってくれたらしいけど、大事な『大阪ダービー』前に、俺なんかのために申し訳ないって思うと同時に、本当に励まされた。
近藤 でもあれ…実はフォルランのため、だよね?
都倉 そうそう。『フォルラン、引退おつかれさま』って思いを込めた『9』…じゃね〜わ!
近藤 でも、加入して間もない都倉をあんな風に受け入れてくれる仲間の姿をみて、セレッソって本当にいいチームだなって思ったよ。きっとあれを見て前所属のコンサドーレ札幌のサポーターやヴィッセル神戸のサポーターだって「かつての仲間がこんなにも愛されている」って分かって嬉しかったはずだしさ。
都倉 あと、ガクさんの『R-1ぐらんぷり2019』での準決勝進出も励みに…。病室で言ってくれましたよね。ベーブルースの約束のホームラン、みたいに「必ず優勝するから、お前もそのケガをちゃんと治せ」って。
近藤 言ってね〜わ。お前がケガをした時期は、とっくに敗退してたわ。
都倉 あ、それは神戸時代にケガをしたガナさん(我那覇和樹/カマタマーレ讃岐)にめちゃめちゃ熱く語っていた言葉か…。
近藤 やめろ。それを納会で発表して、俺を奈落に落としたのはお前だからな。しかも、クラブハウスのホワイトボードにも、その言葉とともに「by 岳登」と書かれ…以来、お前にくさいセリフは言わないように警戒しているから。今の時代はSNSですぐに拡散されるし、自分がいないところで滑らされるのが一番怖い。
都倉 (笑)。でも、俺は今のガクさんの姿っていいなって思っているんです。俺も引退後は、自分のパーソナリティやバイタリティを生かせる職業に就きたいと思っている中で、ガクさんはまさにそういう活動を続けているから。もちろん、やりたくないことやらなきゃいけないこともある意味、社会に出るってことかもしれないけど、それは頭で理解しながらもやっぱり俺は自分に合うことをしたいし、俺以外にもガクさんの姿を見て「これでいいんだ」ってメッセージだと受け取っている人はたくさんいると思う。ってか、そもそもガクさんはなんで今の道を選んだのですか?
近藤 プロサッカー選手としてスターになれなかったから。だからこそ、スターになった選手にすごい嫉妬があり…。だって俺自身は、本田圭佑(メルボルン・ビクトリーFC)とか長友佑都(ガラタサライ)に負けているなんて思ったこともなかったから。だからこそ引退するとなった時に、次のキャリアでは人から格好いいと思われたり、女の子にモテまくるレベルのスターになってやると思ったし、それを実現するにはこの道しかなかった。それに、人生はやりたいことをやらないと楽しくないしね。俺の場合、結婚もしていないから身軽だしさ。
都倉 周りの芸人さんは例えばNSCというタレント養成所出身の人も多い中で、まったく違うジャンルから飛び込んで行くことに怖さはなかったですか?

