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池田光忠×武田 博行 対談インタビューVol.1

  • 2020.06.18

    池田光忠×武田 博行 対談インタビューVol.1

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若くしてプロサッカー選手を引退後、2019年にMSK19サッカースクールを設立した池田光忠と、長いプロ生活を過ごし2003~2004年に池田と水戸ホーリーホックでプロ生活の苦楽を共に過ごした武田博行。実に15年ぶりの顔合わせとなった二人。毎年コンスタントにJクラブの育成チームへスクール生を輩出するようになった池田の育成理念や根幹は何なのか。選手時代のエピソードや指導者となった今の本音から、池田の想いを武田が聞き出した。

武田 池田(以下「イケ」と称する)が水戸に加入したのは俺が加入した次の年だから2003年だっけ?
池田 そうですね。武田さん(以下「タケさん」と称する)が2年目の時ですね!同期の入団は、闘莉王さん、関隆倫さんがいました。ちなみに関さんは今、昌平高校でコーチをやっているみたいです。
武田 関君すごいな!そういえばイケと仲良かったからな。ちなみにイケは水戸ホーリーホックに何年間所属?その後はどこに移籍したんだっけ?
池田 水戸は1年目から加入して2年間在籍しました。その後はグルージャ盛岡に移籍して、その後また水戸に戻ってきたので実質2年半は水戸にいましたね。そこから栃木SCに移籍しました。そういえばタケさんとこういう形で顔合わせて話すのってかなり久々なので、ちょっとタケさんの思い出も話しましょうか!
武田 そうだね!15年ぶりくらいかな。正直俺のイメージってどうだった?
池田 正直な話をすると、水戸時代は真面目なイメージしかなかったんですよね。いつも居残り練習をやっていて、寮での食事にもすごく気を使っていたので、とにかく真面目というイメージが強かったですね。一回金髪にしていた時はチャラついたのかな?と思いましたけど(笑)
武田 ちなみに今も真面目だからな(笑)
逆にイケは最初ちゃらんぽらんなイメージだったね。「こいつプロとして大丈夫か?」「こいつ本気でサッカーしに来ているのか?」と(笑)
でも今日こうやって久々に顔を合わせたけど印象がだいぶ変わったと思ったね。大人になっていた。最初に会った時はめちゃめちゃ子供っていうイメージが強かったからね。

水戸ホーリーホック時代の集合写真。
最前列の左から2番目が池田(23番)、
最後列の左から5番目が武田(31番)

池田 きっとヤンチャだったんですよね。当時はプロとしてサッカーをやっている感じが正直しませんでした。サッカーはもちろん好きだったし、好きなことでお金を貰える嬉しさや実感はありました。ただ、同時に遊ぶ時間もたくさんあったのでそっちに目が眩んでしまい、あまりサッカーに打ち込んでなかったというのが本音です。今振り返ればきちんとサッカーと向き合えてなかったなって。
武田 でも、サッカーの技術はあったよね。フィジカルはないけど足元の技術でなんとかしていたイメージだった。
池田 中学が柏レイソルJr.ユース、高校が大宮アルディージャユースでサッカーをやらせてもらったんですけど、高校までは足元の技術だけで何とかなってしまったんですよ。その感覚でプロに入ったのですが、プロになってすぐにフィジカルの違いやメンタル面の重要性に気付きました。そこが自分に足りない部分だったので試合に出られない時にきちんと向き合って練習するなり、努力ができれば良かったんですけど、なかなかその事実に向き合う事ができませんでした。気がついたら時間だけがどんどん過ぎてしまいました。
武田 やっぱり課題としっかり向き合えるか、自分をコントロールできるかっていうメンタル面はプロとして大事だよね。
池田 そうですね。メンタル面がプロとして自分に足りない部分でしたね。今思えばやっぱりプロはメンタル面が特に大事ですよ。
武田 そういえば1年目にリーグ戦のメンバー入ってなかったっけ?
池田 1年目のサンフレッチェ広島戦で初めてメンバーに入りました。でも試合には使ってもらえずメンタルが腐ってしまって、試合後に練習せずにご飯に行ったらコーチに怒られました(笑)
ただこの時もメンタル面を保つのが難しかったんです。もちろん試合に出たくてメンバーに入るじゃないですか。それで試合に使ってくれなかったので、この悔しい気持ち、やるせない気持ちをどこにぶつけていいかわからなかったんですよね。
武田 そこで試合に出ることができていたり、メンタル面の整理ができていたら状況が変わっていたかもね。
池田 そうですね。その時にメンタル面を整理して悔しい気持ちをポジティブな事として捉えたり、自分に足りない部分があるという意識で練習に向き合えていればプロでの生活がもっと変わっていたと思います。結局、自分と向き合うという事ができずに自分のレベルアップができなかった事も影響して水戸を解雇されて栃木SCに行ったんですが、そこでも自分と向き合う重要性に気づけなくてずるずると引退までいってしまいました。振り返ればプロでの生活はメンタル面が難しかったですね。
武田 今思えば自分自身が経験して、メンタル面が重要って事が分かったから良かったのかもね。
池田 本当にそう思います。自分ができなかった事、できていればプロでの生活が変わっていたかもしれないメンタル面はスクールを通じて子供たちに教えています。自分のプロ生活での経験を活かして、自分に足りない事に向き合う重要性は特に子供たちに伝えたいと思っています。

