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Vol.13 FC Liens U-15ヘッドコーチ/小谷泰監督

  • 2020.02.04

    Vol.13 FC Liens U-15ヘッドコーチ/小谷泰監督

指導者リレーコラム

もともとは、教員として中体連の部活動で指導にあたっていたが、大阪市立今市中学校に赴任後、部員減少を機に、クラブチーム発足を決意。11年に大阪の地にFC Liensを立ち上げ、U-15ヘッドコーチに就任した。指導する環境は変わっても、その情熱は衰えを知らず、むしろ年々高まっている印象だ。選手の人間性を育みつつ、『ボールを持てる選手に育てたい』という言葉の裏にある狙いとはー。

(取材日/2019.12.19)

ーSFTC Partidaの田中章博監督からご紹介ただきました。

小谷 先日、茨木市立平田中学で練習試合をしていたら、田中先生がランニングの途中に立ち寄ってくださって『次、頼むわ〜』と言われました(笑)。私は現在、大阪市立玉津中学校の教員ですが、それこそ田中先生が摂津市立第三中学校でサッカー部を教えられている時代、僕が教員として駆け出しだった頃から可愛がっていただいています。田中先生が関西トレセンを立ち上げられた時にも、僕が大阪市トレセンに関わらせていただいていたことからいろんなアドバイスをいただきましたし、大阪府トレセンで指導するようになってからも常に情報交換をさせていただいています。当時も今も常に我々の先を走っていらっしゃる先生にご紹介いただいて恐縮しています。

ー現在、監督を務められているFC Liensは小谷監督が立ち上げたチームですか?

小谷 そうです。僕は教員になった時からずっと中体連のサッカー部を見てきましたが、教員には転勤がつきものですから。サッカー部だけのことで言うと、赴任して5年目くらい経ってようやく自分の色やチームカラーが出来上がってくるのですが、10年経つとまた転勤になってしまう。…ということを繰り返してきた中で、時代の流れとともに少しずつ中体連の部活動のあり方も変化してきましたからね。50歳を過ぎて、部員数が減ってきたこともあってクラブチームを立ち上げようと思い、11年にスタートしました。次の新中学1年生が10期生と、大阪の中では後発のクラブなので、勝ち負けも大事に考えながら、まずは個人を伸ばすことに重きを置き、高校生年代になったときに通用する選手の育成を目指しています。

ー個人を伸ばす上で、大切にされていることを教えてください。

小谷 相手選手に囲まれても平気にボールを操れる足元の技術というか、『ボールを持てる選手に育てたい』という考えは第一にあります。最終的にサッカーはパスゲームだと思っていますが、ボールを持てる選手でなければ、ボールを離すこともできないからです。プロサッカー選手を観ていてもそうですが、巧い選手というのはボールを持てるから離せるし、ワンタッチ、ツータッチでプレーすることができる。少し前のFCバルセロナの選手を見ても然りです。どんな状況でもボールを持てる技術を備えているからプレッシャーがない時にはボールを運べるし、プレッシャーを受ければボールを動かしながら相手を剥がして優位な状況を作り出すこともできる。そもそも、足元の技術がなければ顔を上げてプレーすることができないので、サッカーにおいてすごく重要な『判断』もできないですしね。また、ジュニアユース年代は人間形成にも大きく影響を与える時期だけに、ここでの時間が選手の人間形成にプラスに働くものにしたいという考えもあります。というのも、僕自身、過去に大阪府トレセンなどでいろんな選手を見てきましたが、彼らのその後を見ていると、人間性がしっかりと備わっている選手は高校、大学などを経てプロにまでたどり着けているからです。逆に、人間性の部分が育っていない選手はどれだけ才能があってもサッカー選手としてステップアップしていけていない。であればこそ、サッカーが好きだという気持ちは大前提として、サッカーに向き合う姿勢や周りへの配慮、指導者が発した言葉にすぐに反応しようとするマインドなど、いろんな『学び』を意識させたい。うちのチームは、僕を含めた指導者に教員が多いという特性のあるチームだからこそ、よりその思いは強いです。自分に必要だと思うものは残し、いらないと思うものは切り捨てるといった判断ができる自立した選手を育てたいと思っています。

