『孫子』という兵法書に出てくる有名な一節に「彼を知り、己を知れば百戦殆(あやう)からず」という言葉がある。約2500年も前から語られてきた言葉で「戦いに勝とうと思うなら、まず相手のことを知らなくてはならない。相手を研究し、自分の得意・不得意についてよく理解すれば百回戦っても勝つことができる」という意味だと理解している。これは、サッカーにもあてはまるのではないだろうか。
と言っても、サッカーにおいては、先に自分を知り、その次に相手を知ることが大事だと思っている。この「相手」とは対戦相手はもちろん、同じチームの選手を含めて、だ。
僕の考える『いい選手』とは、自分の得意・不得意を知っている選手だ。一流の選手や長く現役を続けている選手の殆どがそれに当てはまる。どのポジション、どんなシチュエーションでより自分の力を発揮できるか。またプレーがうまくいかなかった時は、何故うまくいかなかったのかを理解している。また、味方選手の特徴、プレーの癖などをわかっているかどうかも『いい選手』に必要な条件だ。名古屋グランパス時代に一緒にプレーしたトゥーさん(田中マルクス闘莉王)は、対峙するFWについてスピードがあるかないか、利き足はどっちかなどを事前にリサーチするだけではなく、一緒に組むセンターバックの特性によって…例えば、スピードや高さ、どんなミスをしがちか、などによってもポジショニングや対応を変えていたと聞く。そんな風に細かいところまで敵や味方選手のことを把握し、自分のプレーに反映していたからこそ、あれだけのキャリアを築けたのだと思う。
僕も現役時代は、敵を背負ったプレーやフィジカルコンタクトが苦手だったため、判断や球離れを早くするとか、チェックの動き(ボールをもらう際に相手のマークを剥がす予備動作)を必ず行うなど、少しでも相手との接触を避け、フリーでボールを受けられるように工夫していた。そんな風に、自分を知り、相手を知ることの必要性は、監督としての仕事にも感じていることだ。自チームの選手たちそれぞれの長所・短所や、チームとしての長所・短所を把握し、どうすれば長所を活かせるか、短所を隠せるかを考える。その上で対戦相手を知り、勝つために何をすべきか策を練る。それができれば百戦勝利とはいかなくとも勝つ確率を上げることは可能だろう。
こんな話をしていると、市立船橋高校時代に布啓一郎監督(現松本山雅FC監督)に言われた言葉を思い出す。「お前の長所はなんだ?」と聞かれ「キックの精度です」と返した時のことだ。
「セットプレー以外でその長所を全く活かせていない。流れの中でその長所をどうすれば出せるのかを考えろ」
その言葉を受け「流れの中でキックの精度を活かす場面はクロスボールかシュートだな」と考えた僕は、以降、ファーストタッチで自分が蹴りやすい場所にボールを置く練習と、苦手だったドリブルでの仕掛けからのクロスをひたすら練習した。もちろん、キックの練習も、だ。そのおかげで、プロになってからもファーストタッチとキックの精度を常に自分の長所として戦ってこれたんだと思う。
その経験からも、これからプロを目指している中高生やサッカーがもっと上手くなりたい、もっといい選手になりたいと思っている人には、まずは自分を知ることから始めてみて欲しい。それによって、サッカーが巧くなるきっかけを掴めるかもしれない。
小川 佳純Yoshizumi Ogawa
1984年8月25日生まれ。
東京都出身。
07年に明治大学より名古屋グランパスに加入。
08年に新監督に就任したドラガン・ストイコビッチにより中盤の右サイドのレギュラーに抜擢され、11得点11アシストを記録。Jリーグベストイレブンと新人王を獲得した。09年には、かつてストイコビッチも背負った背番号『10』を背負い、2010年のリーグ優勝に貢献。17年にはサガン鳥栖に、同年夏にアルビレックス新潟に移籍し、J1通算300試合出場を達成した。
20年1月に現役引退とFC TIAMO枚方の監督就任を発表し、指導者としてのキャリアをスタートさせた。