自身の体験を活かして子供たち一人ひとりが
成長できる指導を行っている。

武田 自分自身の経験を子供たちに伝えるというのはすごく大切な事だし、子供たちのタメにもなるよね。
ちなみに指導者はいつから始めたの?あとどうしてやってみようと思ったの?
池田 実際にスクールをやり始めたのは2011年からです。最初は福島県1部リーグのいわきアビラーションというチームに選手兼任監督として呼ばれて、それが指導者としてのきっかけとなりました。現在はジュニアチームの監督と代表を務めているチームです。
指導者をやり始めた理由はとにかくサッカーが好きだったからですね。引退して次の仕事を考えた時はサッカー関係の事しか頭にありませんでした。サッカー以外の他の仕事は全く考えませんでした。ただ、現役時代は20代半ばという早い時期に引退するとは思ってもいなかったので、指導者としての道は考えていませんでしたね。
武田 なるほどね。それで福島の後に千葉のスクールを立ち上げたって事ね。
池田 そうですね。そのタイミングで大学のスカウトもやり始めました。城西国際大学のスカウトから始まって、2018年からは東海一部リーグに所属する名古屋経済大学のスカウトをやらせてもらっています。スクールとはまた違った仕事ですが、選手の特徴を見る目であったり、スクールの子供たちの将来と重ねてみたり、良い刺激を受けています。
武田 今まででイケのスクールからどこか有名なクラブに輩出した実績はある?
池田 毎年うちのスクールやクラブから2~3人はJクラブの育成チームに行く選手が出ているんですよ。直近の実績で言うと、鹿島アントラーズ、水戸ホーリーホック、栃木SCのユースチームに決まった選手がいますね。あとは、ジェフユナイテッド市原・千葉のユースチームに入って年代別の日本代表候補になった選手も出てきています。将来が有望な選手を輩出できてきているので指導者としても楽しみが増えてきています。
武田 たくさん輩出しているじゃん。何かこだわって教えている事や育成の秘訣はある?
池田 僕たちは「個」の部分しか教えていないです。誰にも負けないストロングポイントの育成に特化してトレーニングをしています。自分が得意だった足元の技術の部分と、プロで自分が必要だと感じたメンタルの部分は特に比重を置いて教えています。具体的にはボールの持ち方やタッチの仕方、ドリブルでの仕掛けの部分、相手をかわすタイミングとか、本当に「個」で使える部分に特化しています。あとはプロだと技術だけではなくてメンタル面でも戦えないといけないですし、自分の課題と向き合うメンタル面もかなり重要視して教えています。自分がプロの時に「やっておけば良かったな」「ここが足りなかったな」と思うことを子供たちに早い段階から知って欲しいという気持ちが強くて技術面とメンタル面を特に指導しています。