火、木曜日は鶴見緑地運動公園の
グラウンドで練習を行う。
足元の技術を培うトレーニングメニューも多い。

ートレーニングを見ていると、選手の皆さんがすごく楽しそうなのも印象的でした。

小谷 そうなんです。実際、体験練習に参加してくれる子供たちも、既存の選手がイキイキと楽しそうにやっている姿を見て、加入を決めてくれることも多いです。さきほども言いましたが、うちは後発のクラブで、チームの力量ということでみるとまだまだのチームですが、そのことと、さっき言ったような技術を磨く、サッカーが巧くなることは、決して比例するわけではないと思っています。もっとも、試合をする限りは常に「食ってやろう」と思って臨んでいますが、例えそれが勝利につながらなくても、選手が技術を磨くことで、「これができたな」とか「あのチャレンジは良かったよな」ということが試合の中で増えていけば、彼らの将来にも繋がっていくはずだし、いずれはチームの強さにも変わっていきます。であればこそ、楽しみながらも技術を備えさせることは大事にしていきたいです。

ー筋トレはされますか?

小谷 体幹とストレッチはしますが、トレーニングマシーンを使ってガシガシと鍛えるようなことはまずありません。ただ、鶴見緑地運動公園のグラウンドで練習を行う火曜日と木曜日は、グラウンドが使えるのが19時からなので、18時半には集まって、乳酸除去能力を高めることを目的に脈拍160くらいで20分間だけ走っています。それ以外の練習日は今市中学のグラウンドを練習に使わせてもらっているので、校庭の鉄棒で、体幹を鍛えるための懸垂をすることはあります。基本的に月曜日と水曜日がオフなので、その日を利用して個人的にトレーニングをしている選手はいるはずですが、そこには私は関与していません。ただ、プレーを見たら一目瞭然ですが(笑)。

ー中体連の部活動での指導とクラブチームでの指導で決定的に違うことはありますか?

小谷 どちらも一長一短があると思います。例えば、学校生活の中での部活動となると、我々指導者と生徒は校内で朝から晩まで一緒いることになるんです。となれば、当然、授業態度をはじめ、忘れ物が多いとか、先生への態度が悪いとか、遅刻をしがちだ、というような私生活が目に入ってしまう。その上で放課後、再び部活動で顔をあわせると…私も選手も学校生活で起きたことは一応リセットしているつもりですが、どうしても引きずってしまうところはあったんです。私自身、「この時間は、サッカーの時間だから切り替えよう」と思っていても、頭のどこかで学校生活のことが気になっていたし、それはきっと子供たちも同じだったんじゃないかと思います。でも、クラブチームとなれば完全に学校生活を切り離してサッカーに向き合えますから。仮に学校で嫌なことがあったとしてもフレッシュな気持ちでサッカーを楽しめるはずで、それはお互いにとっていいことなんじゃないか、と思います。といっても教員生活が長くなれば横のつながりもありますし、私以外の二人のコーチも違う中学の教員なので、いろんなことが自然と耳に入ってきたりもします。

大阪市にクラブを立ち上げて10年目。
小谷を含めて指導者に教員が多いのも特徴の1つ。

ー最近は、教員の方が地域のクラブチームで指導をされることも増えているのでしょうか。

小谷 中体連委員長をしている僕が言うのもなんですが、正直、近年は中体連のチームがだんだん衰退している現状もあり、選手がクラブチームに流れている傾向にあります。事実、Jクラブのジュニアユースチームはもちろん、地域のクラブチームでも強豪チームは増えていますしね。毎年、セレクションを実施しているクラブもあるくらいです。それもあって、全体の部員数が10人にも満たないという学校も珍しくはなく、サッカー部のある学校自体も減ってきましたし、それに伴い20〜30代前半の若くて、情熱のある教員がサッカーを教える場を失っています。でも、この世代の『選手育成』ということを考えると、それではもったいないですから。であればこそ、今後はもっと地域のクラブチームで教員が指導できるような体制が生まれていけばいいなとも思います。もっとも、今の時代は『働き方改革』を盛んに唱えられているとはいえ、勤務時間通りに仕事を終えられる教員はほぼいません。特に若い先生方は定時でさっさと帰るのが難しい現状もあります。ただ、この先はますます中体連の部活動が減っていくと予想すればこそ、サッカーを教えたいと思っている教員が指導できる場所を考えていかなければいけないと思っています。