近藤 全くなかった。だって、芸人さんが努力してきたのと同じように、俺だってJリーガーとしてサッカーを極めるために、プロとしていろんなことにシビアに向き合って、いろんなことを培ってきたから。でもこれは俺だけではなく、サッカー選手みんなに言えることだと思う。サッカー選手って「俺はサッカーしかやってこなかったから社会のことは何もわかりません」って言う人が多いけど、それこそ小学1〜2年生の頃からサッカーを始めて、そこだけに一心不乱に注ぎ込んできたからプロになれたわけで「俺はサッカーを懸命にやってきた。だから、次の世界でもこのキャリアを活かして活躍するよ」って胸を張って生きればいい。都倉は、そういう自分のブランディングとか、見せ方を今の時点でしっかりと理解しているし、だから、現役中からSNSなどを活用していろんなことを発信し続けているんだと思うけど、そうじゃない選手は本当に多いと思う。
都倉 選手って毎日、確実に引退の時期が近づいてくるわけで、それをわかっていればこそ、現役中に種を蒔けるところには蒔いておきたいですからね。そのための方法の1つとしてSNSって何よりも早く、設備投資なくできるし、それもあって今年からハシさん(橋本英郎/FC今治)とFacebook上での『Jリーガーとキャリア研究サロン』を始めたんです。僕らサッカー選手って社会と接する『面積』が圧倒的に少ないからこそ、オンライン上とはいえ、違う業種の人や主婦など、じっとしていても出会えない人と同列の立場で議論を交わしたり、企画を考えるのは『面積』を広げることに繋がるな、と。
近藤 社会で生きていく上で大事なのは『Jリーガー』という肩書きではなくて、都倉賢のパーソナリティだからね。そこは俺も同感でセカンドキャリアで大事なのは『Jリーガー・都倉賢』ではなく『都倉賢』だと思う。ただ、言っていることと矛盾するようだけど、今現在Jリーガーであるうちは、それを武器に自分を売り込めばいいと思う。だってJリーガーであることは、SNSなどのフォロワー数の伸びにも大いに関係するから。それは俺も同じで、R-1や『アウト×デラックス』(フジテレビ)に絡めたことによって、その番組のファンをフォロワー数として獲得できた。だからこそ、その武器は生かしながら、でも、サッカー選手じゃない都倉賢がどんな人間かを世間に知らせることが、セカンドキャリアに直結していくんだと思う。でも、最近は本田圭佑も然り、現役中からサッカー選手ではない自分を売り出す選手が増えてきたよね。一昔前はサッカー以外のことをやると「そんな時間があるならサッカーをやれよ」って叩く人もいたけど、正直、今はサッカー選手がサッカーだけをやっている時代ではないしね。
都倉 俺は、少なくとも他のことをやることで、サッカーの考え方や柔軟性につながったり、それによって、これまでとは違うトレーニング方法に出会えたり、全然関係がないと思っていたことがサッカーの本質の部分に実は直結していたという経験をしてきましたからね。今はこのスタンスでサッカーに向き合うことが、サッカーにも、自分自身にとってもいいと思っているけど、そこは選手各々が決めればいいと思います。それを分かった上で「サッカーだけに集中したい」と考えるのも悪いことではないですしね。ただ、Jリーガーであることって自分を表現するツールの1つでしかないのに、人生の大きな目的だと捉えてしまっている人は今後、大変になるんじゃないかなとは思います。…って、俺がそんなふうに考えられるようになったのはいろんな経験をしてきたからでもあるので、この話を21〜22歳の選手に言ったところで響かないかもしれない。でも、僕みたいなタイプもいるってことを選択肢の1つとして持てればきっと変わっていくものはあると思う。実際、今の時代は自分を表現したり、自分でファンを獲得できるツールがたくさんあって、報道には引っかからないことでも自分で伝える術はいくらでもある。だからこそ、そういう機会ロスはなくした方がいいと思う。
近藤 そういえば『都倉シート』の動きも面白くていいよね。
都倉 あれもケガをきっかけに、リハビリ中のモチベーションをあげようと、最初は『返り咲きカウントダウン』ってハッシュタグを始めて。自分を自分で応援する姿を周りの人にも見て、応援してもらうことで、もっとモチベーションをあげよう、というところからスタートしたんですけど。そしたら『#返り咲きカウントダウン』が似たようなケガをしている人や、復帰に向けてなんらかの問題を抱えている人たちに共感され始め、そういう人たちがSNSに『#返り咲きカウントダウン』をつけて投稿してくれるようになった。それによってハッシュタグ上だけど小さなコミュニティが生まれたので、共感の輪の受け皿として『都倉シート』を始めました。で、来てもらった人全員に、桜の花びらをした紙にメッセージを書いてもらって木の絵にそれを貼ってもらい、シーズンが終わった時にはみんなのメッセージで満開になる、みたいな。そんな風に何かに共感し、行動を起こしたことが新しい何かを生み出すという体験ができれば、賛同してくれた人たちも一緒に楽しめるかなと思っています。プラス、いま新たに計画しているのが、この企画をメッセージボードで終えず、できればセレッソに関わるどこかの場所に本物の桜の木を植えること。そこに「寄贈 返り咲きカウントダウン」と残すことで、未来永劫みんなの思いがクラブの概念となり、ケガなどからの復帰を目指す人、応援する人のコミュニティがずっと続いていけばいいなと思っています。
近藤 そういうアイデアがある選手は、どんどんクラブに伝えていくべきだと思う。クラブ側から言われたことだけを受け身でやるのではなく、選手目線でいろんなことを発信していければ、きっとまた違う活動の広がりが見られるはずだから。
都倉 もっと言えば、今回の『都倉シート』とは別に、例えば余っている座席を選手とクラブとが一緒にプロデュースして、その選手の『色』を盛り込んだシートにして売り出し、売り上げの一部が選手に入るような仕組みを作るとかね。Jリーグのスタジアムにはまだまだ可能性があるというか、そうした働きかけによって集客アップが見込める方法はたくさんあると思うんです。実際、ドイツなんかでは、現場と運営側とでまったく違う評価基準があり、例えばチームの成績がどんなに悪くても集客数が増えたっていうことが実際に起きていますからね。要するにクラブはクラブとしての最大値を目指し、チームはチームとしてサッカーで最大値を目指すと。クラブってその両輪が噛み合ってこそ大きくなるはずだから。
近藤 そういう意味では僕たちが所属していたヴィッセル神戸は…どうなんだろうね。
都倉 その話にいきますか? 濃すぎて今までの話がボツにならないか心配だな(笑)。