どこのチームへ行っても通用する「個」のスキルを徹底的に鍛える育成方針。
近年は強豪チームへの輩出も増えている。

武田 プロでの実体験を基にしたイケの指導は、子供たちからしたら早い段階でプロになるには何が必要なのかがわかると思うからすごく良い事だと思うね。イケはプロの時にすごく苦労したけど、その経験がスクールを通して子供たちに還元できるって考えるとイケのプロでの苦悩は無駄な経験ではなくてすごく良い経験だったと思うよ。
ちなみに今はどんな選手がスクールには多いの?
池田 ジュニア・ジュニアユースのスクールの子供たちはJクラブの育成チームや高校の強豪校に入りたいと思っている選手が多くて、それぞれの目標や進路を目指して頑張っています。
実際に最近ではそういったチームに輩出できているので、継続的に次のカテゴリーで通用する選手を輩出できるように、選手一人ひとりに合った指導をしていきたいと思っています。
武田 そういう野心を持った選手たちにスクールに来て欲しいと思う?
池田 いえ、特にこういう選手が来て欲しいというこだわりはありません。いろんなきっかけでうちのスクールに来てくれると思いますし、「上手くなりたい」「成長したい」「もっと試合で活躍したい」といった子供たちの素直な想いに向き合って、寄り添って、スクールの理念の元、選手一人ひとりに合った指導で選手の能力を伸ばしていけたらと思います。
武田 スクールの子供たちをどんな選手に育てたい?
池田 プロの舞台で1対1の勝負ができる選手ですね。1対1で仕掛けられる技術・メンタルを持った選手を育てたいと思います。1対1で勝負強い選手はどこでも活躍できると思いますし、その勝負強さは世界でも戦える武器になると思っています。サッカーは11対11のスポーツですが、最終的には1対1の繰り返しだと思うので、うちのスクールでその本質的な部分を小さい頃から磨いていって自分の武器に欲しいと思います。

1対1で勝負できる一級品の技術・メンタルを
育てたいと語る池田。
教え子がプロの舞台で活躍することが次の目標だ。

武田 今後のビジョンはある?
池田 「個」に特化した育成で自分のクラブやスクールからプロを輩出できるようにしたいです。Jクラブの育成チームには輩出できているのですが、まだプロになった選手が出ていないので。自分が得意だった技術面、足りなかったメンタル面をスクールで学んでもらってプロの舞台で輝く選手が出てきたら嬉しい限りです。

<PROFILE>
池田光忠(いけだ・みつただ)
1984年6月18日生まれ、埼玉県出身。
柏レイソルジュニアユースから大宮アルディージャユースへ飛び級で加入。勢いそのままに高校卒業後、水戸ホーリーホックに入団。以降、グルージャ盛岡、栃木SCでプロ生活を過ごしたが2007年に現役引退。引退後すぐに福島県のいわきアビラーションで選手兼任監督を経験し、指導者の道へとシフトしていく。
現在はいわきアビラーションジュニアチームの代表、名古屋経済大学サッカー部スカウト、MSK19サッカースクールの代表を務め、自身のプロ生活での経験を基にした「個」に特化した指導で有名クラブへ選手を輩出し続けている。

<PROFILE>
武田博行(たけだ・ひろゆき)
1983年11月30日生まれ、兵庫県出身。
兵庫県立芦屋高等学校卒業後に水戸ホーリーホックに入団。入団当時はプロの壁に直面したが、諦めず努力を続ける真面目な姿勢が実り、2006年はリーグ戦35試合に出場。その後栃木SC、ギラヴァンツ北九州、セレッソ大阪、東京ヴェルディとチームを渡り歩き、トッププレイヤー達とレギュラー争いを繰り広げてきた。数多くのJクラブで活躍した後、2019年からFC TIAMO枚方へ完全移籍。安定したセービングとJクラブでの経験を活かしFC TIAMO枚方のJFL昇格という目標に尽力している。

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