ー教員としての仕事を終えて練習場所に移動し、クラブチームで指導にあたる。その情熱はどこから来るのでしょうか。

小谷 僕も含めて教員になった人間というのは『子供に関わる』ことが喜びであり、楽しさですから。そこで見られる子供の変化、成長が自分の生きがいだと言っても過言でもない。教員になった時からずっとそう思ってやってきたので、逆にサッカーを取り上げてられてしまう方が不安です(笑)。それに、部活動で指導していた時代も、クラブチームで指導している今も、生活はそう変わらないんです。部活動の場合は16時くらいから練習が始まって18時には終わりますが、それから教員としての仕事を片付けると学校を出るのはどうしても20時は回っていましたからね。今は授業が終わって、まず学校の仕事を片付けてから19時からの練習に来て、21時にはグラウンドを出ているので、1日の生活自体は大きく変わっていない。そういう意味でも、特にこの生活を大変に思ったことはないし、もしかしたら教えることの楽しさがその感覚を麻痺させているのかもしれません。

状況に応じた的確な判断をするためにも
「ボールを持てる選手に育てたい」と小谷は言う。

ー現在、所属選手は何人ですか?

小谷 うちはAチーム、Bチームを作らずにやっているので1学年25〜30人くらいです。もっと大所帯のクラブになると、ジュニアユース年代でも1学年40〜50人いるので、そこと比べても決して多くはないと思います。これは、うちのチームは指導者が教員や会社員で、クラブ運営で生計を立ててないということもあるのかも知れません。実際、指導者がクラブチームでの指導で生計を立てていこうと考えたら、必要諸経費を考えても最低1学年40〜50人はいないと成り立たないはずです。そう考えると、クラブチームで指導している教員の指導者が甘いと言われても致し方ないというか。チームが強かろうが弱かろうが、たとえ選手が集まらなくても、私たち指導者が飯を食べていける環境にあることが、自分の気づかないところで甘えにつながっていることもあるかもしれないですしね。ただ、その自覚があるからこそ、指導者の置かれている環境が子供たちの成長、選手としての将来に悪い影響を与えてしまうことのないように、ということは常に考えていますし、それ以上に将来、ここを巣立った選手が「FC.Liensでサッカーをしてよかった」と思えるようなたくさんの『気づき』を与えられる時間を提供していきたいと思っています。

ー次の指導者を紹介していただけますか?

小谷 奈良の法隆寺FC U-15の倉内清共くんを紹介します。彼も僕と同じ教員で、中瀬古宣夫さん(15年12月逝去)が平群町立平群中学校サッカー部の監督をされていた頃から平群中学のコーチをされていました。その後、中瀬古さんがディアブロッサ高田FCの総監督就任に伴って平群中の監督を退任された後も、倉内さんは同校で指導されていたのですが、そのあと、法隆寺FCを立ち上げられました。僕と同じ『教員監督』ですが、独特のサッカー観を持っていてすごく面白い指導者なので、いろんな話を聞いてみてください。

<プロフィール>
小谷泰(こたに・やすし)
1961年11月18日生まれ。
大阪府出身。大阪教育大学を卒業後、教員の道へ。現在は大阪市立玉津中学校で教鞭をとりながら、自身が11年に立ち上げたクラブチーム、FC.LiensU-15ヘッドコーチを務める。『Liens(リアン)』はフランス語で『絆』の意味。「人と人との絆の大切さを、サッカーを通して学ぶこと」をチーム指標にしている。大阪市トレセンアドバイザー。日本サッカー協会公認A級コーチ。

text by Misa Takamura

Vol.7 J1リーグ再開。そして、僕の右足首…。