<PROFILE>
近藤岳登(こんどう・がくと)
1981年2月10日生まれ。愛知県出身。
高校卒業後に進学した大阪体育大学はわずか1ヶ月で中退し、サッカーとは無関係の日々を過ごしたものの、再び『プロサッカー選手』への思いを強くする中で03年にびわこ成蹊スポーツ大学に入学。その中で頭角を表し、26歳になった07年にはヴィッセル神戸に加入し、6シーズンにわたってプレーする。13年は水戸ホーリーホックに移籍。初のJ2リーグを戦った後、14年からは当時関西サッカーリーグ1部に所属していたFC大阪に活躍の場を移す。そこからの4シーズンは膝の怪我、手術、リハビリと苦しい時間を過ごしながら17年にはピッチに戻ったものの、同シーズン限りで引退した。
現在はよしもとクリエイティブ・エージェンシーに籍を置き、タレントとして活動中。今年2月に行われた『R-1ぐらんぷり2019』では準決勝に進出した。

<PROFILE>
都倉賢(とくら・けん)
1986年6月16日生まれ。東京都出身。
05年に川崎フロンターレでプロサッカー選手としてのキャリアをスタートさせるも、最初の3年間はほとんど出場機会がないまま08年の途中にJ2リーグのザスパ草津に期限付き移籍。完全移籍となった09年はほとんどの試合で先発し、23得点を挙げた。その活躍が認められ、10年にはJ1リーグのヴィッセル神戸に移籍。4年間プレーしたのち海外移籍も模索したが叶わず、14年3月にコンサドーレ札幌への加入を決めた。その札幌では、14年から3年連続二桁得点を叩き出し、16年のJ1昇格にも大きく貢献。J1リーグに戦いの場を移してからも18年にJ1リーグでは自身初の二桁得点を記録するなどしながら活躍を見せ今年、セレッソ大阪に完全移籍。5節のベガルタ仙台戦では初ゴールも刻んだものの、11節の横浜Fマリノス戦で右膝を痛めて長期離脱を余儀なくされた。

text & photo by Misa Takamura

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